第86話 美しさの土台
「こっちこっち、セレナー!」
目を開けるとそこはゴツゴツとした岩と、緑鮮やかな木々に囲まれた滝のそば。
キャンプスタイルの澪が、河原でバーベキューをしていた。
「澪、なんでキャンプ?」
「半日も店の中にいたから、こういうひらけたところの方が気分転換になるかなって」
ちなみにキャンプだのバーベキューだのといったあちらの知識は、ここに来ると自然と理解出来るようだ。
おかげでいらない知識ばかりが増えていく。
「まぁ、その気遣いは嬉しいけど……。それにしてもあまり『美しさ』を語るには向かなそうな」
「そんなことないよ。ほら、自然の美しさ! 素晴らしいでしょう」
そう言って滝に、川に、木々に手を広げる。
しかしそのこめかみに浮かぶ汗一筋を私は見逃さない。
「で、本音は?」
「そろそろ夏も近いし、バーベキューやりたいなって」
「よし、帰る」
振り返ろうとした私のズボンに澪がしがみつく。
「ごめんなさい〜、話はちゃんとするからー!」
「こ、こら、引っ張らないで! パジャマだからすぐ脱げちゃうんだから!」
離れた澪を見てため息一つ、私は手近にセットしてあった椅子に座る。
澪は火にかけていたシェラカップから、ホットミルクをカップに注ぎ、渡してくれた。
「それで、どういう方向性でいくつもりなの?」
そばに座った澪の問いかけに、私は
「うん、挑戦するのやめようと思って」
そう言うと澪がホットミルクを吹き出した。
――汚いなぁ。
「ゴホッ、エホッ……な、何言い出すのよ突然! 驚いてミルク吹いちゃったじゃない!」
「まあちょっと言葉端折りすぎたよ。わざとだけど」
「ほほぅ、セレナ。あんただいぶ生意気になってきたじゃない。最初の頃は『澪とはまた会える?』とかかわいい顔して聞いてきたのになぁ」
そう言って指をパチンと鳴らすと、私たちの目の前に映像が浮かび上がる。
そこには五歳の頃、初めて澪とあった時に泣きながら話していた、子供の頃の私が映っていた。
「なっ、何よこれ。ずるい! そんな能力知らないよ!!」
「へへーん。私だってただ遊んでるわけじゃないからね。色々試してて、先月出来るようになったの」
そう得意気に言うと、パッ、パッと映像を切り替える。
私がリオやアミーカと初めて会った時、王都で出会った様々な人達、悔しそうな顔で校長と面接する私……。
校長、あらためて一発張り倒してもいいかもしれないな?
再度パチンと指を鳴らすと、映像はパッと消え去ってしまった。
名残惜しそうにそこを見つめる私の前に、澪の睨み顔がアップで出て来て、
「で、あらためて話もどすけどさ、やめるって何?」
と迫ってきた。
「澪の世界ではさ、『美しさ』のために我慢するってことはあるの?」
「あるある。当たり前じゃん。例えば足がキレイな人なら、真冬でもミニスカート履いて足を見せるようにしたり、逆に肌の白さにこだわる人は、真夏でも肌を出さないようにしたりね」
真冬にミニスカートっ!?
制服着るまでスカート自体ほぼ縁がなかった私からすると、罰ゲームにしか思えない。
夏の長袖も暑がりの私からすると信じられない。
「やっぱり我慢は必要なんだね」
「そうだね、少しくらいはね」
「って思ってるみんながおかしいなって思わない?」
急に質問されてビックリしたのだろう。
キョトンとした目で澪はこちらを見つめてくる。
「ドレスも見たけどさ、布が何枚も重なり合う絵はとってもキレイだったよ? でもさ、重くて疲れる、いちいち手入れが大変。それを『美しい』ってことなら美しさって人に負担を強いる面倒なものじゃない?」
「それは、まぁ……そんなもんだから」
珍しく口ごもる澪だけど、やっぱり澪ですらそれを当たり前と思ってたんだ。
「でも私がそんなこと言ったって、美しさを求める女性は山程いる。だれだってキレイでいたいのは私にだって分かるから」
「だからその道を選んだ人は選んだなりに努力して頑張ってもらう。泣き言は言わせない。……でも、頑張って戻ってきた人を温かく迎えてあげるくらいはしてあげたいんだ。澪、ペンと紙ちょうだい」
渡された紙にさらさらと図を書いていく。
ざっくり説明すると、筒が二つ。
それだけだ。
「ここに足を入れるの。で、スイッチを入れると風の魔力と火の魔力でふくらはぎを温めながら揉んでくれるの」
「はー、フットマッサージャーかぁ。確かにこれは喜ばれるね」
「……ふっと?」
「フットマッサージャー。要は足のマッサージ、揉み機ってことよ。私の世界にもあったよ」
ちぇっ、先越されたか。
いやいや、この世界では私が初のハズ!
「あ、でも確かふくらはぎはあんまり強くマッサージしない方がいいって聞いたことあるから、強さだけ注意かもね」
「ふーん、そうなんだ。じゃあこのくらいかな?」
澪のふくらはぎをやわらかめに揉んでみる。
「このくらいだとあんまり気持ちよくないかも?これくらいかな?」
今度は澪が私の足を揉む。
「ちょっとだけ痛いかも?……これはいくつか強さの段階作って使う人に決めてもらった方がいいかもね」
「そうだね。あとは買う人に、痛さを感じるまでの強さでやらないよう注意しておくことかな」
澪のアドバイスをしっかり紙に書いておく。
ここ出たら紙なくなっちゃうけど、なんか書いておいた方が覚えておける気がするからだ。
「よし、これなら企画書は書けそうかな」
「セレナ、本当に『美しさ』はいいの?」
「正直言うとね、この前温泉でやらかしちゃったじゃない? 服のこともメイクのこともロクに知らない私が、今そこに挑むのは違うかなって」
そう言って私は自嘲気味に笑うが、すぐに表情を引き締める。
「でも逃げないよ。今はまだ早かっただけ。次は誰にも負けない『美しさ』の魔導具を作って見せるんだから!」
「よし、その意気があるなら、私の知ってる範囲でならファッションもメイクも教えてあげる! その代わりこの世界とのズレは、マリーナちゃんやリディアちゃんに聞いて直してね」
「分かった!」
と、ここで嫌な予感がしたので先に言っておこう。
「澪、前みたいな落し穴……」
そこまで話したところで、私の身体が何か見えない力で引っ張り上げられ、川へポーンと投げ出された。
そして畳み掛けるかのようになぜか増水した川の水流に勢いよく流されてぐんぐんさっきの場所から遠ざかる。
「次来た時は許さないからねー!」
私の虚しい叫びは、不思議な空間に響くことなくさっと散っていった。
自分の未熟を認め、それでもそこから近づけるやり方はないかと探すセレナは、少し大人になった感じでしたね。
それにしても川に流すって、澪……。
次回、第87話「私なりの戦い方」
三者の企画が発表され、いよいよ結果が発表されます。それを受けてのセレナの戦い方とはいったいどのようなものか?
ちなみに澪の世界は基本、現実世界に近しい季節の場面を選択してます。セレナの能力を封印した時は春まで少し期間がありましたが、優しく包みこむ空間で迎えたいということで桜の園を選択しました。
落し穴に落としたり、川に流したりと無茶をする澪ですが、セレナのことをきちんと思ってるんですよ、と軽くフォローだけ入れときます(笑)




