今日も今日とていつもどおり
*ダランでのひと時です。
時折自分は判断を間違ってしまったんじゃないかと、密かに思う瞬間がある。
無駄に目尻を赤く染め上げて、びったんびったんと尻尾を床に叩きつける龍を冷めた目で眺めつつ、凪は軽く嘆息した。
目の前には床に広げられた、服、服、服。
しかも全てが凪ですらジャンルを知っている系統で統一されている。
所謂ロリータファッション。もしくはゴシックアンドロリータだろうか。
ファッションについての拙い知識を総動員してもこの二つの違いが今一よく判らないが、凪の認識ではゴスロリは黒くてひらひらで、ロリータはピンクなどの淡色系フリルのお姫様系統と勝手に刷り込まれている。
拘りがある人たちから見たら随分と適当で曖昧な区切りの知識だと糾弾されるかもしれないが、ともかく凪の偏見塗れの印象はそうだ。
どこか遠い目で思考を遠くに飛ばしつつ、得意ジャンルでもないファッションについて考察を述べるのは、おそらく頭が現実逃避を計ろうとしているからだろう。
だがしかし、それを責めないで貰いたい。
何故なら目の前で繰り広げられる光景は、凪が普通と定義する感性からすると、少しばかり特殊なものなのだから。
「なあなあ、お嬢。どうだ?可愛いだろう?」
一見すると厳つくて強面だが、よくよく見ると精悍に整った顔立ちをした護衛の龍は、でれでれとヤニの下がった表情でこちらを見上げた。
どこかで見たことがある表情だと思いを巡らせ、ふと思い至る。
だらしないくらいに崩れた甘ったるい笑顔は、元の世界での幼馴染の兄たちから向けられたものに酷似していた。
娘を溺愛する父親のようでいて、けれどどこか違う気がする不思議な感覚。
どこかで見た覚えがある光景だと思ったら、彼は桜子の二人の兄によく似ていたのだ。
顔は整っているけれど厳しい印象を持つ長兄と、繊細で端整な若武者のような顔立ちの次兄。
けれど二人の兄は、末っ子の妹と、その親友である凪にともかく甘かった。
自分たちのお小遣いを桜子と凪に投資するのが好きで、よくリボンなどの小物やぬいぐるみを買ってもらっていた。
ちなみにあんな顔して意外に可愛い物好きだった彼らは、凪と桜子に与えたものとお揃いのグッズを必ず買い求めていた。
整然と片付けられた和室、しかも男部屋の一角に出来たファンシーゾーンは慣れてしまった自分たちならともかく、普通の女の子はどん引きだっただろう。
───今の自分と同じように。
世間の基準がいかようなものかわからないが、いい年の男がふりふり・びらびらの、絵本の世界にあるような服を前に相貌を崩していると、結構微妙な気分にさせられる。
なまじ顔立ちが整っているだけに余計に居た堪れない。
ラルゴは黙っていれば強面の男前で、筋肉隆々の巨漢の龍だ。
そんな彼がしゃがみ込んでデレデレと表情を崩し、フリルが沢山ついたスカートを両手で持って見比べる姿にどん引きする心が止まない。
ピンクに白に黒にワインレッド。サテンにビロード、レースに絽。
可愛い小物がどこまでも似合わないラルゴは、けれどこちらの感想などいざ知らずに上機嫌に服を並べ立てる。
どこで買ってきたのか知らないが、少なくとも凪のバイト先ではないだろう。
仕事をする内に在庫は覚えてしまったし、オーダーメイドするには時間が短い。
だとしたら彼はどんな顔でこれらの衣装を購入してきたのか。
少なくとも凪が知らない間に買いだめしていることだけは断言できるが、もしかすると一人でこんな『可愛い』以外に表現のしようがない服を買い求めたのだろうか。
その時の店の店員の反応はどんなものだったのだろう。
凪が接客要員であれば、顔に出さずとも、心は驚愕に満ち溢れているはずだ。
それくらい、いつも片手で重量級の武器を扱う『龍のラルゴ』と、愛らしい『ファンシーグッズ』は縁遠く見えるものだった。
「お嬢。お嬢は、どれがいい?」
「・・・・・・」
「遠慮しなくていいぞ?お嬢から金取ろうと思っちゃねえし」
「うん、私も払う気はないから」
別に服に困ってないし、買って欲しいとも頼んでいない。
