第68話 踏み越えて結び直す友情
目を開けると、そこは知らない部屋。
かすかに薬品の匂いが鼻をつく。
寝ている隣にはマリーナが椅子に座って、手元でこっそり魔法の練習をしていた。
ついイタズラ心が芽生えてしまう。
「ドカーンッ!」
「ひゃあっ!!」
叫び声とともに魔力が散っていく。
キラキラ光る赤い粒子は、まるで火の粉のように綺麗だった。
「せーレーナー……心配したのに何してくれんのよ、もうっ!」
「あはっ、ごめんごめん。起きたら必死な顔してたから、つい」
笑顔を見せる私に、怒り顔のマリーナもすぐに溜飲を下げてくれたようだ。
「まったくもう。……それで、大丈夫なの?」
「うん、ごめん。心配かけたけどもう大丈夫。ここは?」
「学校の医務室だよ。レオニス先生が倒れたセレナ抱えて走って連れてきてくれたの。後でお礼言っといてね」
意識を失う直前に駆け寄ってきてくれてたから、その足で運んでくれたのだろう。
申し訳なさに心が痛んだ。
その時、医務室のドアが開き、レオニス先生と知らない女の先生が入ってきた。
女の先生はレオニス先生みたいな白衣を着ているから、たぶん医務の先生だろう。
「起きたか。気分はどうだ?」
「はい、もう大丈夫です。ご迷惑おかけしました」
すると女の先生が私のおでこに手をあて、次に顔をじっとのぞき込む。
「うん、顔色も悪くないし熱もなさそう。大丈夫だと思うわよ」
「すいません、ミリア先生。本当にお世話になりました」
「いいんですよ、私はこれが仕事なんですから。気にせず何かあったら、また頼ってくださいね」
レオニス先生のお礼に対して軽く手を振り、ミリア先生はお茶を淹れ始めた。
「リディアたちも心配していたが、いつまで残っていても仕方ないので帰らせた。明日礼を伝えておけ」
「はい、分かりました」
「よし、それじゃあ支度が出来たら寮に戻れ。もう門限は過ぎてるが、私から寮母には伝えてある。一応お前らからも謝っておけ」
はぁー、レオニス先生って開発一辺倒の、人に興味ない人かと思ったけど、礼儀とかきちっとしてんだな。
ちょっと意外だった。
「それでは俺はもう戻る。もし明日辛いようならマリーナに伝えて寮で寝ておけ、マリーナ、すまんが後は頼むぞ」
「はいっ!」
そう言ってレオニス先生は帰っていった。
私たちも帰ろう。
早く帰らないと、マリーナに伝えられなくなる。
「それじゃ、私たちも帰ろう」
「うんっ!」
私たちもミリア先生にお礼を伝え、医務室を後に、寮へと戻っていった。
◇◆◇
寮母のヴァレリアさんに遅くなったことを謝罪したら、そんなことより身体は大丈夫かと、逆に心配されてしまった。
入寮初日の態度でこの人には少し警戒心を抱いてたけど、あれ以来付き合う中では少なくともいい寮母さんだ。
「何も食べてないんだろ? 簡単な食事なら用意出来るけど食べられるかい?」
そんな言葉に私のお腹が「グウゥ……」と返事をした。
顔を真っ赤にした私を見ると、ヴァレリアさんは大笑い。
「あーはっはっは、身体は正直だね。今用意してやるから部屋で待ってな。今日だけ特別だよ?」
火照った顔をおさえつつ、私は階段を上がって部屋へと戻った。
二十分もするとヴァレリアさんが温かいスープを持ってきてくれた。
中には野菜が具だくさん。
ゴロッとした手羽先が一本入っている。
「寝る前だから軽くね。食器は明日の朝食の時に持ってくればいいから、食べたらさっさと寝るんだよ。それじゃ、おやすみ」
そう言ってドアを閉めて去っていった。
久しぶりに口にするスープは、とても優しい味だった。
食べながら私とマリーナは、今日魔導科の演習場で魔法を見せてくれた先輩たちの凄さや、魔法の可能性とかについて話しつつ、食べ終わる頃には私が倒れた話題になる。
そろそろ……かな。
喉がカラカラに渇いてきたので、少し多めに水を飲む。
ちょっと最後、私の中の相棒に背中を押してほしいな。
(澪、いいよね?)
心の中でそう呼びかけると、
(大丈夫、私を信じなって!)
そう答えが返ってきた。
こんな感じなんだ。
なんかいつも夢の世界で姿を見ながら話してたから、声だけ聞こえるのってすごく不思議な気がした。
でも、勇気は出たぞ!
