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豪華絢爛御前試合  作者: カニマル
葉院編
8/9

葉院編 肆

葉院が椎を守った瞬間――

観客席、控えの席、関係者一同に戦慄が走った。


「乱入……っ!?」「あの女、何者だ!?」


どよめきと騒然が渦を巻く中、関係者席にいた部鮫が立ち上がり、顔を真っ赤にして叫んだ。


「何者だッ!!試合の最中になんたる無礼ッ!!つまみ出せィッ!!!」


だが、その声が言い切る前に、背後から静かな声が耳に入る。


「……無礼といえば、貴殿のほうが先に線を越えておられるのでは?」


部鮫が振り向くと、そこにはいつの間にか得玲久斗が立っていた。

穏やかな笑みを浮かべてはいるが、その瞳は鋭く、氷のような視線で部鮫を見つめる。


「な、何のことだ? 私にやましいことなど……」


「惚けても無駄です。道着に仕込まれていた護板――あれだけ急所を的確に撃たれて怯まぬ人間など存在しない。私は最初から、椎殿の技が通じていないことに違和感を持っておりました」


汗が、部鮫の頬を伝い落ちる。


「……で、では何だ。私の推薦者が規定を逸脱していたと? 証拠など……」


「今すぐ奉行にお伝えして、場を正式に検めてもらってもらいましょう。私は一向にかまいません。……ただし、今あの場に立っている者が“椎殿の代わりに戦う”ことを認めていただけるのならば、私は口を噤みましょう」


静かな言葉。その裏に潜む圧に、部鮫は喉を鳴らした。


(気づいて……いや、何らかの企みをしてくることは感づいておったか……)


得玲久斗はわずかに目を細めた。


「――如何に?」


部鮫は脂を浮かべた額を拭い、審判に聞こえるよう大声で叫んだ。


「構わん!! その女が護法術の娘の代わりに戦ううことを、ここに認めるッ!!」


ざわつく観衆。審判が困惑しながらも頷き、仕切り直しのため手を掲げた。


---


周囲がざわつく中、睨みあう二人。


太郎丸は椎を見送る葉院に向かって、首を傾げながらにたりと笑う。


「また女があいてかぁ?さっきみたいにぶっとばして、おでがかつぞぉ!」


葉院は肩を軽く回しながら、口角を吊り上げた。


「イカサマしてやがるくせによく言うぜ。……いいから来いよ、木偶の坊」


その言葉を葉院が言い終わると同時に、審判が檜扇を振り上げる。


「再開――ッ!!」


叫び声とともに、太郎丸が巨躯を揺らして突進する。

大太刀をこれでもかと振り回し、風鳴りとともに土煙が渦を巻いた。


「こんどこそぶったぎってやるぅぅ!!」


刃を左右から振るい、剣速というより“質量”で圧す連撃。

土俵の砂が弾け、空気が唸る。


だが――葉院は、躱す。


身を低くし、太刀筋の隙間を泳ぐように抜けていく。


(……っ、すご……い)


試合場の側で、椎は思わず息を止めていた。

その動きは寸分の無駄もなく、まるで敵の刃の軌道さえ知っていたかのような余裕さえある。


「よけるなァッ!とまれェッ!」


焦れた叫びとともに踏み込みがわずかに粗くなる。

その瞬間を逃さない。葉院の目が鋭くなった。


太郎丸が右脚を深く踏み込み、重心がわずかに沈んだ瞬間――

葉院は回り込むように低く踏み込み、太郎丸に肉薄する。



どの観衆のどんな反応より早く、椎の脳裏には“あの時”の光景がよみがえっていた。

道場破りに深く刃を突き立てた葉院の姿。

血の飛沫と、床に崩れ落ちた男の背。

顔も着物も血塗れだった、あの“何かが変わってしまった人”の顔。


(また、あの時みたいに……)


だが。



葉院は――斬らなかった。


太郎丸の大太刀が振り抜かれる一拍前――彼女の身体は、すでに動いていた。

風のような速さの踏み込みから、回転を活かした一撃が鋭く走る。


ガンッ!


鈍い音とともに、葉院の一撃が太郎丸の右手の甲を正確に捉えた。


「っがぁ……!」


太郎丸の口から、試合開始以来はじめて「痛み」の色が混ざった声が漏れた。

その手が一瞬たわみ、大太刀の柄からわずかに力が抜ける。


葉院は軽く息を吐きながら、口の端を上げてつぶやく。


「意外だな。膝やら肘やらは守られてるが、小手は着いてなかったか」


観客席の空気が、微かに震える。

太郎丸は怒気をにじませて歯を食いしばり、大太刀を持ち直す。


そして――その場面を、椎は呆然と見つめていた。


葉院の腕ならばあの瞬間、太郎丸の手を斬るのは容易だった。

力も、速さも、間合いも、十分だった――それでも彼女は斬らなかった。


(……あの人は、いま……)


葉院の動きに、“あの日”の面影はなかった。

そこに宿っていたのは――父と彼女が使う“椎流護法術”。斬るためではなく、争いを止めるための所作。


(……護法術で、闘ってる……)


