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豪華絢爛御前試合  作者: カニマル
葉院編
5/9

葉院編 壱

守りたくなったんだ。あの娘の、全てを。












夕暮れの山道――人の通いもまばらな小道に、ひとつの影が倒れていた。


衣は泥に汚れ、袖は裂け、かすかに漏れる吐息と共に血の匂いが漂う。


辛うじて付いている服の飾りには、家紋が付いている。かつて都でも指折りの名家のものだ。


だが今、そんな物には何の意味もなく、女は地に横たわるのみだった。


腹に酒を入れていたのが不幸中の幸いか、傷の痛みも、夜の冷たさも朧だった。


意識の端で、足音に気づく。


重くない。

むしろ柔らかく、地を撫でるような軽さ――草履の音。


視界の端に、着物の裾と、手に持たれた杖が映る。


「……これは、これは……」


静かな、しかし芯のある男の声が落ちた。


倒れた葉院の頬に、手が触れる。


その感触に、葉院はうっすらと目を開いた。


見上げた先にいたのは、凛とした表情の中年の男性であった。


「君、大丈夫かい?…生きているね?」


「……あぁ……生きてる………らしい、ね……」


女はそう呟いて、そこで意識を手放した。






その夜。椎家の道場は灯りに包まれていた。


畳に寝かされた女の体を、少女がそっと拭っている。男の一人娘であり、まだ十三歳の少女。


真面目で几帳面な彼女は、父の命を受け、無言で丁寧に手当てを続けていた。


女の髪に櫛を差し入れ、絡んだ泥をぬぐう。


細く整った眉のあたりに、かすかな傷――まだ若いのに、随分と剣の痕が多い女だった。


「……父上、変な人を拾ってきたね」


少女は布をすすぎながら、ぽつりと呟いた。


父と呼ばれた男はそれを聞いて、穏やかに笑う。


「でも、その“変”がこの家にはちょうどいいのさ。きっと、椎にもね」


男は椎と呼んだ少女の頭を撫で、しばらく無言で女の顔を見つめた。


その汚れた顔の奥に、何か激しい焔のようなものが潜んでいるように感じた。


「この人、刀を……使うのかな」


「……多分ね。でもこの娘の剣は、きっと恐ろしいものだ」


「なんでわかるの?」


「なんでもさ。椎も鍛錬をすればわかるようになる」


父のその言葉が、椎の心に深く刻まれることになるとは――


このとき、まだ誰も知らなかった。

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