第104話 背負うということ
湯気をたなびかせる白磁のカップ。
私はそれを、コト、とテーブルに置いた。
立ちのぼる深煎りの香ばしい匂いが、部屋の空気をふわりと緩ませる。
琥珀色の小さな揺れが止むのも待たず、彼女はゆっくりとそれを口に運んだ。
「うん、コーヒー淹れるの上手くなったじゃない」
良かったぁ。
マリーナの感想に私は頬を緩める。
ヴェルダでアミーカに特訓してもらった甲斐があったよ。
「よっぽど厳しかったみたいね、アミーカさんとの特訓は」
「あれはもう親友じゃなくて鬼教官だったよ」
『つむじ風コンビ』として、三年間私の考えをよく見てきたアミーカだ。
逃げようとしても先回りされ、五回連続で潰された。
そこからは諦めて特訓を受けることとなった。
「ふーん。でもその割には楽しそうね」
「えっ、そう?」
「うん、顔に楽しかったって書いてあるよ」
そうかなぁ、ママとアミーカに魔導具関係ないところをひたすら鍛えられ、けっこう疲れたんだけどな。
「親友としては寂しい限りよねー。……やっぱり昔の女がいいのね!」
「はいはい、ちゃんとマリーナも大切ですよー。はい、これ『月の葡萄』ね。うちの名産品」
保冷箱から葡萄を取り出し、マリーナに渡す。
傷んでいないことに、胸をなで下ろす。
「なんか冷たくなーい?」
「大変だったんだよ、この前だって……あ! マリーナ、新学期になったら一人研究室に入ってくるから」
「え! なになに、それ?」
この間の勝負の件を話すと、少し難しい顔になって、
「これから頼る人は、情報をどこまで渡すか慎重にいかないとだね」
と呟いた。
私もこれには同意する。
今回の場合、別に研究室を使わなくても、実習室を借りて別々に作業する方法も取れたのだ。
胸の奥が、少しだけ痛んだ。
「セレナ、休みが終わる前に一度みんなで集まろう」
「みんなって?」
「今回王都に行った五人よ。きちんと情報統制した方がいいわ」
確かに、変に情報が漏れて黎明祭に影響が出たら、カイル様達にも迷惑がかかる。
自分たちで締められるところは締めておくべきだろう。
◇◆◇
『やすらぎの甘み』
女の子だけで出かける時はたまに利用しているが、五人で利用するのは一年生以来だ。
女の子趣味全開のこのお店。
私の趣味ではないが、個室でスイーツが食べられる珍しい店はここを置いて他にない。
だから仕方ないよね?
「別にスイーツを食べなければいいだろう」
珍しいカリウスのツッコミは聞こえないフリをして、パフェをすくって一口。
うーん、美味しい!
ここ、味も美味しいから来ちゃうんだよね。
「セレナ……?」
「わ、忘れてないよ。でね、説明した通り、新しい人も入ってくるから、研究室内での話す内容を制限しようかと思ってさ」
「それはティミナやクーラも対象?」
リディアの質問に私は頷く。
「信頼できないってことじゃない。ただ、彼女たちが意図せず外で話してしまった内容が、万が一黎明祭に影響を与えてしまったら、きっとあの子たちが傷付く」
今や研究室の後輩として、みんなからも可愛がられている二人。
貴族だの権力だの、そんな話で負担をかけさせたくない。
「でもさ、二人の立場からしたら、その気持ちは分かるけど、同じ研究室の仲間と認めてもらえない感じで寂しくならないかな?」
「それならさ、黎明祭の話題については研究室内だけで話すとかにしたら大丈夫じゃないかな?」
リディアとマルクスの意見も分かる。
それでも私は首を横に振った。
「それだと仮に間違って外で話したのを黙られたら、もう出処が分からない。特にティミナは、怖くて言い出せないかもしれない」
思い当たる節があるのだろう。
マルクスはそこで引き下がった。
しかしリディアは――。
「それって結局あの子たちを信頼してないってことじゃない!」
と大きな声をあげる。
……懸念してた通りの流れだなぁ。
リディアはとても勝ち気で近寄り難く見えるが、一皮むくと、とてもお姉さん気質なのだ。
後輩二人の面倒を一番見てくれているのだって彼女だ。
「私は、みんなが漏らすことはないって信じられる。それは二年以上、学校でも休みでも付き合いがあって、性格をよく知ってるから」
「でもあの子たちの研究室以外のことを、私は知らない。クラスでどんな子なのか、休みの日はどう過ごしてるのか。だからリディアほど自信を持って秘密を預けられないのよ」
「それなら私が知ってるわよ。クラスはともかく休みの日に一緒に出かけたりもしてるわ」
だよなぁ。
それも知っている。
だからこそ、言葉に詰まる。
するとマリーナが口を開く。
「ねえリディア。万が一あの子たちが外で情報をもらしたら、あなたはどうするつもり?」
「そ、そうしたら……研究室やめるわ。責任を取ってね」
その一言にマルクスの顔色が変わる。
優しい彼のことだから、仲間がそんなことを言い出すのは耐えられないのだろう。
「足りないわ。リディアはそれほど開発に強い思いはないわよね? 辞めても大きなダメージはないはず」
「なら、学校やめてやるわっ! これならいいんでしょ!!」
マリーナが小さく肩をすくめる。
私は視線だけで礼を伝えた。
「そこまで言うならいいわ。二人も仲間に入れましょう。ただしリディア、あなたが学校辞める時は私も辞めるからね」
「バ、バッカじゃないの! セレナには関係ないでしょ!?」
「大いにあるわ」
私はそう言って立ち上がり、みんなを見回す。
「私はみんなのリーダーなんだから。誰か一人に背負わせるつもりはない。全員の責任は、私が預かる。それが上に立つってことでしょう」
「セレナ……」
私はリディアの手を取り、
「お願いね。あの二人はあなたを一番慕ってくれてる。リディアじゃなきゃ無理なの」
そうお願いをする。
すると、ようやくリディアの顔から険が取れ、いつもの顔に戻って
「ふ、ふん、仕方ないわね。頼まれてやるわよ」
と、憎まれ口を叩いてきた。
「ところで新入りの子はどうするんだい?」
「仕方ないから私が面倒見るわ。なんだか妙に慕われちゃってね」
マルクスの疑問にはとても嫌そうな顔でそう答えておく。
まったく。あの日、学校に寄りたいとかアミーカが言わなければ。
――あれ? そういえば結局なんで休みの日にわざわざ来たのか聞けてなかったな。
ちょっと新学期始まったら確認しておこう。
二学期最初の日。
いつものように開ける研究室のドアが、今日だけは少し重たく感じた。
けっこう難しいテーマでしたよね。重要な話をどこまで話すか。リスクを考えるセレナも、信頼を重んじるリディアも、どちらも大切な話です。
次回、第105話「渡された鍵」
新学期が始まり、ティミナたちへ情報共有とルディの紹介から。最初こそいつものバタバタですが、急遽とある事情が判明し……。




