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笑顔を創る魔導具師セレナは、今日も世界をつないでいる  作者: 八坂 葵
第2部:才能の値段 第1章 輪を広げる

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第75話 原点にあるもの

「疲れたよぉ〜」


 研究室の机に突っ伏す私の頭をマリーナとリディアがよしよしと撫でてくれる。


 街の人には人材発掘を、上級生には工房への売り込みを、下級生には学びの機会を――。

 そう言って二週間、私はひたすら頭を下げ続けてきた。

 この間私は完全フル稼働で、ようやく一息つけたというわけだ。


 この間みんなも企画書を作ったり、実際の競技会にあたって必要準備をしてもらったり、他の科の代表と連携を取ってもらったりしていたので、ギリギリ二週間後の開催にはこぎつけそうだ。


「こんなに大変ならリーダーとか断ればよかったぁ」


「あんたのその言葉を聞いて、ますます引き受けないようにしようと思ったわよ。セレナがそんなに疲弊するなんてね」


 押し付け役その一のリディアがそんな無責任なことを言ってきた。


「私は関係者との調整の難しさは、お父さんを見て少しは知ってたから、逃げておいて正解だったな」


 マリーナのパパもこんな胃が痛くなる思いを普通にこなしてるのか。

 ……すごいな、領主って。

 うちのパパなら三日で逃げ出しそうな気がする。


「想像力が足りないからそんなことになるんだ」


 追撃をかけてきたのは冷酷無情、生徒の前ではいい顔見せる詐欺師、レオニス先生。


「普段から各科に協力者を作っておけば、もっと楽だったろうな。特に魔導科はせっかく繋ぎを作ってやったのに、お前らはあの後育てようともしなかったしな」


「そういうの先言ってよね、先生」


「何でも教えてもらおうとするな。奇しくもこの前お前が言ったとおりだ。“学び”に来てるんだろう? なら自ら学べ。困ったら多少の手は差し伸べてやる」


 クイッとメガネを上げて私を見下ろしてくる。


「殴っていいですか?」

「退学させてやるぞ?」

「これ使います」


 私は胸の真ん中あたりをパンパンと叩く。

 カイル様からもらった家紋入りのペンダントがそこには下げられている。

 これはレオニス先生も分かっているので、「ふぅ……」と大きく溜息をつくと、


「では気分転換にたまには研究室らしく、俺の研究の成果の一つでも見せてやろう。そうだな校庭に出てろ。俺は許可だけ取ってくる」


 そう言うとさっさと研究室を出ていってしまった。



「レオニス先生の研究……楽しみだ!」


 カリウスくんが両手を握りしめ、いつになく興奮している。

 彼も研究大好きだから、人の成果を見られるのは楽しみなんだろう。


「さあ、行くぞみんな。早く校庭に集合だ!」


 無駄に鍛え抜かれた身体能力をいかんなく発揮し、カリウスくんはドアを開けると、あっという間に廊下の先へと消えていった……


「そ、それじゃあ僕たちも行こうか。カリウスがごめんね。あいつこういうことは我慢できなくなっちゃって」


「マルクスくんが謝ることでもないし、カリウスくんの気持ちもわからないではないから、気にしなくていーよ。さっ、行こうか」


 私は重い腰を上げてみんなと一緒に校庭へと向かって歩き始めた。


 ◇◆◇


「いいか、研究は開発とも少し違う。開発が新しい魔導具を作り出すことなら、研究は今までの魔導具の常識を覆すことだ。例えば……」


 そう言ってカバンから紙の塊を取り出す。


「ランタンというものは、火の魔石から魔力を取り出し灯りを灯す。故に熱につよい金属を使用し、その上で耐火付与を施すのが常識だな?」


 え、まさか……?


「この紙の上の紐を引っ張って、形を整えて、スイッチを入れると……」


 ポッ。


 ランタン型の紙の模型の真ん中に、普通のランタンほどではないにせよ、確かに明かりが灯る。


「「ええーっ!」」


 私も含め、みんなが目を剥いてその状況に見入っていた。


「火から光だけを取り出した。もちろん通常のランタンほどは使えん。過去の試験だとだいたい半刻ほどの稼働がいいところだ。しかし……面白いだろ?」


 みんながうんうんとうなずく中、カリウスくんは先生の両手を握りしめ、


「先生! これはどうなって……いや、自分で考えます」


 突然手を離して、あごに手をやりぶつぶつと考え始めた。

 唇を噛み締めてるところを見ると悔しいんだろうな。

 こういう負けず嫌いはキライじゃない。


「先生、他には何があるんですか?」


「研究結果というものはそうホイホイ出てくるものじゃあない。そうだな、開発寄りではあるんだが……」


 そう言うと、さっきから目についてはいた、……これはなんて言ったらいいんだろう?

