第1話 毒を食らわば、二度目まで
「……ふうん。今度は、お茶に混ぜてきたか」
意識を手放す直前、わたしはそんな呑気な感想を漏らしていたと思う。
舌の上に広がるのは、微かに甘い、けれど後を引くほろ苦さ。三年間、来る日も来る日も他人の食事に箸をつけてきた身としては、正直「またか」という感慨しかなかった。
問題は、今日という日が――わたしがはじめて、解毒の間に合わない量を盛られた日だということだ。
「明蘭。最期に言い残すことは?」
玉座の脇に立つ女官長の声は、氷のように平坦だった。跪くわたしを見下ろす目に、同情のかけらもない。当然だ。彼女にとってわたしは、都合よく死んでくれる下働きの娘でしかないのだから。
(言い残すこと、ねえ)
わたしは笑った。毒のせいで唇がうまく動かず、きっと歪な笑みになっていただろう。それでもよかった。どうせこれが最後の顔だ。
「今度生まれ変わったら――」
視界が白く滲んでいく。
「――今度は、毒見役以外の仕事を選びます」
そこで、わたしの意識は途切れた。
目が覚めると、見慣れた木目の天井があった。
隙間風の音、干した薬草の匂い、硬い寝台。三年過ごした毒見部屋の、あの部屋だ。
(あら)
わたしは自分の両手を持ち上げ、しげしげと眺めた。荒れた指先、爪の間に染みついた薬草の匂い。処刑台の上で見た自分の手と、寸分違わない。
つまり、これは。
「――やり直せ、ということかしら」
声に出してみると、思いのほかしっくりきた。
窓の外から差し込む光の角度、壁に貼られた暦。確認して、わたしは小さく息を吐いた。処刑されたあの日から、ちょうど九十日前。まだ何も起きていない、平穏な毒見部屋の朝だ。
普通の娘なら、泣くか、混乱するか、神に感謝するところだろう。
けれどわたしの中で膨らんでいくのは、そのどれでもなかった。
静かな、けれど確かな怒り。
九十日後、わたしは何者かに毒を盛られて死ぬ。犯人の見当はついている。動機も見当がついている。証拠だけが、ない。
(だったら――)
今度は証拠を残す。今度は疑われる前に牙を隠す。今度は、絶対に殺されてやらない。
わたしは寝台から起き上がると、隅に置かれた薬箱を開けた。三年かけて集めた解毒草の粉、毒物の見本、そのすべてがまだそこにあった。
「おはようございます、明蘭さん。今日もお加減いかがです?」
扉の外から聞こえた同僚の声に、わたしは慌てて表情を取り繕う。眉を下げ、少し困ったような、気弱な笑み。この三年で完璧に仕上げた「おっとり気弱な毒見係」の顔だ。
「はい……今日も、なんとか」
蚊の鳴くような声で答えながら、わたしは薬箱の蓋をそっと閉じた。
牙は、隠しておくに限る。
――さて。まずは誰から、料理に手を出してくるつもりかしらね?
その日の午後、毒見部屋に思いがけない客が訪れることを、このときのわたしはまだ知らない。太医局から遣わされた、あの悪名高き堅物医官が――わたしの「気弱な仮面」を、たった一目で見抜いてしまうことも。




