第64話 常識の終わり、開発の始まり
あの全校集会から一週間。
学校内は緩やかだけど、確実に変化を見せていた。
まず一番大きいのは教科書絶対主義の廃止。
もちろん無視するって話じゃない。
そこから外れたものであろうと、きちんと機能を満たしていれば評価をしようというものだ。
次に来月開催される公開講座。
一般の人向けの講座だ。
まずはお試しで言い出しっぺの私たち魔導具科から。
つまり……
「まだ進捗率半分とは。お前らそれでも学年トップクラスの腕か?」
ここはレオニス先生の研究室。
私たちの目の前にはうず高く積まれた紙と素材たち。
これは『光るオルゴール』になる予定で、蓋を開けてネジを巻くと、オルゴールの曲が流れるとともに箱の中がかすかに光を帯びる、なんともロマンティックな代物だ。
とてもこの冷徹なレオニス先生の発案したものとは思えない。
私はパタパタと手を振って、天を見上げる。
「あー、疲れたよ先生。ちょっと一休みさせて」
「ほう、構わんぞ。ルキウスならこの程度笑ってこなしてたがな」
クゥーッ!
事あるごとにそれ言ってくるから、おかげで私は全然休めないじゃないか!!
今度の講座は魔導具の仕組みと組み立て。
とは言っても焼き付けとかまで教えてたら時間が足りなすぎるので、素材は私たちが用意して、参加者は組み立てるだけで魔導具が作れるという初心者講座だ。
オルゴールの目新しさと、街の宣伝ポスターにカリウスくんの絵を起用したおかげで、女性受講希望者が殺到し、私たちはこんな目にあってるというわけだ。
「だいたいトップのお前の腕が未熟だ。未だに線を引いてるとは思わなかったぞ」
「えっ? 魔導具は回路図書かないとと作れないじゃないですか」
ハァーとため息を吐き、レオニス先生は頭に手をやる。
「それは一般の魔導具の場合だ。品質を揃えて誰が見ても同じ構造と分かるようにわざとそうしている」
「開発の肝はスピードだ。魔導回路を書いて、焼き付けてなど二度手間をしていたら時間の無駄でしかない」
そう言うと素材を一枚取り上げて机に置き、
「見ていろ。製作が苦手な俺でもこれくらいは出来る」
すると素材に直接魔力を焼き付け始める。
直線に進んだかと思えば、キュッと曲がり、太くなったかと思えば、次の瞬間に三本に分かれていく。
……そしてものの一分もせずに一つのオルゴールの回路が完成していた。
――すごい!
これが苦手な人の焼き付けなの!?
マリーナたちも私同様に唖然としていた。
「この精度、スピードで、俺のいた頃の王都のギルドでは下から二番目。上にまだ十人近くはいたぞ」
ふぅ、と息を吐きながら、レオニス先生がそんな絶望的な話をしてくる。
「分かったか、この前半人前と言った意味が。学生だからではない。本当に半人前だからこそ、優先すべきことを間違えるなということだ」
「今日から一週間やる。その間にこの程度の回路ごとき回路図不要で作れるようになれ。これをこの研究室最初の課題としよう」
そういうと自分の机に戻ってしまった。
目を見合わせた私たちの感想はただひとつ。
(え……出来んの?)
である。
「とりあえずいきなりは無理だ。まずは回路図をあてて、焼き付けの方法から変えてやってみよう」
マルクスくんの言葉に私たちはうなずく。
そう、普通の焼き付けは線を上からなぞるようなやり方だが、今のは指が起点から少しも動かず、魔力だけが走っていた。
つまりほぼ指先で点で魔力を維持していればいい焼き付けと違い、魔力を放出し続け、かつ太さや深さに応じての出力調整が必要となる。
もう別次元の話だ。
「よぉーし! やってやる!!」
私は手近な素材をいくつか取り出し、早速机に向かって練習を始める。
私の動きを見てみんなも同様に焼き付けを開始した。
◇◆◇
それから三日後。
「あー! 全然ダメ。どうやったらあんな自在に出来るのよ」
研究室でリディアが最初に音を上げる。
とは言ってもこの三日でたった一回、しかも線からそれつつも最後まで回路を焼き付けたのだ。
これは焼き付けが得意ではないリディアなりに、かなり頑張ってる方だと思う。
マルクスくんは回路に沿った焼き付けに一回だけ成功。カリウスくんはそもそも製作向きではないと言ってた通り、まだ最後までの焼き付けも出来ていなかった。
そして私とマリーナは……
「って、アンタたち、なんでもう出来てんのよ!?」
私もマリーナも回路図は使用せず、直接素材に焼き付けできるようになっていた。
すごいでしょ?
