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甘いものはお菓子で十分

大好きな友人のたわさ様にネタを提供していただきました。ありがとうございます!

朝食の後、再び台所に篭って作業を開始してから早数時間。熱が冷めたチョコクッキーにホワイトチョコのチョコペンでデコレートしながら、現在進行形で粗熱を取っているスポンジの出来上がりを待つ。

本当はスポンジは一晩ほど寝かせた方がいいのだが、今年はバレンタインなんてイベントをすっかり忘れていたので、その作業は時間の関係上短縮するしかない。

ケーキとは別にチョコクッキーを作ったのは、最早身についた習性に近いだろう。生チョコやチョコクッキーは家族用。チョコレートケーキは幼馴染用。特に意識したわけじゃないが、自分の中でいつの間にかそうなっていた。

冷ましているケーキは幼馴染にプレゼントするので、今デコレートしてるクッキーはまだバレンタインチョコを渡していない獣人用になる。


実はこの世界では冷蔵庫やオーブンとよく似た機能を持つ魔道具がある。魔石と呼ばれる石を使って動かすのだが、原料が魔力である以外は使い方はほぼ元の世界のものと変わらない。

冷蔵庫は冷たさが一定に保たれるし、オーブンやレンジは調整した温度で食材に熱が入る。ただ前の世界と違うのは余熱をせずに、すぐに求める温度に到達するとこだろうか。微妙な匙加減が出来ないので、最初は慣れるまで苦労した。

凪の場合はラルゴが作ったものを何でも食べてくれる上、かつ、すこぶる丈夫な胃腸をしててくれたので随分助けられた。

味見なのか毒見なのかよくわからないものでも、何でも美味いと言ってくれたので作ったものは無駄になっていない。

しかし判定はとにかく当てにならなかった。なにしろ彼は凪の手作りであれば、それだけで無条件に誉めるのだ。

ゼントの料理ですらまずいの一言で食べきるくらいだから、気持ちはありがたくても味覚にあまり期待してはいけない。毎度自分も味見するたびに眉を顰めずにいられなかったので、余計にそう思うのかもしれないが。


たまに食べたくなった時に使うので、クッキーもケーキも一応型は準備してある。と言っても向こうの世界にいた頃みたいに星型とかハート型とかがあるわけじゃなく、どちらもまん丸。まん丸が大中小とあるだけだった。

凪としては食欲が満たされれば良かったので、今まではあまり気にしたことがなかったが、こういうイベント用ならもうちょっと種類があると愉しいのにと思わなくもない。


「あら、ナギ様?何をしていらっしゃるのですか?」

「あ、リュールさん。クッキーを作ってます」

「クッキー、ですか」


台所に顔を出したリュールが、静々とした様子でこちらに近づく。肩で揃えた月白の髪が動作にあわせてさらりと揺れる姿すら絵になるのだから美形ってすごい。

美人は三日で厭きるというけど、リュールは三日どころか何だかんだで結構長く一緒にいるものの相変わらず全然厭きなかった。きっと単なる美形ではなく、超がつく美形だからなのだろう。

切れ長の一重の瞳を縁取る長い睫毛がふと目元に陰影を作り艶やかな様子を作り出す。今日着ているのが彼の国の着物っぽい衣装なのも相俟って、余計に色気が増している気がした。

個人的に凪は着物美人が好きだ。以前とは違って女物ではなく、男物の服に上着だけ女物の羽織を羽織り、更にそれを着こなす麗人のリュールには、自分が着物が似合わないので余計に憧れる。美人と言えばの修飾語が似合う和風美人である。

桜子とリュールが並ぶと、黒と白のコントラストが完成して麗しさも一入だ。額縁に入れて飾りたくなるくらい眼福で、男でも綺麗の表現以外浮かばないほどだった。


「先日ナギ様がくださったものと、色味が違うようですが?」

「これはチョコレートっていう私の世界のお菓子が入ってるんです。甘くてちょっとほろ苦くて美味しいですよ」

「ちょこれーと・・・今朝ラルゴが起こした騒動の最中、聞いた覚えがある単語ですね」


柳眉を顰めたリュールの言葉に、思わずぎくりと背筋が伸びる。

彼の指摘どおりの、ラルゴが起こしたよくわからない騒動の原因だろうと思われるのがチョコレートだ。

作ったばかりの生チョコをゼントに横から奪われ、彼とじゃれてる間にたまたま台所に顔を出したガーヴにも先を越され、ついに在庫が尽きたそれに一通り暴れた。

結局最終的にはリュールにとび蹴りを喰らって大人しくなったが、今度は自分が受け取るまでお菓子作りを見張ると、生チョコが完成するまでずっと張り付かれてちょっと邪魔だった。

