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3.自分磨きの成果と噂

「背筋を伸ばしなさい、レオン」

「肘の角度が甘い、もう一度」

「その笑顔は引きつってるわよ?」

 ――母のスパルタ教育は容赦がなかった。

 入学早々「同担拒否」を食らった俺は、さっそく母に頭を下げたのだ。

「もっと、まともに振る舞えるようになりたい。教えてください」

 母は目を瞬かせ、それからにっこりと笑った。

 「ええ、喜んで」

 ――あの笑顔の裏にあんな地獄が待っているとは知らなかった。


 剣術は兄たちが相手をしてくれた。容赦なく打ち込まれ、吹き飛ばされ、地面に転がるのは日常茶飯事。

 けれど続けるうちに、少しずつ体が慣れていった。

 舞踏は母の監督のもと、兄を相手に練習した。

 最初は足を踏んでばかりだったが、3か月もすれば形になってきた。

「……あれ? 俺、意外と動ける?」

 自分でも驚くほどに、体が軽い。何より、鏡の中の自分が少しずつ見違えてきた。

 そして周りの評価も変わってきた。まだ平凡ではあるけれど、表情は明るく、姿勢が整っただけで印象が変わって見えるーーそう、少しずつ言われてきたんだ。



 そんなある日のこと。

「やあ、レオン」

 昼休みの中庭。いつものように端の方の誰も利用しないベンチでサンドイッチを食べていた俺に、“推し”ことユリウスがやって来た。金の髪が陽光に輝き、爽やかな笑みを浮かべている。

「君は本当に、ここでご飯を食べるのが好きだね」

「え、あ……はい。人が多い食堂はちょっと苦手で」

 素直に答えると、ユリウスは「そうか」と笑った。

 そして当然のように隣に腰掛け、持ってきたパンを食べ始める。

 ――待て待て待て、推しが教室以外で隣に座ってる!?

 心臓の音がうるさすぎて、サンドイッチの味なんてわからなくなった!

 「……君といると、不思議と落ち着くんだよ」

 ユリウスがふっと呟いた言葉に、俺は口に運びかけたサンドイッチを落としかけた。

 なにそれ尊死。ファン冥利に尽きすぎる。


 ◇◇◇


 そして、その様子を遠巻きに見ていた連中がいた。

「おい、ユリウス様が笑ってるぞ」

「隣にいるのは……アルベリク家の三男か?」

「見ろよ、自然に会話してる」

 その日を境に、妙な噂が学園内を駆け巡った。

 ――ユリウス様のお気に入りは、アルベリク三男、冴えない平凡なレオンだ、と。


 ◇◇◇


「やあ、君がレオン・アルベリクか」

 数日後、思わぬ人物に声をかけられた。

 振り向けば、王立学園の誰もが一目置く存在――王太子殿下だった。

 慌てて頭を下げようとしたら手を挙げられた。

「ここは学園だ、頭は上げてくれ。話しかけたのは他でもないユリウスのことだ。彼からよく名前を聞いていてね、周りからも君のおかげで、あいつが以前より楽しそうだと」

「えっ……」

 俺は絶句した。推しが、俺の名前を王太子に? いやいやいや、なんでそんな大事な人に俺の話してるの!?

 王太子はにこやかに続ける。

「ユリウスは、幼い頃からあまり笑わない。私も冷笑しか見たことがない。そんな彼を笑わせることができる君に、感謝している」

 ――そんなこと言われたら、死ぬほど嬉しいんだが!?

 「だから君を見てみたかった」なんて王太子の言葉は、申し訳ないけど素通りだった。それより推しが親友に俺のことを話すなんて。心の中でひっくり返りながらも、必死に頭を下げた。



「レオン、落ち着いて聞きなさい」

 母が真剣な顔で言った。

「リューベルト侯爵夫人から、あなたにお会いしたいと正式な申し入れがあったの」

「……えっ?」

 俺は椅子からずり落ちそうになった。リューベルト侯爵夫人ってつまり、ユリウスの母親!?

