第20話 王城料理への挑戦状
パパがパステルさんに連行され、ママが「やれやれ」と酒をあおる横で、アミーカは、真剣な眼差しでグレッダさんを見つめていた。
「あの、グレッダさん。お願いがあります」
「ん? なんだい、アミーカちゃん」
グレッダさんがジョッキを置く。
アミーカは膝の上で拳をギュッと握りしめ、意を決したように言った。
「私に、王城の料理を食べさせてくれませんか!?」
その場の全員が目を丸くした。
アミーカの実家は食堂だ。以前プレゼントした『コル・コクス(コックさんセット)』以来、料理にのめり込んでいるとは聞いていたけれど、まさか王城の料理にまで興味を持っていたなんて。
しかし、グレッダさんは困ったように眉を下げた。
「そいつは無理な相談だ。いくら俺でも、子供を王城の晩餐会に招く権限はねぇよ」
「……そう、ですよね」
アミーカが目に見えてシュンと落ち込む。
その姿があまりに切実で、私は思わず口を挟みそうになった。
だが、それより早くグレッダさんがニカっと笑った。
「ただ、個人的に親しくしている王城料理人はいる。俺が『食わせる価値がある客だ』と判断すれば、うちの屋敷に呼んで腕を振るってもらうことくらいは、できなくもない」
ガタッ!
アミーカが椅子を鳴らして立ち上がった。
「本当ですか!?」
「ああ。だが、タダってわけにはいかねぇ。王城料理人は国の宝だ。彼を呼ぶなら、お前さんにもそれなりの『資格』を示してもらわねぇとな」
グレッダさんの目が、すぅっと細められる。
先ほどの「貴族の目」だ。
空気が張り詰める。
「条件を出そう。材料は自由。お題は『俺に感動を与えてくれる一皿』だ」
「はぁ? 感動?」
私は思わず抗議した。
「そんな曖昧な条件、何出しても『感動しなかった』って言われたら終わりじゃん! もっとハッキリした条件にしなよ」
「セレナ嬢」
グレッダさんの低い声が、私の言葉を遮った。
「先ほどのロックボアを食べたろう? どう処理したかは分からなくても、あまりの美味しさに感動していただろう」
「うっ……それは、そうだけど」
「料理人が、客の心を震わせるのに理屈はいらん。自分の経験と技術の全てを懸けて、目の前の相手をねじ伏せる。それが料理人の矜持というものだ」
その言葉は重く、そして鋭かった。
言い返すことなんてできなかった。これはもう、子供の遊びじゃない。グレッダ伯爵からの、対等の「試練」なんだ。
アミーカは黙って聞いていた。
怖いのか。それとも諦めるのか。
私が心配して顔を覗き込むと――アミーカは笑っていた。
いつものイタズラを企む時の顔じゃない。獲物を狙う、職人の目をしていた。
「パパがいつも言うんです。『一度の皿で、次も来てくれるか決まる』って」
アミーカは一度深く息を吸い、迷いのない声で告げた。
「その挑戦、受けます!」
おおおっ! 言った! 言っちゃった!
「いい返事だ。期間は三日。試験日は二十二日の正午、俺の屋敷で成果を見せてもらおう」
こうして、アミーカの料理試験が正式に決定した。
「買い物も必要だろう。明日からひとり、うちのメイドを付けてやる。護衛としても優秀だからルキウスたちも心配せんで済むだろう」
ん? 護衛としても優秀な、メイド?
それって……強いメイドさんってこと?
何それ、ちょっと楽しそう。
私が余計な想像をしてニヤけていると、自分の頬をペチンと叩きたくなった。いや、叩いた。
「ワンッ、ワンッ!」
なぜかリオにまで怒られた。
「ハハッ、頼もしい仲間もいるから、さらに心配はいらんな」
◇◆◇
その夜。下宿先のベッドの上で、私はアミーカに尋ねた。
「ねえ、なんであんな無茶な条件受けたの? 王城の料理なんて、まだ早くない?」
アミーカは枕を抱きしめながら、少し恥ずかしそうに、でもハッキリと答えた。
「私ね、王城料理人になりたいの」
「えっ、王城料理人!?」
この国の料理人の最高峰だ。アミーカの夢がそこまで大きいなんて知らなかった。
「でも、王城料理人って男の人しかいないんだって。だから、ずっと口に出せなくて」
「あー……」
澪の知識でも、シェフや板前は「男の世界」という偏見が強かったみたい。
「でも、王都に来て、ベーネさんは女性なのに工房主だし、マリエッタさんも王都から頼られるくらいだし……」
「あ、それは確かに私もビックリした」
「性別なんて関係ないんだなって思えたの。だから、私も目指していいんじゃないかって」
アミーカの瞳がキラキラと輝いている。
王城の厨房は男の聖域?
なら、私がその常識ごと美味しく料理してやる。
そんな決意が聞こえてきそうだ。
(……かっこいいな、アミーカ)
私はまだ、将来の夢なんて漠然としか考えていない。なのに親友は、こんなに高い壁に挑もうとしている。
なんだか、私だけがその場に取り残されたみたいな気がした。
――それでも。
でも今はパパもママも自分の仕事でいない。
なら、私がしっかり支えないと!
「分かった。応援する!」
私はアミーカの手をガシッと握った。
「私は料理はできないけど、魔導具でサポートくらいならできるかもしれない。三日間、私も手伝うよ!」
「セレナ……ありがとう!」
私たちは顔を見合わせて笑った。
明日から始まる三日間の試作。
アミーカの夢への挑戦は、まだ始まったばかりだ。
アミーカの夢は王城料理人! 伯爵の無理難題に、心強い(?)助っ人も参戦です。
次回、第21話「メイド来訪、ロックボア料理の勝負が始まる」
やってきたメイドは猫かぶり!? 硬いロックボアをどう料理する?
無謀でも、「やってみたい!」って思ったことありますか?




