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ただ好きなだけ

大好きな友人のたわさ様にネタを提供していただきました。ありがとうございます!

*現代桜子視点のGLになります。

「・・・・・・おかしい。何故こうなるんだ」


物凄く控え目に表現すると香ばしい香りを放つ物体を前に、桜子は眉間の皺を深めた。

毎年毎年同じレシピを作り続けて早数年。それなのに一向に進化する気配がない物体は、桜子の前に堂々とした存在感を醸し出す。


「本当に、どうしてこうなるんだろうな」


隣に立つ二番目の兄が、若武者のように整った秀麗な顔立ちを悲しげに歪めた。お揃いの黒いエプロンを身につけて台所に立っていた二人の前に鎮座するのは、天板の上に並ぶこげ茶色───を通り越して最早真っ黒に硬くなったフォンダンショコラになる予定だった物体X。

ちゃんとレシピどおりに作っているはずなのに、いったいどこでどうしてこうなるのか全然わからない。


「・・・もう一度、作り直すか?」

「もう材料がない」

「スーパーはまだ開いていない時間だし、やはりいつものあれしかないのではないだろうか」

「だが凪はいつも丁寧にケーキを作ってくれるのに」

「仕方がないだろう。凪はああ見えて結構器用だが、桜子、お前は壊滅的に料理のセンスがない」


センス。センスがなんぼのものじゃと、つい先刻までの桜子なら言っていただろう。しかし大量に買って毎日消費し続けた材料が底を尽きた今、もうどうこう反論できる立場でもない。

時刻は現在午前6時。先刻まで焼いていたものが、桜子の実力でフォンダンショコラを作る最後のチャンスだった。

いつもは構いすぎで鬱陶しいと感じるが、桜子より数段手際がよく器用な兄に頭を下げて料理に付き合ってもらったのに、どうしてこんなに現実はままならないのだろうか。

兄一人で作った時にはちゃんと美味しくて甘いチョコレート菓子は、桜子の手に掛かると苦くてじゃりじゃりして硬くて生焼けの不可思議なものになってしまう。

たかがチョコと言われればそこまでだけど、まるで凪に向ける自分の想いまで否定されてるようで、鼻の奥がツンと熱くなった。


「泣くな、桜子。大丈夫だ、まだ生チョコだったら間に合うから。俺が買って来たチョコと生クリームがある」

「私もケーキを作りたい。凪に『好き』だって伝えたい」

「凪はチョコの種類で想いを測る娘じゃない。ケーキは来年頑張ればいいだろう?早くしないと今年の手作りチョコすら渡せなくなるぞ。秀介に渡す十円チョコ詰め合わせを贈るつもりか?」

「・・・」

「桜子」


ぽんと肩を叩かれ、歯を食いしばって激情を堪える。もう何年も兄から同じ言葉を聞いてる気がするが、来年こそ出来ると信じて今年も妥協するしかないのだろう。

下手くそでも手作りのチョコを渡したい桜子からしたら、秀介用の駄菓子屋で購入してきた激安チョコ詰め合わせ(一応包装はした)を贈るのは嫌だった。

他人と差をつけたい。凪だけに『特別』を贈りたいのだ。だから家族や幼馴染相手にも購入したチョコを渡す中、凪にだけ手作りしているし、好きって気持ちを沢山こめている。

愛情が一番の調味料と言っていたのは誰だったろうか。人一倍愛情をこめているはずの桜子のチョコはいつもいつも失敗尽くしで、この一週間お小遣いがなくなるまで努力したのに心が折れてしまいそうだ。


「・・・兄様」

「なんだ?」

「私の想いが不純だから、だから失敗ばかりするんだろうか。私が凪を『好き』と想う心を、神様は許してくれないんだろうか」


隣に立つ兄がひゅっと息を飲み込む音が聞こえる。秀頼は家族の中で唯一桜子の想いを正確に知る人物だ。

どうやって桜子の感情の本質を見抜いたのかわからない。しかし口に出して告げられたことはないけど、兄が桜子の想いを悟るように、桜子も兄が自分の想いを理解してるのを悟っていた。

桜子はこの胸に抱く想いになんら疑問はない。凪が男でも女でも自分の想いに変化はないと確信を抱いている。ただ好きになった、大切にしたい相手が同性だっただけの話だ。だがこの年齢になれば同性相手に抱く恋愛感情をおかしいと言う人間がいるのもわかっていた。

どうして兄が桜子に何も言わないか、それはわからない。だが彼は過剰な応援をしない代わりに、口に出して桜子を邪魔することもなかった。


「桜子」

「・・・」

「お前は自分の気持ちを『恥』だと考えるか?不純であり、偽りに満ちた醜いものだと考えるのか?」

「それはない!私は凪を好きな自分を恥じてなんかいない。どこの誰に聞かれても胸を張って『好き』だと宣言できる!」

「ならば胸を張ればいい。疑うくらいに中途半端な気持ちなら捨てろ。たかがチョコ作りで揺れる気持ちならば、この先苦しい想いをするのはお前自身だ」


ひたりとこちらを見詰める切れ長の瞳には、静かに見据えるような強い色が宿っていた。

秀頼の言葉に緩み始めていた涙腺を引き締める。零れる寸前までたまった涙を天井を見ることでごくりと飲み下し、鼻を啜った。


「生チョコを作る。兄様、手伝ってくれるか?」

「ああ」


秀頼が差し出した板チョコを受け取り、まな板の上で細かく刻んでいく。大きさはまちまちで欠片はところどころ散らばるが、この手順も毎年のものなので身体が覚えていた。

弱気になっていた気持ちを引き締める。今日はバレンタインデー。好きな相手に想いを伝える、女の子の決戦の日。


「待っていろ、凪。私が世界で一番お前を好きだという証、しかと届けてみせるからな」

「それでこそ俺の妹だ」


嬉しげに声を躍らせる秀頼が鍋と軽量カップを用意してくれた。自慢じゃないが、生チョコレートもフォンダンショコラと同じ年数経験を重ね、今や分量も暗記している。

こちらは一昨年からようやくちゃんと固まるコツを掴んで、去年は納得できるものを贈れた。きっと今年も大丈夫。



───本当はわかってる。

こんなに精一杯努力しても、本当の意味で桜子の想いを凪が理解する日が、おそらく来ないであろうことくらい。

未だ恋愛経験がない凪だけど、桜子と違っていつかきっと誰か男を好きになり、結婚して、子供を産む日が来るかもしれないことくらい。

凪が桜子を見詰める眼差しはいつだって特別に慈しみに溢れたものだけど、それが『親友』に対する衒いない感情だということくらい、桜子だってわかってる。

この想いを恥じ入る気はさらさらない。それでも唯一特別だと感じる愛しい少女に拒絶されるのは、拒否されるのは、途方もない恐怖だった。

他の誰に何を言われても構わない。けれど凪にだけは、桜子を否定しないで欲しい。

同じ『好き』を一生返してもらえなくてもいい。ただ、彼女の隣で、彼女の傍で、彼女だけを愛していたいと願う。

甘ったるい匂いに囲まれる中で、突き刺さる『何か』に抉られ切なく疼く胸に渦巻くのは、苦々しくも蕩けるような優しく矛盾する感情。

凪の瞳と同じ空よりも蒼い青の包装紙。

友チョコと称して渡すバレンタインチョコレートに添える『好き』と書かれたメッセージカードの、本当の意味なんて一生理解されなくても構わなかった。


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