『どれがいい』と問われても、受け取る理由すらない。
本気で金品に困っているならありがたく頂戴するが、ありがたい事に二年分のお金は保証されているのでそこまで余裕がないわけでもない。
ついでに申し上げるなら、ふりふりびらびらは凪の趣味でもない。
レースやドレープが引っ掛かってバランスを崩すと、基本、凪の反射神経では建て直しが利かない。
自慢じゃないが運動神経のなさには自信がある。だから服はシンプルで動き易いものが良い。
スカートも嫌いじゃないけれど、足に絡みつくようなデザインは好みじゃない。
ラルゴが用意した服はいかにも動きにくそうで、見た目重視の代物だ。
元の世界でも誕生日くらいにしか着なかったような、いいや、それよりおそらく上等な生地を使った服たちを眺め、軽く息を吐き出した。
「ともかく、どれもお嬢には似合うと思うんだよな。厳選に厳選を重ねたのにこんなに増えちまって、しかもまだまだ似合いそうなもんが沢山あるから困ったもんだ」
「うん、そうだね。本当に困ったもんだよ」
無償でこんなに沢山服を提供されても本気で困る。
厳つい顔しているくせに、ラルゴは物凄く面倒見が良くて尽くすタイプだ。
一緒に行動する間はなんだかんだでまめまめしく、時に呆れ混じりに相手をしてくれるし、ボケとツッコミのノリもよい。
しかし宿屋の床一面埋まるくらいに服飾関係のものを買ってこられても非常に困るのだ。
これでは第三者からしたら、完全に貢がせている女と、貢ぐ男に見えてしまう。
露店で気軽にパンを奢ってもらう比ではない金額に、困窮に貧していない現状で、ありがとうと受け取れるほど厚かましくまれなかった。
今もバイトで服を着ることが仕事の一環になっているのに、この上重ねてプライベートまで着せ替え人形になるのは面倒だ。
さりとてここまで目を煌かせる、期待に満ちた龍を前に、『いらん』と断言するのも少し憚られた。
いや、しかしここは今後を考えてざっくりと断るべきだろうか。
腕を組んで考えていると、持っていた服を並べ替えていた彼は、いきなりぱっと顔を輝かせた。
「うーん・・・これだとあれかな。この服には兎の耳が合う気がする。兎耳はお嬢があのくされ神から貰った腕輪で変身してくれりゃいいけど、リボンのデザインと袖のデザインが気に喰わないな。ここは合わせたいし・・・いっそおっかさんに習うか?」
「・・・・・・」
「そしたら服のパターンから俺が起こして、完全に俺好みのもんをお嬢に着せられるよな。俺色に染まるお嬢・・・いい」
いや、よくないだろ。
心の中で鋭く突っ込みを入れる。
こいつはどこの親父だと、直に腰を下ろしていても凪とそれほど視線の位置が変わらない彼を半眼で見下ろした。
気が付けばラルゴは『新しい世界への境地』を開こうとしている。
このままでは彼曰くの『俺色』に染められると眉間にきゅっと皺を寄せ、ゆっくりと息を吐き出した。
「ラルゴ」
「ん?」
気が付けば目尻を染めるだけではなく、どうしようもなくヤニを下げた男は、おっさんくさい笑顔でこちらを見上げる。
一瞬躊躇しかけ、拳を握って踏ん張った。
「・・・お揃いなら、着てもいいよ」
「っ!?」
ひゅっと息を飲み込んだ龍は、尻尾の先までびんと伸ばした。
彼の太い尻尾があんなに真っ直ぐに伸びたのを見るのは初めてだ。
驚くと龍は尻尾が伸びるのかと冷静に観察しながら、そわそわと器用に揺れ始めた先っぽに感心した。
金目の動きと一緒に右へ左へと動くそれは、ラルゴの動揺そのものだろう。
『着るべきか、着ざるべきか』
腕を組んで悶々と悩み続ける彼に、普段は接客時にしか見せない笑顔でにっこりと微笑んだ。
さて『龍のラルゴ』は、どちらを選ぶのだろうか。
いっそこのびらびらの服を着る覚悟があるのなら、二人揃って街を歩くのも面白いかもしれない。
その場合に付属する噂話を彼がどう処理するかは興味があるし、少しばかり、いいや、正直に言うと結構な心持ちでラルゴのゴスロリファッションに好奇心が擽られた。
くつくつと喉を震わせると、困惑したままの素直な彼が見てないのを確認し、素の笑顔でちょっとだけ笑った。