第69話 同時制御を組み上げた日
次の日。
私がマリーナと教室へ入ると、リディアたちが駆け寄ってきた。
投げかけられる質問の数が、心配の深さだと思い知らされた。
「ごめん、心配かけて。ご飯食べてぐっすり寝たからもう大丈夫だよ」
リディアたちに向かってニコッと笑うと、三人はホッとした表情を浮かべる。
「ア、アンタのせいで昨日ロクに練習出来なかったからね。今日は最後まで付き合ってもらうわよ?」
「分かってるわよ」
(ツンデレめ……)
おや、心の相棒どうしたの?
(ああいう、素直じゃない子を「ツンデレ」って言うのよ。セレナのこと好きなのにねー)
好きとか言われると照れるけど、いい子なのは分かってる。
だって私の友達だからね!
◇◆◇
しかし、付き合うといってなんだけど、今日は私とマリーナは別行動になった。
「お前らはすでに出来るだろ。研究室で製作を進めておけ」
とのレオニス大先生のお言葉だ。
とか言って念の為に屋内で休んどけというのが見え見えな表情をしていた。
私たちはさっそく作業を始める。
手元に何枚か素材を置き、直接焼き付けを進めると、研究室の窓から医務のミリア先生がちょっと顔をのぞかせて、手を振って通り過ぎていく。
「なんかすっごく心配されてるなぁ」
「そう思うなら、次からは早めに私に相談すること。じゃないと私の胸でえんえん泣いてたってバラすからね」
「なっ! 泣いてないもん!!」
クックックッという押し殺した声に見てみると、マリーナの肩が小刻みに揺れている。
こ、こいつぅ。
「ほら、さっさとやっちゃおう。あと百枚はやらなきゃなんだから」
「……そだね」
早く終わらせないと、公開講座の準備が進まない。もし失敗に終わったら、またあの校長を勢いづかせてしまう。
「こうなったら今日中に終わらせてやる!」
「そ、それは無理だって。まだ一枚十分はかかるんだよ?」
「なら速くなる!」
私のせいでみんなの大切な練習時間を削ってしまった。せめてその分だけでも役に立っておきたい。
ママの課題を思い出すと、どんなに難しそうな回路も、分解してみれば単純な線の複合体だって知ったはずだ。
魔法を練習してた魔導科の人たちを見てると、魔力は手元でなくても操れるし、複数に分割も出来てた。
私は回路図を凝視して同じ種類の線を頭の中に分類していく。そして次に種類別に分けた線を描く順序を決める。
種類分けした線を並列処理する、同時制御の技術。それを何度も頭の中で繰り返し思い描きながら、イメージして……
「よしっ!」
素材の上に両手を広げ同時制御を開始する。
「え……え、ええっ!!」
マリーナの驚く声。
しかし私の意識は目の前の素材と魔力操作だけに集中していて、その声も耳には入ってこない。
第一段階、直線完了。第二段階……円完了。
線を伸ばすだけ、丸く書くだけのこの二つは焼付の中でも初歩中の初歩。
ここまではなんとでもなりそうだ。
ゆっくりとだが、一歩一歩焼き付けが進み、なんとか半分まで進んだその時、
ジジッ……
焦げた匂いが一瞬で広がり、黒い線が机に焼きついた。
その匂いでハッと我に返る。
「ハァ、ハァ……うわぁ、悔しいいっ! せっかくうまくいってたのにー!!」
集中を保てなかった。
私は唇をグッと噛み締めた。
叫びとともにドッと汗が噴き出してくる。
慌ててポケットからハンカチを取り出し、顔の汗を拭う。
「セレナ、何、今の?」
私はさっき考えていたことを説明する。
説明が進むたびにマリーナが難しい顔になり、最後は聞かなきゃ良かったという、呆れ顔になる。
「普通考える? 同時制御って」
「でも出来たら早いよ?」
「それにしても……さ」
マリーナは顎に手を当てて少し考え込む仕草をすると、
「じゃあ分担しない? セレナが挑戦してる時に、私は魔力にブレが出てないか確認するよ。これを交代でやれば二人とも出来るようになるから良くない?」
「それいいね! じゃあお願い」
再度私は素材に向き直り、私の正面にはマリーナが控えている。
見ていてもらえる。
たったそれだけがこんなにも心強いとは思わなかった。
「行くよ」
その短い一言をスタート代わりに、私は再び同時制御に挑む。
……今度はなんとか半分まで来た。
「いいよ、その調子」
マリーナの短い一言が私を勇気づける。
胸に湧き上がる温かさに油断しないよう、私は一度深呼吸で息を整えた。
最後、一番難しいS字の曲線の同時制御。
曲線の切り返しが入るから、回路の断線や魔力詰まりが一番起きやすい箇所だ。
(慎重に……これが最初の一歩目だと思え)
お腹にグッと力を入れて姿勢を整え、私はS字曲線を一気に最後まで描き切った。
その時、光るはずのない回路が一瞬光ったような錯覚を覚えた。
あー、もうダメ。
力を維持することが出来ず、そのまま後ろに用意してあった椅子に倒れこむ。
頭がガンガンするので、和らげようとこめかみを軽くマッサージしてみた。
「セレナ、すごいっ! 出来た、出来たよっ!!」
「あー、うん。なんとかいけたね。だけど思った以上に集中力使って、終わった後にこんなんじゃ、逆に非効率かも」
「じゃあ今回は普通にやるとして……私も一回試してみてもいい?」
「あ、そうだね。やってみようか」
今度は私がマリーナの反対に立ち、作業を監視するが、マリーナはあっという間に失敗してしまった。
「うわぁ、同時制御ってこんなに難しいんだ。セレナよく出来たね」
「あー、私はほら、初等学校の頃から練習してたから」
そう、ママの師匠のベーネさんの工房で、とんでもない三人の魔導具製作を見せつけられたあの日以来、どんなに時間が少なくなったとしても、毎日魔力制御の練習だけは欠かしたことはなかった。
「そっかぁ。セレナにとって王都の経験ってトラウマにもなってるけど、プロの魔導具師としての自覚を促した、大切な経験でもあるんだね」
そう言われるとそうかもしれない。
あそこでの経験の前と後では、明らかに魔導具師というものに対しての真剣味が違うような気がする。
「そうかも……。よし、マリーナ。これさ、またこっそり練習して、みんなを驚かせちゃおうよ」
「そうだね、公開講座終わったら猛練習しよう!」
なんだか『つむじ風コンビ』の頃を思い出し、チクッと胸が痛んだ。
◇◆◇
とりあえず今日のところは今出来る技術で進めていったんだけど、やっぱり数こなすと速くなってくるね。
あっという間に三十とちょっとまで出来上がってしまった。
もちろん二人でだけど。
そのまま私たちは無心に魔導回路の山を築き上げ、外が夕闇に染まる頃、全ての焼き付けが完了していた。
その時、遠くから何人かの足音が聞こえてきて
――ガチャッ
ドアが開いた。
やってみるかで同時に焼き付け出来るセレナの実力の凄さは、ひとえにママのスパルタ教育と本人の真面目さの賜物です。
次回、第70話『深まる技術、動き出す世界』
今回の同時制御、レオニス先生の評価はどうなるでしょうか?
ちょっとした思いつきでなんか物事がすごくうまく進んだ経験ってありますか?
良かったら教えて下さいね♪




