第309話 王城資格試験 本番
その日、私と師匠、それにクラリスさんの三名は魔導具ギルドにやってきた。
用件は、王城資格試験の魔導具と仕様書の提出。
資格試験期間中は、王城担当者がギルドの一角に専門の受付を設けている。
これは過去にギルドで受付をしていたら、連絡の行き違いで期間中に間に合わない工房が出てしまい大問題となったことがあったからだそうだ。
魔導具自体は問題なかったので、さすがにその年だけは特例で見逃してもらえたそうだけど。
連絡の行き違いで土地と建物を失うなど、とてもじゃないが恐ろしすぎる。
「セレナ、準備はいいだろうね?」
師匠がいつになく真面目な顔で私を見つめてくる。
魔導具と仕様書は師匠とクラリスさんが何度も確認をしてくれている。
あとは王城担当者への説明で失敗しなければいいが、こっちはマリーナにレオン、エミリアにアミーカという、口うるさい――もとい細かく確認してくれるメンバーと何度も打ち合せをしているので、問題ないはずだ。
「へへっ、任せてよ。私を弟子にとって正解だったって引退式で言わせてみせるからさ」
「このっ、調子に乗るんじゃないよっ!」
いつもより軽めの、けれどもそれなりにスナップの効いた平手をお尻にくらう。
なんとか声を上げるのだけは我慢をして、師匠を軽く睨むと、クラリスさんが仲裁に入ってくれた。
「まぁまぁ、こういう大事の前ですから、二人とも仲良くしてください」
「ふんっ。クラリス、分かってるね? 今日の魔導具の提出元工房の名前は『クラリス工房』だ。間違えるんじゃないよ?」
「ふふっ、分かってますって。私をマリーと一緒にしないでください」
ポロっと漏れ聞こえた母さんの愛称に、思わずヴェルダのことを思い出す。
去年、フロレンティアのラクーナを預けて以来全然帰省していない。
父さんや母さんは元気にしてるのは間違いないとしても、ラクーナは頑張ってやってるかな?
これが無事審査合格したら、久しぶりに顔を見せに帰ってみよう。
ギルドの中に入り、椅子に腰かけて呼ばれるのを待つ。
私たちの前にはすでに三組程度が並んでいるので、少し時間がかかりそうだ。
カバンから高等学校入学後に一番初めに使用した『魔導具付与技術』の初級編の教科書を取り出してページを開く。
「セレナ、なんで今さらそんなもんを読んでるのさ」
「ん、なんかこれ読んでると落ち着くんですよね。家にもあって読んでたし、高等学校の最初の方の授業でも読んでたし。なんか私って『魔導具師』なんだなぁって思えるんです」
その言葉に師匠はほんの少し目を細め、私がページをめくる手に自分の手を添えてきた。
「みんな魔導具師になりたいと思った理由は人それぞれ。けどね、仕事をしてるとついその『初心』を忘れちまうもんさ。セレナ、あんたにとっての『魔導具師の初心』はなんだい?」
「私? なんか、これストレートに言うと誤解されそうで嫌なんですけど、『ママみたいな魔導具師になりたい』でした」
「セレナちゃん、すごく特殊な理由だったのね……」
案の定クラリスさんが誤解してる気がする。
師匠の顔も微妙な表情だ。
私は本を閉じて慌てて訂正する。
「ちっ、違うから。あのね……」
そこで久しぶりに思い出す。
小さい頃に親子三人で食事に行った先。
今思えばあれはアミーカの実家の『月のしずく』だったんだけど。
食事中にふっと消えるランタン。
困惑する家族、泣きだしそうな顔をしている子ども。
母さんがサッと立ち上がり、そのランタンを別の灯りの下で修理し、あっという間に灯りを灯す。
灯りの戻ったテーブルからは感謝の声と、また家族の時間を過ごせるという幸せそうな顔。
私は、あの場面に憧れて魔導具師を目指したんだ。
……ということを話すと、ようやく二人も納得してくれた。
「それなら納得。マリーみたいな魔導具師なんて言うから、人前で隠していたい恋愛事情を暴露するような人かと思ったわ」
「ドアを蹴飛ばして何枚も壊すが抜けてるよ、クラリス」
「まあドアを蹴飛ばした時はだいたい『何なのよ、あのクソ貴族っ!』からの、貴族相手の大ごとが待ち構えてましたけどね」
それを皮切りに、母さんへの文句、呆れ、怒りが延々と続く。
あ、あれ?