温かいものが、胸に広がる。


今の葉院は、あのときの“怪物”じゃない。

この人は――この人は今、わたしの誇りを抱えて立ってくれている。


椎は、思わず拳を胸の上で握りしめた。



葉院は一歩も引かず、太郎丸と相対する。

淡々と大太刀を受け流し、常に効く場所を探っていく。


土を蹴って地を撫でるようにひらりと身をかわす。


その速さと正確さで、太郎丸の仕込まれた護板のない箇所を一撃ごとに鋭く叩き、突く。


「く……そ……っ!」


最初は声を飲み込み、じっと耐えていた太郎丸だが、やがて肩を竦め、踏み込みの勢いが明らかに鈍りはじめる。

大太刀を無理に振り回すたびに、小さな呻きが漏れるようになった。


葉院は隙を逃さない。

一瞬、太郎丸の振りが遅れた瞬間――大太刀を高く構えたままわずかに刃を晒したその峰を、思い切り叩きつける。


ガキンッ!


金属同士がほとばしる火花の音を立て、場内が息を呑む。

大太刀を握る太郎丸の手首がギリリと軋み、思わず柄を緩めたまま膝から崩れそうになる。


「が……がぁッ!」


ついに太郎丸の大太刀は、衝撃に押し負けて地面へと落ちかけた。

葉院は距離を取り、威風堂々とした構えで太郎丸を間違える。



しばらくの間――


ただ、葉院の動きと、太郎丸の荒い息遣いだけが、場内に満ちていた。


観客席では、誰もがその光景に釘づけになっている。

勝利を決する刃ではなく、守りを貫く峰の一撃を目の当たりにし、全員が唖然と息を呑んでいた。


──この先、いったい何が起こるのか。

試合場を包む静謐と緊張感は、消える気配を見せない。


そうして、刹那の間――葉院は隼のような速さで間合いを詰める。


「――ッ!!」


声のない悲鳴を発し、太郎丸は大太刀を横薙ぎに振るった。

葉院は腰を落とし、大上段に構え直すと、そのまま勢いよく振り下ろす。


ガキィンッ……!


澄んだ、鈍い金属音が響いた瞬間、互いの刀身が火花を散らしながら砕け散る。


砕片が砂煙とともに舞う中、椎の脳裏にはかつての父の姿が映った。


あれこそ、椎流護法術奥義、鉄砕。武器を破壊し戦意を断つ“護りの剣”。

葉院はそれを、あの見るからに頑丈そうな大太刀を破壊したのだ。


砕けた刀が試合場に転がり、二人は互いの顔を見据える。


「さて……規則だと、武器が破壊された場合は新しい武器に持ち替えてから試合再開、だったっけ?」


葉院の声は、元の飄々とした雰囲気を纏っていた。


太郎丸は瞳を見開き、肩を震わせて呆気にとられる。


「や、やんのか?……もういっかい……?」


葉院の口元に、意地の悪い笑みが広がる。


「ま、あたしはやっても構わないけどな。……どうする? また小手を叩き込まれたいかい?」


その一言で、太郎丸の脳裏に再びこれまでの痛みが鮮明に蘇る。

打ち込まれた手の甲。

突かれた脇腹。

それらを遠慮なく叩き込まれた際の、あの痛み。


「……う、ううッ……!」


握りしめた手が、激しく震えた。

そして


「も、もういやだぁ! こうさん……こうさんだぁぁ!」


太郎丸は叫びながら、土俵に膝をついた。

場内に、驚嘆と安堵の混じったざわめきが広がる。



こうして、御前試合の予選は静かに幕を閉じた。


部鮫は顔を真っ赤に染め、ひと言の挨拶もなく足早に会場を後にする。


観覧席の一角では、得玲久斗が惜しみなく拍手を送っていた。笑みを浮かべた瞳の奥に、確かな称賛の色が宿っていた。


---


数刻後――帰宅した椎は、薄闇の室内で葉院に問いかけた。


「…いつ、覚えたの?」


「はて?なんの話だい?」


「惚けないで。あなたに護法術を教えたことは、父も私もないはず……いつ、どこで覚えたの?」


葉院は障子越しの月光を背に、くっと笑いながら肩をすくめた。


「見て覚えたさ。おまえが稽古を重ねるたび、俺もずっと隣で動きを、目で追ってただけだよ」


椎は驚きを隠せず、少し身を乗り出す。


「見稽古にしても、あまりに上手すぎるわ。本当に見てただけで?」


「何年も、だろ? そりゃあ覚えるさ。指南されるわけでもなく、見て覚えたんだ。“護るための剣”って奴をさ」


椎はしばらく言葉を探して、静かに言った。


「……ありがとう。あなたが“怪物”にならなかったことを、本当に嬉しく思う。」


「……ごめんなさい、勝利への称賛よりも先に言うべきだったかしら」


その言葉に、葉院は頬をかく。椎の方を見ようともしない。

椎はそんな葉院をみて、我慢出来ずに笑みを浮かべる。


「なぁに?もしかして照れてるの?」


「…そうだよ。照れてんだよ」


葉院は白状し、椎と視線を合わせる。


「ま、本戦も任せな!誰も殺さない、優しい剣で――天下を驚かせてやるからさ!」


二人は淡い笑みを交わす。

そして夜明け前の静寂の中に身を委ねるのであった。

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