「い、いや待って。推しのお母様? なんで俺なんかに?」

「詳しい理由は書かれていないわ。ただ、“息子から何度も名を聞いているので、直接会ってみたい”と」

 母の言葉に、脳が真っ白になった。推しが……俺の名前を出してる? え、え、まさか俺のファン活動がバレた? いや、まて。俺はまだ何もしていない。ファン活動の前に自分をどうにかしないとって色々やってはいたけど。あと毎日隣の席だけど! 頻繁に名前を出されることなんてしてないぞ!


 ◇◇◇


 侯爵邸の応接間。

 リューベルト侯爵夫人は上品な笑みを浮かべながらも、視線は真剣だった。

「あなたが……レオン・アルベリクね」

「も、申し訳ありません! 突然お邪魔して……!」

 思わず土下座しそうな勢いで礼を取る俺に公爵夫人はくすりと笑みを漏らした。

「そんなに固くならなくていいのよ。ただ、少し気になったの。ユリウスが頻繁にあなたの名を口にするものだから」

 ――推し、まじで!? なんで!?

 羞恥で顔が真っ赤になる。

「ユリウスが、以前より穏やかになったのはあなたのおかげのようね。……なるほど。息子の伴侶候補として悪くないわ」

「ぶっ――!? え、えええええっ!?」

 心臓が口から飛び出すかと思った。なんだそれ! 寝耳に水どころじゃない! 俺はただのファンだぞ!

 俺は全力で首を振る。

「む、無理です! 俺なんかがユリウス様の婚約者候補とか、天地がひっくり返っても――!」

「ふふ、そうやって慌てるところも愛らしいわね」

 夫人は楽しそうに微笑む。そして俺は、死刑宣告を受けた。


「結論は急ぎません。ただ……私はあなたを覚えておきましょう」


 ◇◇◇


 翌日。侯爵夫人の招待と会話のせいであまり眠れなかった俺だったけど、推しを毎日拝む為には学園に通わなければならず。

 ぼやぼやしたまま門をくぐったところですっかり耳馴染みになった声が聞こえた。

「レオン!」

 振り向けば、息を切らしたユリウスが駆けてくる。

「母に会ったんだって?」

「……は、はい。なんか、婚約者候補に、とか言われて……」

 口にした瞬間、再び顔から火が出そうになる。ユリウスは目を細め、真剣な声音で言った。

「僕は……その話を嬉しく思ってる」

「――え」

「ずっと伝えたかった。レオン、君といると、心が安らぐんだ。初めて会ったときから、不思議と惹かれていた」

 胸が高鳴る。これ以上ないほど真っ直ぐな告白に、声が震える。眠気もすっかり飛んでしまって、ここが学園の門でまだ多くの学生が登校していることもすっかり吹っ飛んでしまった。

「俺は……最初はただ推しとして好きだった。でも、今は……」

「今は?」

「……俺も、ユリウス様が大好きで……その隣にいたい」

 ユリウスが微笑む。

「なら、もう答えは決まってるね」

 彼はそっと俺の手を取った。

「これからも、僕の隣にいてほしい」

「……え、いいのですか……?」

「もちろんだ」

 涙が滲んで、視界が揺れる。

 夢じゃない。本当に、推しが俺を選んでくれたんだ――。


 甘い雰囲気が流れそうだったけど、かき消す声がした。

「…………アルベリク」

 カイルだ。ユリウスの幼馴染で、俺に最初に同担拒否を突きつけた男。握りしめた拳が震えている。

「ふざけるな……なんでお前が……ユリウス様の隣に……」

 押し殺した声は怒りに滲んでいた。

 「俺はずっと支えてきたんだぞ! ユリウス様の一番は俺であるはずだ!」

その呟きは狂気じみていた。

「カイル」

 冷たい声が響いた。ユリウスだ。

「君の気持ちは理解していたつもりだ。でも――」

 彼は静かに続ける。

「幼馴染だからこそ、これ以上は許せない」

「……な、に……?」

「レオンを害そうとするなら、君との縁は切る」

 容赦のない宣告だった。

 カイルの顔から血の気が引いていく。

「……っ、ユリウス様……」

 彼が何かを言おうとしたが、ユリウスは俺の手を引きながら、はっきりとした声で言う。

「僕が選ぶのはレオンだ。誰が何と言おうと、変わらない」

 

ーーこの朝の騒動は、もちろん瞬く間に学園中に広がったし、社交界にも広まった。

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