 円状の金属に、いくつもの筒が突き出した、不格好な輪。


「何ですか、この不思議な円?」


 リディアがとても奇妙なものを見るような視線で聞いてくるが、私も全く同意だ。

 何が出来るのか、何に使うのか、さっぱり分からない。


「先生! これはまさか……飛ぶ、のか?」


 カリウスくんのその言葉にニヤリとすると、レオニス先生は円に備え付けられたスイッチを入れる。


 ほどなくすると、多分風の魔石だろう。

 円の下から風が強く吹き出す。


「わっ!」

「キャア!」

「ちょっと!」


 その強さにスカートがめくれ上がりそうになり、慌てて抑える女子三人。

 とっさに目をそらしたマルクスくんはとても紳士だけど、こっちにピクリとも視線をよこさず円を見続けたカリウスくんにはあとで文句の一つも言ってやろう。

 見ろ! じゃなくて、少しはみんなを気にかけろと。


「ああ、すまんな。いつも俺だけで試運転をしてたから、そういうアクシデントは予想してなかった」


 レオニス先生の謝罪を受けると、その瞬間、円が空に真っ直ぐ浮かび上がる。

 先生の背よりも少しだけ高い位置まで上がり、そこで止まった。


「「おおー!」」


 あまりの不思議な光景にただ、そう声を上げるしかなかった。


 そして真っ直ぐ進み、曲がってを繰り返し、一周して元の位置に戻ってきたところで、急に風がやみ円が落ちてくる。

 レオニス先生はそれを器用に片手でキャッチすると、地面に置いた。


「と、まあ魔法なしで空中を動く魔導具を作れないかと思ったんだが……風はうるさいし、魔力をくうから短時間しか動かん。しかも人が乗れないと制御もままならんと、課題は山積みの代物だ」


 少し苦い顔でそう言うと、急に笑顔になり、


「だが――楽しいだろ?」


 と問いかけてきた。

 私は少し気になることがあったので、


「先生、これはどういう目的で……研究? 開発? したものですか」


 と聞いてみると、予想外の答えが返ってきた。


「目的なんかないさ。楽しいだろ? こういう可能性を追うのは」


 思わず呆気にとられる私たちを置き去りに、カリウスくんだけがとても満足そうにうんうんと頷いていた。


「まあ教師らしく少しは意味付けをするとだな、例えば物や人を載せて運べるようになれば、馬車よりも早く届けられるな」


 そう言うと手を広げ、


「だがそんなことは開発者たちが考えればいい。基本理念は作った。俺はこいつで何かを開発するほどの興味までは持てなかった。だから後は勝手にすればいい」


「そ、それはあまりに無責任じゃあ」


「そうよ! これのせいで人が傷ついたり、最悪死んだら、どう責任取るのよ」


 マリーナとリディアの批判に、先生は腕を組んで見つめ返し、


「だから知らんと言っている。包丁は食生活を豊かにするが、人を傷つけることも出来るな?お前らそれで包丁開発者の責任を問おうと思ったことがあるか?」


「そ、それは包丁は一般的に食材を切るものだから」


「その“一般的”を作るのは俺ではない。開発者や広めた者、使う者たちだ。どこに責任の所在があるかは、しっかり見極めろ。でないと関係のない者も自分も、お互いを傷つけることになるからな」


 私の言葉にそう返すと、先生はカバンと飛ぶ円を持つ。


「最後は説教臭くなってしまったが、単純に面白かったろ? お前ら最近は競技会に奔走してるが、魔導具科の学生だ。そっちを楽しむことも忘れるなよ。学生生活は短いんだからな」


 そう言うとニコッと笑い、去っていった。



「なんか、肩肘張るなよって言われた気がするね」


 私の言葉にマルクスくんもうなずき、


「特にセレナさんは頑張り過ぎてたかもね。もっと分担したほうがいいかもしれない。僕たちだけじゃなくてね」


「それって他科や外部にも頼るってこと?」


 リディアの質問にはマリーナが答える。


「うちもお父さんは別に一人一人と調整してるわけじゃなくて、商業、建築業、領民みたいにそれぞれの代表と話し合ってた。大きいことを動かすなら、もっと組織化した方がいいんだろうね」


 組織化か……。

 学外での競技会の時はそこはきちんと意識して作り上げていこう。

 みんなと一緒に!


「ほら、まだやることはたくさんあるんだろ。さっさと片付けにいくぞ!」


 カリウスくんのそのやる気は、絶対にさっさと研究を始めたいからだ。

 そう分かってる私たち四人は顔を見合わせて苦笑しながらも、彼の後を急いで付いていった。

カイル様のネックレスを軽々しく使うセレナはだいぶ図太くなりましたね(笑)

レオニス先生の研究成果の披露はいつか活かしたいと思います!


次回、第76話『初めてできた後輩』


寮に帰ったセレナを待ち受けるのは、同じヴェルダ出身の後輩。そこで相談を持ちかけられますが……


日頃の生活の中でつい忘れがちな、自分にとっての"大切なこと"。

この話が思い出すきっかけになってくれたら何よりです。

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