よし、いこう!!
「マリーナ、聞いてほしいことがあるんだ」
真面目な顔をしてマリーナに向き直る。
私の顔にただならない話と察してくれたのだろう。
マリーナもまたさっきまでの笑顔を消し、表情を引き締めて座り直した。
「いいよ、何?」
私は「ちょっと長くなるけど……」と前置きをして、初等学校のあの王都での経験をポツリ、ポツリと話し始めた。
マリーナは時折うなずき、時折「うん、それで?」と促しをいれつつ、丁寧に私の話を聞いてくれる。
そして受験の時の校長とのやりとりまで含めて、全て話し終える。
一応調律者のことだけは隠しておいた。
澪が隠してくれてるし、話の合間に澪に確認しても、高等学校在籍中は隠したままに出来ると思うと言ってくれたから。
言い切ってくれないところがちょっと不安だったけど。
「そっか。だからセレナはあんなに距離を取ってたんだね」
「えっ!? 私距離取ってた?」
「うん。表面的な付き合いはすごく人当たりもいいし、こっちの中にはひょいって踏み込んでくるくせに、こっちから一歩踏み込もうとすると、三歩くらい一気に下がってる感じだったよ」
やっぱりこういう人間関係に鋭いんだな、マリーナは。
「なんであんなペンダント持ってたのか不思議だったけど、これで分かったよ」
「まさかペンダント気付いてたの?」
「さっき医務室でたまたま服の中からこぼれ落ちてね。うちはほら、一応領主だから、家には貴族の情報とかもおさえてあって、侯爵家くらいまでなら私も分かるんだ」
うわあっ、領主の娘こわっ!
そう考えるとヴェルダって平和だったんだなぁ。
グレッダさんの馬車を見た近所の人も「お金持ち」としか見てなかったし。
するとマリーナは少し怖い顔になって、ズイッと私に近寄る。
「で、そんな理由で私のこと避けてたんだ?」
「そんなって! 重たすぎる話題じゃない。マリーナには迷惑かけられないし、私だってどこに落とし穴あるか分からないし」
「つまり私に騙されると思ってたわけね?」
うっ!
気付かれたくないところをあっさり気付かれ、私はうつむく。
「ご、ごめん! マリーナがそんな人じゃないって分かってるんだけど、断言出来るまでの材料がないと不安で」
そう言って私はシャツをクシャッと掴む。
するとマリーナは立ち上がり、私の前まで移動し、冷たく見下ろしてくる。
そうだよね、友達だと思ってた相手から信頼されてなかったと知ったら、それは怒るよ。
どういう暴言も受け入れよう。
私が拳を握って目を固く閉じていると、ふわっと優しく私を抱きしめる感触。
――目を開けると、マリーナの背中が目に入った。
「バカだね、そんなことで嫌いになるような仲じゃないでしょ。全校集会だって、焼き付けだって一緒に乗り切ってきたじゃない」
そう言うと私から離れて、真っ直ぐ目をみつめてくる。
「それに、セレナには私の開発手伝ってもらう約束でしょ? 誰が回路・焼き付けの学年トップを手放すもんですか」
そう言ってウインクし、イタズラめいた笑顔を浮かべてくる。
……ふっと浮かぶ、卒業式で私を呼び止めたアミーカの笑顔。
そうか、やっと今分かった。
なんでマリーナの笑顔にたびたびアミーカを重ねるのか。
私のことを心から想って、信頼してくれる、そんな混じり気のない笑顔。
それが二人は似てるんだ。
今さら気付くなんて……ね。
「マリーナ、ちょっと胸貸して」
「貸し賃高いからね?」
そう言うと腕を広げる。
そこにボフッと飛び込む。
泣かないよ?
でも、ちょっとだけ、甘えたくなったんだ。
私が目を閉じると、マリーナの腕の重さが私の背中に感じられた。
彼女の体温が少しずつ私の中に染み込むような感じ。
トクン、トクン……
鼓動の音を聞いていると、私の胸を打つ音も次第に同じペースになってきたような錯覚に陥る。
一つに混じり合ったような安心感に、私たちはしばらくそのまま動かずにいた。
アミーカと違い、セレナ・マリーナコンビは、マリーナが比較的主導権を握ってますね。
さすがは領主の娘です。
次回、第69話『同時制御を組み上げた日』
二人っきりの研究室。
セレナがマリーナの前でとんでもないことをしでかします。
学校の保健室のベッド、一度は寝てみたいと思いましたよね。
寝たことあるよ!という人います?
良かったら教えてくださいね♪