私この工房選ばなかった方が正解だったんじゃないかな、もしかして。
そんなことを思った瞬間に二人して、
「けど、あの子ほど、この工房を愛してくれた子もいませんでしたね」
「ふっ、まあそこまで否定はしないよ。やり口が問題だってだけさね」
そう、やわらかな微笑みを見せた。
なんか、ズルいなぁ。
私が二年半頑張ってもまだこの評価には届かない。
魔力も少ないし、属性魔力すら持たない、魔導具師としての基本の才能は全然ない母さん。
それでもこれだけの評価を得て、魔導具師として『製作』に特化した第一級の腕を持つ。
あらためてあの人の凄さというものを思い知らされた気がした。
その時、奥のドアが開き男の人が顔を出した。
「次、ベーネ工房。入りなさい」
気が付けば前三組はすでに終わっていたらしい。
よほど話に夢中になってしまったようだ。
結局ほとんど読みもしなかった本をカバンの中に片づけて私は立ち上がり、師匠、クラリスさんの後に続いた。
部屋の中に入ると、部屋自体はこじんまりとしているものの、いい匂いが漂っている。
調度品もグレッダさんの屋敷にあるような高価そうなものではないけど、とても庶民の家にはないだろうものが揃えられていて、王城担当者に気を遣っているのが分かった。
部屋の奥には外に繋がるドアがもう一枚あり、そのドアの前に二名が守るように控えている。。
あと、よく見えないけど外は馬車のようなものが見えるのと、他にも何名かが控えているようだ。
私たちが椅子をすすめられて座ると、担当の人が挨拶をしてきた。
「私は王城魔導具部門の副部長を務めている、ポンス・ヴァリウスだ。王国より子爵位を預かる身だ。ではまず魔導具の説明からしてもらおうか」
ポンス様の言葉に、私は立ち上がって片足を後ろへ引き、軽く膝を折ってカーテシーをする。
「王都南区のベーネ工房にて、開発・製造を担当させていただいております、セレナ・シルヴァーノと申します。今回の魔導具は私が開発いたしましたので、詳細について説明させていただきます」
そこまでの挨拶を聞いて、「ほぅ」とポンス様が感嘆の声を漏らした。
たぶん貴族相手の礼をしたからだろう。
まあさすがにこれくらいはもう身についてる。
細かいところはまだ全然だけどね……。
そこからは『魔導空調機 』の仕様書を見せながら細かい説明を行った。
『並列処理』を使用した、大きい魔石を使わなくて良い仕様。
温風と冷風を一台で対応出来ること。
『風の循環』という考えを入れることで、風を直接人に当てるのではなく、空間の温度を調節できるようにしたこと。
持ってきた試作品は小型だけど、大きくすることで大きな部屋にも対応できるし、大きい魔石を使うことでより強力な風に変更することも出来る。
一通りの説明を聞いたポンス様は、私の目を見て最後に質問を投げてきた。
「この魔導具を世に出した先、君にはどういう王国の未来が見える?」
また難しいことを聞いてくる。
けれど、これは想定していた質問。
こんな質問来るわけないとごねていた私を、しっかり叱ってくれたマリーナに感謝だな。
「はい、温風機や冷風機では、常に風を体のどこにあてたらいいか気にしてしまうし、庶民の家ではいくつも購入できません。変わりばんこに使ったり、ひどいときはこれが原因でケンカしたりもありました。しかし、この『魔導空調機 』があれば、そういった悩みはなくなります。常にお互いの顔を見て生活し、共に笑い合える幸せな国として、ますます栄えていくでしょう」
その答えに満足そうな笑みを見せたポンス様。
私の右後ろから、クラリスさんの「ほぅ……」というため息が聞こえた。
「素晴らしい魔導具だと私は思う。さすがは『黎明祭』企画者のセレナ・シルヴァーノだな」
「えっ、私のことをご存じで?」
「最近あちこちで名を挙げているだろう? それに伴って過去の名声まで引っ張り上げられているのを知らないのかね? まぁ、君への声がけは昔防がれているから、我々から声をかけることはそうそうないとは思うがね」
「あっ、そ、そっちもご存じでしたか。その節は、本当に……」
「いや、よろしい。私とマリウス部長もまた考えを同一にしているわけではないからね。ただ、この魔導具はもしかしたら……いや、未定のことを心配してもしかたないな。いや、いい魔導具を開発してくれた。結果は一週間以内に書面にてギルドに届ける故、また確認をしにきてもらいたい」
「かしこまりました!」
この後、提出用の書類をクラリスさんに書いてもらっている間、私は師匠にギルドのことについてあれこれと質問していた。
あまり来たことがなかったというのもあるけど、本来の目的はそっちではない。
きっと、合格の通知が来たら師匠も知ることになるだろう。
『ベーネ工房の『魔導空調機 』が合格した』と。
師匠の名前を工房に残すことが、私たち娘の希望だったから。
きっと怒られると思うけど、最後には仕方なさそうにほほ笑んでくれる。
私とクラリスさんは、そう確信していた。




