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お兄ちゃんってやつは

うちの妹は可愛い。

兄に贔屓目抜きに断言できるし、おそらく十人中九人は秀頼の言葉に頷くと思う。いや、絶対に同意するだろう。

鴉の濡れ羽色とも呼べる青みがかった黒の髪に、意志の強さが窺える釣り上がり気味の切れ長の瞳は、底が見えないくらい深く、真冬の空気のように澄んだオニキス。

日本人特有のまろやかな色身が混じった白い肌に、淡く色づく頬。ふっくらとした唇は男なら視線が一度は向かってしまうだろう。

ちなみにそんな輩を見つけた場合、秀頼は遠慮なく駆逐することにしている。可愛い妹が穢れた男(この際自分も男だというのは置いておいて)の視線に曝されるだけで我慢がならない。

大抵はツンドラ並みのひと睨みで一掃出来るのだが、ごく稀にタイミングを逃して遅れをとる場合がある。

そんなときは、大抵目に入れても痛くないくらい可愛がっている妹の、突拍子もない行動のお陰で先手がとれない時だった。





ようやく最後の授業を終えて家への帰路に着いたというのに、校門前に小さくない人垣が出来ているのを見つけ、はんなりと眉間に皺が寄る。

秀頼は取り立てて人間嫌いというわけではないが、騒々しいことや面倒ごとに巻き込まれるのは好きではない。

高校に入学してから早三ヶ月。もう間もなく夏休みも始まる時期なので、学校が終わる時間帯になってもぎらぎらした太陽の日差しは十分に肌に痛い。

人の出入りが少ない場所なら人垣が出来ても気にならないのに、何も通行の邪魔になるようなところに集まるなんて邪魔な奴らだと内心で苛立ちながら、教科書が入った鞄を持ち直した。

秀頼が通う高校は、普通科、特進科、体育科と三つの科から成り立つ特色がある学校だ。ちなみに秀頼は家で運動するので、一応勉強メインの特進科に進学していた。

特進科は体育科はもとより、普通科よりも勉強に力を入れているため、毎朝科目別の小テストから始まり、帰りも他の科よりも一時間勉強時間が多い。

秀頼はまだ奨学生じゃないからマシだが、奨学金を得ている一部の生徒は厳しい審査があるため、テストや内申にも越えなければならないラインがあるので大変そうだった。

今のところ飛び抜けてクラスの中に差があるわけじゃないが、夏休みの補習や、勉強の仕方次第で夏休み明けから差が出るのかもしれない。

可愛い妹たちとの時間を減らしてまで塾に通う気はないので、彼女たちと一緒に図書館か家で自主的に勉強でもしようかと考えながら人垣を通り過ぎようとした瞬間。



「兄様!」

「!!?」



夏の風に揺れる風鈴のように軽やかな声が聞こえて、通り過ぎようとしていた足を無理やり止めた。

猫よりも俊敏な身のこなしで身体を回転させて声の出所を探ると、人垣が出来ている中心くらいから、ひょこりとふわふわのひよこみたいな癖毛が覗く。

聞こえた声は確かに妹のものだったが、見えた髪の毛は妹のものじゃない。けれども物凄く心当たりがある毛色に、普段は冷静沈着で表情が動かないといわれる秀頼の顔が、盛大に歪められた。



「桜子、凪!?お前たちか?」

「・・・あ、秀頼さん、気付いてくれた」

「ほら、言ったろう?兄様たちは私たちには敏感なんだ」

「この間秀介が呼びかけたときはスルーされたって言ってたよ?」

「まあ秀介だしな、仕方あるまい」

「そうだね、秀介だしね」



どこまでも緊張感がないマイペースな声を頼りに、何重にも出来た人垣を掻き分けて目的の少女たちの姿を探る。

何しろ秀頼が知る中でもかなり小柄で華奢なので、目立つ容貌のしてるのにすぐに人の中に紛れてしまうのだ。

本人たちの姿がなくても人の視線を辿れば見つけられるのだが、兄としては心配が尽きないのは仕方ないと思う。

ざわめきながら秀頼を見てそれぞれ反応する同じ学校の生徒たち(ほぼ男)を掻き分けてようやく目的地に着くと、安堵で思わずため息が零れた。

一度家に帰ってから着替えたらしく、中学指定のセーラー服ではなくそれぞれ私服に身を包んだ妹たちは、秀頼より随分と低い位置からこちらを見上げてにこりと笑った。

周囲が息を呑む音が聞こえた気がするくらい、魅力的で可愛い微笑み。

きつめの印象がある、冴えた美貌の黒髪和風美少女の桜子。

おっとりしているがどちらかというと他人の前では表情が薄い、精密に手が入れられた西洋人形のような美少女の凪。

二人で一対の独特の雰囲気を醸し出す少女たちは、小さな掌をきゅっと繋いで、身内だけに見せる特別であけすけな笑顔を浮かべた。



「どうしたんだ、二人とも?」

「今日はうちの家族はみんな家に帰ってくるのが遅いそうだ。それで母さんが、兄様と一緒にご飯食べておいでって、朝、出かけにお金を渡された」

「凪は?」

「私は桜子が『美味しい店にご飯食べに行く』って誘ってくれたから一緒に来ました。秀介は今日は空手の練習で遅いし、双子ちゃんはスイミングスクールがあるから行っておいでっておばさんが」



説明を聞いて納得する。見た目と反して意外と食い意地が張っている幼馴染を、妹が食欲でおびき出したというところらしい。

そう言えば先週くらいに一日ほとんどの家族が家を空けると言っていたけど、それならそれでお金を自分に渡してくれれば妹たちを待たせることもなかったのに。

高校生に囲まれてさぞ心細い想いをしただろうと、撫でやすい位置にある頭をぽんぽんと撫でる。

その最中周囲の人間がざわざわとうるさいが、右から左へ聞き流した。

途中、中学からの付き合いの悪友もいた気がしたけど、悪い虫と間を取りもつきもない。

そもそもあいつの場合、桜子も凪も両方とも可愛いから紹介してくれなんて、厚かましいにもほどがある。

どちらかと付き合えたらラッキーなんてほざいていたのを思い出し、二人を救出しざま、ついでに思い切り踵で爪先を踏み躙ってやっておいた。

耳をつんざくような悲鳴が聞こえた気がしたけれど、あんなもの気のせいだ。空耳に違いない。

妹たちの耳に雑音を届けてしまったと一瞬不安になったものの、彼女たちは顔を見合わせて仲良く談笑していた。


見れば見るほど、類を見ない可愛らしさに目が潰れてしまいそうになる。

年下のあどけない少女たちの笑顔は、秀頼の人生の中で一番の癒しだった。



「秀頼~!お前、明日絶対覚えておけよ!」



どこかで負け犬の遠吠えが聞こえる気がするが、そんなものは右から左へ流れていく。

妹たちを心配するお兄ちゃんとして、いつまでも守る対象である妹たちの笑顔をどうやって咲かせるか。それ以上に大切な心の議題はないのだから。

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