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はい、はい。ちゃんと聞こえてますよ!  作者: 国高ユウチ
IFーもしもの世界ではー
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恋ってこんなものだった

もっくもくと上品に、けれど鮮やかな様子で手を動かす少女は、ラルゴが腕によりをかけて作ったブッシュ・ド・ノエルを頬張る。

普通のサイズより一回り小さいケーキは、小食で、けれど見目に反して実は割りと食い意地が張っている彼女が色んな種類を食べれるよう改良したものだ。

チョコに生クリームに紅茶に抹茶。

四種類の小さなケーキは、世界で一番精巧な人形を作れる人形師が作ってもこうはならないだろうと思えるくらい美しい少女の小さな唇に消えていく。


彼女と出会ったのは数ヶ月前のある雨の日。

近所でも有名なマンモス校の制服を着ていた彼女は曇天を見上げ、ぽつりと一人で店のひさしの下に立っていた。

店の中に居るラルゴから顔は見えない。けれど普通より大柄なラルゴじゃなくても華奢だと思える身体つき。

ふわふわとした金色に近い薄茶色の髪は小さな頭にしっとりとはりつき、雨粒を確かめるように伸ばす掌は日本人とは違う抜けるような白。

男なら見て見ないふりをしたかもしれないが、女とわかれば放っておけない。

店は定休日だが店を開けるには躊躇はなく、タオルを取ってくると少女から少し離れた場所にあるドアを大きく開けた。



『おい。雨が上がるまで店の中にいろ。そんなんじゃ俺が気になって仕事ができねえ』

『・・・え?』



こちらを振り返る仕草がやけにゆっくりに感じた。

陶器のように滑らかな白い肌を雨の雫が伝って落ちる。ラルゴを見上げる瞳は、今まで見たものと重ならないどこまでも澄んだ蒼。

瞬くたびに音がしないのが不思議なくらい長い睫毛に縁取られたそれは、一直線にラルゴを射抜く。

触れれば消えそうな儚さを持ち、現実や世俗が似合わない、いっそ天使といわれても頷いてしまえる美しさがあった。

呆然と口を開けて動きを固めたラルゴに対し、少女が僅かに眉を寄せる。

いかにも不審者を見詰める眼差しだが、天使の鐘が脳内で鳴り響くラルゴの思考まで届かない。

ラルゴ28歳。生まれて初めて一目惚れを経験した瞬間だった。


初対面で若干警戒されたラルゴだが、そこから数ヶ月で随分と親しくなった。

初日は雨でびしょ濡れになった状態にも関わらず、店の中に連れ込む───いや別に如何わしい意味ではない───のに苦労した。

結局抱き上げるようにして無理やり入れて適当な椅子に座らせ、呆然としてる間にタオルで頭を拭いてやると新しいものを渡した。

その後暖かいココアと丁度試作していたケーキを差し出し、硬い警戒心を徐々に解かした。

今でこそすぐにケーキに手をつけるが、あの頃は十分たっても毛を逆立てた猫のように視線を逸らさずじとりと睨まれていた。

後から聞いた話だと過保護な幼馴染に持たされた防犯グッズを使うかどうかを思案していたというのだから恐ろしい。

ラルゴはともかく、ラルゴの作ったケーキとココアの味は気に入ったらしい彼女は、次は男連れで店にやってきた。

彼氏かと思い一気に毛羽立った感情と反し、あっさりと幼馴染の兄だと言い放った彼女に、断言された男の複雑そうな表情が見えなくてよかった。

ちなみに次に来た時も男同伴で確認したら幼馴染の兄。次も男同伴で、幼馴染本人と言われた。

ラルゴより一回り近く年下の癖にいっぱしの顔で威嚇されて、大人気なく返したの懐かしい・・・と思うほど思い返さない思い出だ。

その次は凪と対を成すような美少女と二人で来てくれたのだが、凄いツーショットだと見惚れたのも僅かな間。

黒髪和風美少女は、どこかぼんやりしてる浮世離れした印象がある凪と違って、くっきりきっぱり物事を口にするなまじの男より厄介な相手だった。

女だからと手加減すれば十倍どころか百倍返しでやり込められる。女に口で勝てないのは男の常だが、彼女の場合は実際に本当の意味でそこらの男より強いのは目の当たりにさせられた。

翻るプリーツスカートの下から太腿丈の黒のスパッツが完全に見えるくらい、いっそ清々しい勢いでの飛び後ろ回し蹴りは、相手の顔面に容赦なくめり込み一撃で沈めた。

少女との身長差は頭二つ分くらい。ちゃらけて少女たちに絡んでいた男たちは、リーダー格の男が一撃で沈められたのを見て奇声を上げて逃げ出した。

学生時代割と荒事も日常だったラルゴが見ても、見事としか言いようがない鮮やか過ぎる一撃は、技として洗練されていた。

それ以来彼女が来るときは、口は出せど手は出さない男連中より恭しく接するようにしている。

凪と一緒に来れば無料でドリンクを提供するのは当たり前、ケーキも追加させて頂いていた。

ちなみに野郎は休日でも代金貰ってドリンクだけだ。


凪がここに来た日を定休日だと知らずにいて、二度目の偶然を期待してずっと休日出勤をしていた───ちなみに給料は貰ってない。場所を貸すだけでありがたいと思えと言われた───ラルゴの努力が報われたのは、初めての日から一月と一週間後。

