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自慢じゃないが、気の利く神様

大好きな友人のたわさ様にネタを提供していただきました。ありがとうございます!

「なーぎ」

「・・・・・・」


目を覚ましたばかりの少女の前に唐突に現れれば、長い睫毛に縁取られた蒼と赤の瞳がぱちぱちと瞬きを繰り返す。

何が起きたのかわからない。くりっとした目でウィルを見つめる凪の頭はまだ半分眠ってるのかもしれない。

ぱちりと指先を鳴らして部屋の窓を覆っているカーテンを開けると、一気に朝日が室内に入り込み明るく照らす。

いきなり部屋が明るくなったので目が眩んだのか、きゅっと眉間に皺を寄せて瞼を閉じた凪は、俯いて目元を両腕で擦りだした。


「そんなに擦ると目が赤くなるぞ」

「ん・・・」

「よし、しゃきっとさせてやろう」


もう一度ぱちりと指を鳴らし、今度は窓を全開にする。

開け放たれた窓からは朝の爽やかな風が滑り込み、カーテンがひらりと魚の尾のように揺れた。ふらふら揺れる陰影が床に映し出され、その動きに何となく機嫌が上昇する。

今日はいい一日になる。太陽の日差しに照らされた薄茶色の髪が金色に見えるのに目を眇め、ウィルはなんとなく笑った。


「寒い、眩しい、眩しい、寒い。いや、やっぱり寒い。寒い、寒い、寒い、寒い」

「そうか?心地よい風じゃねえか。森を吹きぬける一陣の風。木の葉を揺らして走る強さは爽快の一言だ」

「───前から思ってたんですけど、ウィルの体温調節はどうなってるんですか?熱くても寒くても超薄着ですよね。薄布一枚ですよね」

「確かに薄布一枚だがな、俺は元々神だからな。お前らとは基礎から違うんだよ」

「そうですか」


確か、熊の女に誂えてもらった小花柄のパジャマを身につけた凪は、両腕を温めるようにすりながら身を縮ませた。あの熊は凪を獣人と思っているので、パジャマのズボンにはしっかり尻尾を通す穴が開いている。人になると寒いらしいが、その分上着を長めに作ってもらって穴を隠して暖を取っているらしい。

それにしても相変わらず彼女は軟弱生物のままのようだ。異世界から連れてきた『人間』は基本的にウィルの世界で虚弱な生き物だったが、凪は輪を掛けて弱い気がする。

ひよこみたいにふわふわの髪と抜けるような白い肌。触れれば折れんばかりに細くて華奢な身体つきや絶妙な位置で配置されてる顔のパーツや雰囲気が庇護欲を誘う生き物で、そのくせ中身はかなり図太く野太い。

胆力があるというのとも違うし、気が弱いわけでもない。繊細かと思えば厚かましくて図々しい。見た目は極上の儚げな女なのに、ちょっとやそっとでは砕けない。

矛盾だらけで面白い存在。歪に美しくも禍々しく輝く、ひびの入った魂をこそ好んでいる。

綺麗な瞳の底では根本的な感情を削ぎ落とした少女が、ひたりとウィルを見詰めた。


「おはよう、ございます」

「ああ、おはよう」


なんとなく、返してしまう。神であるウィルにとって『おはよう』なんて挨拶の概念はないに等しいが、凪に付き合うのは嫌いじゃない。

面倒を嫌う割りに律儀なところがある少女は、はんなりと眉間に皺を寄せることがあっても挨拶だけは欠かさない。

床から浮かんで凪と視線を合わせる位置で止まり、胡坐をかく。心から会心の笑みを浮かべ、両手をすっと差し出した。


「・・・なんですか?」

「チョコくれ」

「はぁ・・・?」


何をいきなりと不可解なものを見るように瞳を眇めた凪の前で、ぱちりと指をもう一度鳴らす。

目の前で白い煙が上がったことで驚いた小動物のように動きを止めた少女の前に、持ってきた物体を差し出した。

こちらの世界ではまだまだ普及していないチョコレート。両手に抱えられたそれは、確か板チョコと呼ばれる凪の世界でも一般的に手に入るものだ。

赤い包装紙や、黒い包装紙、こげ茶や透明な袋に入ったお徳用のものなど、色々な種類を手に入れてきた。勿論金は払っていない。あちらの世界の神に融通を利かせてもらった。


「どうしてチョコレートが欲しいんですか?」

「バレンタインは好きな男にチョコをやる日なんだろ?だから必要だと思ってな」

「・・・どうして私にチョコレートが必要なんですか?」

「だって俺に渡したいだろうが」

「それはつまり、私がウィルを好きだと、そう考えていらっしゃると」

「まあ、当然だな。大事な愛し子が困る前に準備してやるんだから、俺は気の利く神様だぜ」


ふふんと胸を張ったら何故か呆れ混じれの半眼でじとりと見詰められる。そんな姿も可愛くて、ベッドに腰掛けたままだった小さな少女を両腕の力だけで持ち上げると、そのまま胡坐をかいていた足の上にぽすりと乗せた。

寒いと言っていたので体温も分け合えるし、ちょうどいい。いつものようにふわふわの髪の毛に顎を乗せて擦り寄れば、ほんのりと甘い花の香りが身体を包んだ。


「安心しろ、凪。ちゃんと他の材料も用意してある!」


ぽんぽんと白い煙が弾けて消える。凪が必要としそうな全てを準備してやるなんて、本当に自分は気前がよくて優しい愛し子想いのいい神様だ。


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