それでも受け取った瞬間の子供みたいな無邪気な笑顔が可愛かったから、文句も言えなかったけど。


「今はもう落ち着いているはずですよ。部屋で一人で食べるって、尻尾振りながら出て行きましたから」

「ええ、見かけました。脂が下がった顔で上機嫌に鼻歌を歌いながら廊下を歩く彼とすれ違いましたよ。機嫌が良すぎて大幅に振られた尻尾で廊下を塞いでいましたので、つい全力で踏みつけてしまいました」


そっと口元を押さえてため息をつく仕草は気だるげで、でも言ってる内容はかなり過激だ。

一見お淑やかで楚々とした雰囲気のリュールだが、ある特定の人物の前では口より先に手が出ることも多々ある。数々の暴行を目の前で目撃した身としてあっさりと脳裏に描ける内容だった。

儚げ美人風でも実は相当武闘派のリュールの体技は、龍の一族であるラルゴをもってして誉めるくらいの腕前で、細腕からは信じられなくらいのパワーが発揮される。

彼の繰り出す踏みつけ攻撃は、凪が全体重を掛けて行うものより遥かに威力があったことだろう。


「・・・あの、その後はどうなったんですか?」

「その後、ですか?デレデレと崩れた顔と裏声で『もう、気をつけろよ!』と言われて怖気が立ちました」


思い出しただけで鳥肌が立ったらしく、二の腕を摩る。嫌なものを思い出したとばかりに苦虫を噛み潰したような顔をして、力なく首を振った。心なしか顔色も悪い気がする。

ここまでリュールにダメージを与えたのが笑顔なんて、ちょっとラルゴを尊敬しそうになりながら苦笑した。


「嫌なことを思い出させたみたいでごめんなさい」

「いえ、気になさらないでください。記憶ごと抹消しますから」

「・・・・・・」


記憶ごと何を抹消するつもりかは、怖くて聞けなかった。

浮かべた苦笑を凍りつかせ、ぎこちない仕草で作業に戻る。丸の形を使って描いていたスマイルクッキーがなんとなく居た堪れない。


「このクッキーには表情があるのですね」

「はい。チョコペンもセットであったので、折角だし描いてみました」

「可愛らしい笑顔です。作り手の心を移しているのでしょうか?笑顔だけでなく、拗ねた顔や、悲しげな顔。こちらの頬を膨らませた顔など、食べてしまいたくなるくらい愛くるしい」


くすりと喉奥で笑みを殺したリュールは、謳うように囁きながら一つ一つつぶさに観察する。

確かに色々表情をつけたものの、真っ向から誉められるのではなく受け狙いだっただけに些か腰の座りが悪い。

嫌じゃないのだが、ひたすら恥ずかしかった。照れくさいのではなく、なんか恥ずかしい。どうせ受け狙いならもっと気合を入れるべきだったと、至極真面目に誉めてくれる狐相手に沈黙する。

最終的にはディティールや色使いなども誉め始め、いたたまれなさは最高値まで高まった。


「───ああ、こちらの顔は・・・っ!?」


朗々と続く、凪よりも遥かに語彙が豊かな誉め言葉に、考えるより先に手が動いていた。

作りたてのスマイルクッキーを、身長差があるリュールの僅かに開いた唇の間に無造作に突っ込む。

一瞬声を詰まらせた彼は、一度口に入れたものは食べ切るまでは話さないという躾どおりに、サクサクサクと小動物のように無言でクッキーを租借した。

こげ茶色の円形がどんどん形をなくしていくのを眺めつつ、頭の中でぐるぐるとやってしまったの言葉が回る。

こういうとき凪は表情がほとんど変わらないらしく、動かない表情筋から全然焦ってるように見えないそうだが、本人は全力で動転していた。

どうするべきか。どうしたらいいか。

テンパリながらこの場を切り抜ける方法を必死に探し、結局見つからなくてヘラリと気の抜けた笑顔を浮かべた。

人間、最終的にどうにもならなければ、泣くか笑うかのどちらかだと思う。


「美味しいですか?」

「・・・ええ、とても」


結局最終的になんのフォローも出来ない、味の感想を求める言葉が出たのだが、どうやら間違っていたわけではないらしい。

目尻を淡く染め上げた麗人ははにかんだ微笑みを浮かべ、至極幸せそうな笑顔を浮かべたのだから。

誤魔化すように作りたてのチョコクッキーを手渡したのは、決して賄賂ではないと断言しておこう。

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