「二人ともどうやったんだ? 何かコツがあるならぜひ教えてほしい」
「コツなんてないよ。ひたすら練習」
「アンタたち、ここ二日は授業終わってすぐ帰ってたじゃない。練習なんかしてないの分かってるわよ。言いたくないからそうやって誤魔化してるんじゃないの?」
私の言葉に疑わしい目を向けてくるのはリディア。
そういう事言うなら教えるのやめようかな?
その不穏な雰囲気を感じ取ったのか、あっという間に手のひらを返し、
「お願い、本当に教えてほしいの。ぜんぜん糸口もつかめないのよ」
そう言って私の両手を握り、力を込めてくる。
そうそう、人間素直が一番だよね。
とは言っても、
「だから本当に練習あるのみって。強いて言えばやり方は違うけど」
そう言って私たちの練習方法をみんなに教えてあげる。
要は私たちは回路図を使ったのは最初の一日、この研究室にいる時だけだった。
その日の帰りに一枚回路図をもらって寮に帰り、後はひたすら寮で練習してたのだ。
空中でね。
下に素材があるから勘違いしがちだけど、別に素材がなければ練習が出来ないわけじゃない。
空中で魔力を放出し、それを固定させていけばいい。
これに気付いたのはマリーナなんだけどね。
なんでも昔、家族と一緒に魔導師が演芸としてそういうことをしていたのを観たことがあったらしい。
後は部屋でやるのはさすがにまずいので、寮母のヴァレリアさんに相談を持ちかけ、寮の庭で消灯時間まで練習させてもらったんだ。
「アンタたち……そういうことはもっと早く教えなさいよ!」
「いや、無理だって。うちらもこれが早いとは確信なかったもん。地道にやった方が早いかもしれなかったし」
そう言うとリディアもそれ以上は追及してこなかった。
「だからさ、今日から私たちは魔導回路をどんどん仕上げるから、三人は今言ったやり方でやってみてよ。回路図は手元で見るだけ、魔導回路は空中で。この時常に水平に展開するのを意識してやってみて」
「あと四日もあるからみんななら大丈夫!」
私とマリーナの言葉に三人は深くうなずき、各自練習を始めようとする。
「よし、そこまで。そこに気付けたならひとまずOKだ」
今までこちらに欠片も意識を割いてなさそうだったレオニス先生が突然声をかけてきた。
「分かったか、お前らは頭が固すぎる。魔導具を作るには回路図が必要、練習するには素材が必要。そんなものは思い込みに過ぎないと分かったはずだ」
「開発を行うのに必要なのは『当たり前』を疑うことから始まる。先日王都では新しい街灯の形が発表されたそうだ」
そう言って黒板に絵を描いていく。
あ、あれって。まさか……
「灯りはランタン型。そんな常識を打ち破り、光を下に向けて照らすことに特化した新しい街灯だ。こういうことを『開発』と呼ぶのだ」
あぁーーっ!
あの絵、私が描いたやつ!!
うぅ、カイル様にあげちゃったから言えないけど……
「画期的、かつ影響範囲も大きい。こういうものを生み出せた開発者はさぞかし満足だろう。なあ、そうは思わないか、セレナ」
「そ、そうですね。すごいと思います」
何、その意味深な質問?
意味なんかないよね? ないよね??
「とりあえず空中での魔力放出の訓練はここではさせん。明日から、魔導科の連中と一緒に出来るようお膳立てしてやるから、今日はいったん解散だ」
まあそれはそうか。
万が一暴走でもしたら研究結果が吹き飛ぶことになりかねないからね。
「セレナ、お前へは父親からの伝言があるからお前だけ少し残れ」
「あ、はい」
パパから?
なんだろ、寂しいから帰ってきてくれとかかな?
レオニス先生商売上手いですよね(笑)
課題に関して受動的に取り組んだマルクスたち三人と、積極的に取り組んだセレナ・マリーナコンビとで明確に差が出てしまいましたね。
次回、第65話『危機意識の個人授業』
セレナを残したレオニス先生。
パパからの伝言とは一体?
今回のセレナ達のように、ちょっと考え変えたら一気に物事が進んだ、理解が出来たことってありますか?
良かったら教えてくださいね♪




