第106話 ひとつ屋根の下
「それでは第一回、あなたの好きな人はだ〜れ? 告白タイムスタート!」
いや、その名前はどうなの、ルディ先輩?
いったい何事かと言うと、話は数日前に遡る。
◇◆◇
研究室の鍵を預けられ、いったん管理は私となった。
しかも何日かレオニス先生も忙しく、顔を見せない日が続く中で、研究室内の空気が少しずつ変わってゆく。
(私たちだけで大丈夫なんだろうか……)
そういう緊張だった。
誰も口にこそ出さなかったが、お互いに分かっていた。
そんなある日、ついにルディ先輩が口を開く。
「あー、もう、何なのこの空気! もう息が詰まりそう」
負担をかけている自覚はあった。
けれど、口に出されると腹が立つ。
思わず私も
「何よ、新入りのくせに! 偉そうなこと言わないで!」
と返してしまった。
完全な八つ当たりだ。
それをきっかけに口喧嘩が始まり、誰が悪いだの、やり方が悪いだの、思いつく不満をぶつけ合った。
あのマルクスやカリウスでさえ参加してたのだから、相当溜まっていたのだろう。
ただ、一人だけ。
この大喧嘩を静かに見守っていた人物がいた。
大喧嘩も言うことがなくなり、収束に向かった頃、
「ねえ、みんなで泊まりに行かない?」
謎の発言をリディアがしてきた。
ハァ?
たぶん他のみんなも同じ気持ちだろう。
「あんたたち、気づいてないようだけど、途中から口喧嘩じゃなくて、普通の討論になってたわよ。思わず書記しちゃったじゃない、ほら」
広げたノートを見せてきたリディア。
その中には研究室のやり方を今までとどう変えたら良くなるか、黎明祭とは別の研究室としてのテーマや個人の目標の立て方などの意見がビッシリと。
「あ、あれ? こんなこと話してた?」
「たぶん気づいてたのマリーナとカリウスくらいじゃない? 私は乗り遅れたから気付いたけど」
「私もリディアが冷静だったから気付けただけよ。途中までは感情的になってたもの」
「俺は議論になってから参加したからな」
他のみんなはノートを見ていくうちに恥ずかしくなってきたようだ。
もちろん、私を含めて……。
「結局みんな仲良くしたいのよねー。やり方がどうか? ってだけで。なら、一晩泊まり込んで徹底的に行きましょう!」
「なるほど、騎士科や衛兵科のような合宿みたいなものか。確かに面白そうだな」
なぜかカリウスが乗り気だ。
最近やけに機嫌がいいけど、何かあったのかな?
宿はリディアの親戚が経営しているらしく、安く泊まれそうだと請け負ってくれた。
こうして私たちの初合宿が決まったわけだけど……。
◇◆◇
昼の話し合いは、この前研究室で吐き出しきったこともあり、リディアのノートを見ながらスムーズに進んだ。
黎明祭チームと開発チームに分かれ、進捗に応じてメンバーを入れ替えながら活動する。
あと、これが盲点だったんだけど、黎明祭で名前が知られるのは私一人。
だから他のみんなは参加が可能なのだ。
そこで開発は各自で教え合いながら進めつつ、それぞれ参加用の魔導具を開発するという方向性で決まった。
……ずるい。
私だって参加したいのに。
何か抜け道がないか、あとで考えてみよう。
まあ話はこういう方向でまとまり、来週から頑張ろうでいい感じに締まったんだけど……。
「じゃあ最初は私からいきまーす! 実はね、私この学校入ってからずっとブレヴィスのこと好きなのー!」
なんでこんな話に……。
しかもこの話に混ぜ込まれてるマルクスとカリウスが気の毒で仕方ない。
こういう話、普通女子同士でするもんじゃないの?
「えっ、じゃあもしかしてセレナに勝負挑んだのって」
「うん、彼のこと馬鹿にされて、つい、ね。彼が一生懸命取り組んできたの、ずっと見てきたから」
マリーナの質問に、ルディ先輩はそう言って熱を帯びた目で遠くを見つめる。
そういうことだったのか。
「じゃあ……次はマルクスくんで」
「ええっ! なんで僕なんですか!?」
「女の子に先に話させるなんて、そんなの紳士らしくないじゃない。ほら、さっさと話しなさいよ、後にいっぱい待ってるんだから」
いやいや、さすがにマルクスがかわいそうだ。
いるにせよいないにせよ、こんな人前で話せるような性格はしてない。
「と、ところでルディ先輩はブレヴィス先輩のどんなところが好きなの?」
私は手を合わせながら、出来る限りキラキラした目で話を深める方向へと舵を切った。
すると……。
「――ってところね。あれ、どうしたの、みんな? やけに疲れてるみたいだけど」
そりゃ疲れるわ!
なんでかれこれ三年分のルディ先輩の思い出を聞かされなきゃいけないのよっ!!
これならマルクス犠牲にしたほうが良かったわ!
「そろそろお開きにしないかい? ほら、もういい時間だし」
「そうだな、マルクス。俺たちも部屋へ戻ろう」
二人はさっさと立ち上がって、逃げていく。
「あー! 逃げた! 男らしくないなぁ、もう。――じゃあ、セレナさんのを聞かせてもらおうかしら」
……今度二人に昼ご飯一回ずつおごらせよう。
しかし、貴族と渡り合ってきた私を甘く見ないでほしいな。
「いいよ。私の好きな人はね……」
ゴクリ。
マリーナが緊張して喉を鳴らしていた。
「好きな人はね……みんなだよ」
その答えに途端に肩を落とす全員。
「そ、そういうのじゃなくて!」
「え? 好きな異性とは聞かれてないし、一人とも聞かれてないからなぁ」
「くっ、そ、それはそうだけど」
その様子を見て笑い合ってるのはマリーナとリディア。
「セレナがやけに素直に応じるもんだから、何かあるなぁと思ったら」
「だいたいマリーナにまだまだ叱られてるようじゃ、セレナはまだでしょ」
むっ!
そういえばリディアはこの間も失礼なこと言ってくれてたわね。
私は立ち上がって、ゆっくりとリディアへ歩み寄る。
「そうね、私はまだまだマリーナに教えてもらわなきゃいけないし。ね、マリーナ?」
察しの良いマリーナは、軽くため息をつきながらも、リディアの後ろへ回り込み、羽交い締めにする。
「ちょ、マリーナ、何するのよ! えっ、セレナ、何、そのくねくね動く手は!!」
……まあそこからはリディアの名誉のために伏せておくが、地獄は約一分たっぷり続き、終わった後のリディアは、十分は立ち上がれなかった。
騒ぎの後、みんなで同じ布団に転がり込み、自分の夢ややりたいことを話し合う。
自分たちの研究室になって初めてこんなに素直に話せた。
隣から聞こえる寝息が、やけに心強い。
一言多いけれど、いつもみんなの空気を気にかけてるリディアの提案に感謝しながら、私のまぶたはゆっくりと閉じていった。
関係性リーダー、リディアの活躍とルディ先輩暴走回でした。前までなら戸惑って「まだいない」くらいしか言えなかったセレナがやすやすと乗り切るのは少しつまらないですね(笑)
次回、第107話「私のやり方」
少しずつ黎明祭が動く中、やっぱりセレナは黎明祭に出たいようで……。