普段は通らない道だから気付けなかったらしい彼女は、年上の幼馴染に付き合ってもらって美味しいケーキのために店を探して散策してくれていたらしい。

今ではすっかり定休日に来るのが週に一回のラルゴのお楽しみになっていて、定休日と気付いた凪がオープン日に来ると言い出してもこちらから拒否したくらいだ。

店の規模は決して多くないものの、オープンしてる日はそれなりに混む。自慢じゃないが雑誌の取材も何度か受けているし、街でもそこそこの人気店なのだ。

ラルゴのお菓子だけが目当てじゃないのはわかってるが、店が繁盛するのに文句はない。

それにお菓子作りに手抜きはしてないし、むしろ慢心しないよう毎週定休日に腕に磨きをかけている。

結果として出来上がったものを凪に謙譲してるだけだ。試作品はお金を取れるものではないので、代わりに評価をもらうことにしている。

こんなに小さくて華奢な凪だが食べるのが好きというだけあって味覚はしっかりしていた。

色々な店を食べ歩いているようだし、結構的確なアドバイスや斬新な発想を閃いたりする。

そして本当にごく稀だが、過保護な幼馴染たちに外せない用事があるときに学校帰りの待ち合わせに使ってもらえることもあった。

つまり彼らの内の誰か一人の手も空かないときには、その時間はずっと凪を独占できる。



「美味しいか、お嬢?」

「・・・凄く、美味しいです」



普段はほとんど動くことがない表情が、花が綻ぶようにゆっくりと笑みの形に変わっていく。

本当に美味しいものを食べた時だけ浮かぶ微笑み。

凪と一緒に過ごす時間の最初の頃は気付けなかった。ほわほわとした浮雲の上を歩くような心地でいたから、彼女の表情がほとんど変わらないのに気付かずにずっと見惚れていた。

時折眉を持ち上げたり顰めたり、微かに瞳を見開いて驚きを表現するが、表情を出すのが苦手でささやかな笑み以外は浮かべないのだと思い込んでいた。

けど彼女の幼馴染が顔を出して、彼らの隣に居る少女を見たときに打ちのめされた。

表情を表に出すのが苦手と思いこんでいた相手は、とても感情豊かに笑う少女だった。

脳裏に焼き付けられた笑顔は鮮烈で忘れ難く、機械的に手が動いてお菓子は作り続けるものの、一週間はほとんど仕事にならなくて毎日同僚に怒られた。

ぐわんぐわんと脳裏を叩き割るような痛みと、実際に砕かれたように痛む胸。

遅咲きの恋に逆上せ上がっていたラルゴは一気に現実に叩きつけられ───割と早く立ち直った。

どうすれば凪の顔に本当の笑顔を浮かべられるか。どすれば自分に出来るのか。

欲しいものが目の前にあるなら手を伸ばして掴めばいいと考えるラルゴは、ほぼ表情を変えないながらも毎週顔を出してお菓子を食べていく凪の姿に一筋の光を見出した。

ずっと凪の表情を見ていたら二月くらいでお菓子を食べる瞬間、小さな唇に僅かな微笑みが浮かぶのを発見したのだ。

天命が下ったように気がついた。凪が毎週毎週顔を出すのは、悔しいがラルゴに会う為でなく、ラルゴのお菓子を食べるため。

つまりそれだけラルゴの作ったお菓子に魅力を感じ、通ってくれているのだと。

唯一彼女の感情を揺さぶれる武器がお菓子なら、ラルゴにとっては得意分野だ。得意すぎて職業にしているくらいだ。

お陰さまではじめは警戒心も相俟ってかほとんど表情に変化がなかった凪は、美味しいものを食べるとあの時ほどとは行かずとも、比べ物にならないくらい甘やかな笑みを見せてくれるようになった。


口の端についたスポンジを当たり前の仕草で拭い、自らの口へと運ぶ。

甘いスポンジと甘さ控え目のチョコレートクリーム。滑らかでしっとりした食感が口内に広がり、ナッツの香りが花から抜けた。

我ながらいい出来栄えだ。目の前の笑顔を独占して満喫状態で食べるとより美味しい。



「ラルゴさん、これお礼です」

「いいって言ってるのに」

「それなら代金を受け取ってください」

「試作品じゃ金は取れねぇ」

「じゃあ受け取ってください」

「・・・ん。ありがと」



渡されたのは小さな花束。ここに来る途中の花屋で学校帰りに買ってきてくれるそれは、毎回趣が違う。

ラルゴは花の種類に詳しくないので名前まではわからない。けどピンクと白の小さな花が束ねられたものは、胸にほこりと温もりをくれた。

片手で収まるくらいの大きさのこれが自分に似合ってると思わない。思わないが、胸に沸く擽ったい感情は、らしくもなくラルゴに花のしおりを作らせるくらいまで積み重なった。

花はいずれ枯れてしまうが、必ず一輪は残すようにしている。萎れてしまった花を生き返らせる術はなくても、しおりなら持ち歩くことも出来るし実用性もあった。

本当なら学生の身分で、しかもアルバイト代から捻出してる花代はケーキ代とどっこいどっこいくらいの値段でも結構なものだろうに、断りきることが出来ない。

好きな女に負担は掛けたくないが、自分のためだけに選んでくれたものは欲しい。恋する男心とは複雑なものだ。

照れくさくて、でも嬉しくて。頬を指先で掻いて笑うと、吸い込まれそうな蒼い瞳がすいっと細くなった。

近づけば近づくほどどんどんと溺れていく。

見た目じゃなく、中身を知れば知るほど落ちていく。

こんな恋、知らない。今までの経験なんて全然役に立たないし、使いまわせない。

ロリコンと呼ばれても仕方ないくらい年齢差のある『子供』に振り回されてると、笑いたければ笑えばいい。ただし笑ったやつはぶっ飛ばす。



「お嬢」



名前すら呼べない純愛なんて、一年前の自分が聞いてたら大爆笑だ。

それでも現状を厭えない自分を嫌いどころか好んでいるのだから、恋とは本当におめでたいものだ。

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