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第一章 ギャノンズ③ 集結

ピンポーン…


「はーい。開いてまーす」


ガチャ…


「あの…おじゃましまーす…」

 タケシの声に促され、風音家のドアを静か〜に開けて入ってきたのは小百合。ルミ(オニ)の居ぬ間の逢引(あいびき)

 …タケシにそんな器用なマネができるとお思いか? 無論、小百合は誘われたから来たのではあるが…

「空いてるとこ、どこでも良いから座っててよ」

「…はい…」

 ダイニングのテーブルは4席とも開いているのでどこでも、と言われ困惑する小百合。とりあえず前回座ったところと同じ席へ。

「今コーヒー淹れるから。ちょっと待っててね。インスタントしかないけどさ」

「あ、お構いなく」

 …言うまでもなくタケシは気が利く方ではないので、こんな時に世間話で間を持たせるようなスキルは無い。カッコッカッコッと振り子時計が時を刻む音とお湯を沸かす音のみの静寂な空間が不必要なプレッシャーを小百合に掛ける。居た堪れず声を掛けるが…

「あの、ギャノンズの新しいメンバーって、どんな方なんでしょうか?」

「さぁ? オレの知ってる人、とは言ってたけど…ちょっと見当つかないんだよね」

「そう、ですか…」

 …再び沈黙。この空間は静寂に包まれる…

 まず、小百合を呼び出した張本人はルミ。

 タケシ、ルミ、小百合の3人に加えさらにもう一人増えたからギャノンズ全員の初顔合わせするよ、と呼ばれた。『ギャノンズ』というのは「まぁギャノンがいっぱいいるからギャノンズだよね」とルミが名付けた。安易である。

 何か、何か話題を、と小百合が焦っているところへ

「ただいまー。連れてきたよー」

 とルミの元気な声。それに続き

「お邪魔しまーす。うわぁー、だぁりんのおウチ〜」

 聞き覚えのある声にタケシは慌てて玄関まで出てみると

「麗美さんッ⁈」

 なんと。ルミの後ろに立って手を振っているのは緑川麗美。

「うわぁ、だぁりん、こんにちはー。来ちゃったよー。あぁん、だぁりんのおウチ〜。だぁりんの匂い〜。堪能しちゃおー。クンカクンカ」

 あの巨体が玄関で右左。

「あのね、緑川さん。ここ、私も住んでるんだけど」

「あー、そっかー。なんかメス臭いっと思ったらー」

「ンなんですってェーッ⁉︎」

「あ、あの、そんなところでケンカしてないで、とりあえず中に入ってください…」

 ルミ一人でも手に余るというのに麗美まで…タケシは想像に難くないこれから起こる惨状を案じるのだった。



「それじゃ紹介するわね。こちら、妙瑛出版(みょうえいしゅっぱん)『月刊ミスティ』編集部の緑川麗美さん。あちらが先日私たちの仲間になった上野小百合さん」

「どうもー。初めましてさゆちゃーん」

(…な、なんかもうあだ名呼びされてる…⁉︎)

 麗美の度を越した親しさ(なれなれしさ)に小百合は度肝を抜かれる。

「は、初めまして! 緑川さん!」

「やぁねぇ、麗美で良いわよー」

「あの、それじゃ、麗美さん…」

 初顔合わせの開始である。場所はダイニングのテーブル、小百合は最初に座った場所から変わらず、ルミと麗美がその反対側へ並んで掛けたので、必然的にタケシのポジションは小百合を隣に前面はルミと麗美。タケシは思う。

(父母面談感が増した…)

「コーヒー入りました」

「うん。ありがとう」

「ありがとうございます」

(うわぁぁぁ、タケシさんが淹れたコーヒーだって…お父さん以外で男の人にコーヒー淹れてもらったなんて初めてだなぁ)

 それがちょっと嬉しい小百合だが、ただでさえ不慣れな他所(よそ)様のお宅にお邪魔して緊張MAX、喉がカラカラである。潤そうとしたその時。

「あらぁ、だーりん、紅茶はないのぉー?」

 カップを持ち上げた小百合の動きがピクンと止まる。

「すみません、あまり気の利いたもの無くって」

 とタケシは申し訳なさそう。

「うーん、しょーがないなぁー、でもだぁりんの淹れてくれたコーヒーなら美味しいかもぉ〜。うーん、このコピ・ルアクに勝るとも劣らない芳醇(ほうじゅん)な香り〜。さぁすがだぁりんねぇ〜」

 ときにカップはおおよそタケシが用意した物とは思えない可愛らしい花柄の小さなティーカップ。これはかつて一緒に住んでいたトモミが来客用として準備していた物だった。トモミをはじめ『家族』がみんな戻ってきた時のためにとタケシは大切に保管していた。今日は来客とあってそれを引っ張り出してきたわけだが。そのカップを麗美はソーサーごと持ち上げカップの取っ手を3本の指で摘みコーヒーの薫りを愉しむ。

「いや、普通にインスタントなんですけど」

「淹れた主が違うと味わいも違うのよ〜」

(何なんだこの人…言いたい放題ズケズケと…私が思ったことまで…)

 小百合の中で麗美に対する警戒レベルが急上昇した。

 ちなみに後ほどコピ・ルアクとは何ぞや?と検索した小百合は盛大に噴いたのだった。

「それで、なんで麗美さんなんですか?」

「それは…緑川さん、どこまで話していいのかしら?」

「やぁねぇルミちゃんも。麗美でいいわよぉ。何事もなかったんだから、だぁりんに聞かれちゃってもぉ、ヘ・イ・キ♡ まぁでも私、記憶ないからね〜。ルミちゃんお願い〜」

「そ、そお? それじゃ…」

 ルミは頻発しているレイプ事件のパトロールで出会(でくわ)した件を話した。



「う…うう…ここ…って」

 麗美が目を覚ました。

「私…ジムの帰りに近道しようとして裏道使ったら男の人3人に暗いところに引っ張り込まれていきなりお腹殴られて…え…え?」

「お目覚め?」

 薄暗がりの中から声がした。見上げれば見知った顔。

「ルミ…ちゃん?」

 ハッとして麗美は自らの身体中を撫で回す。ブラウスのボタンも無事、スカートの上からの感触でも下着は着けていることが確認できた。

「私…」

「ちょっと危ないところだったけど、大丈夫」

「ルミちゃん…助けてくれたの…?」

「え? あ、うん、まぁ、ね」

 実際のところ悪漢たちをブチのめしたのはヤスとテツだったのだが…

(知り合いにヤクザがいる、なんて言えないわよね…)

 とルミは目を逸らす。

「う、うう…ルミぢぃゃぁぁぁん」

 麗美はルミに抱きつき、大声で泣き出した。無理もない…のだが

「むぐぅ⁈」

 タケシですら飲み込む恵体だ、ルミもまたその豊かな脂肪塊の中へ沈んだ。

「ぶはッ⁉︎ 大丈夫、もう大丈夫だから落ち着いて!」

 どうにか呼吸を確保したルミ、麗美を引き剥がそうと試みるが押し除けようとすればするほど麗美はより強くしがみ付いてくる。

「怖かった! 怖かったぁ!」

 しかしルミを拘束する両手は震えていた。その微細な振動を体に感じ

(…そっか…)

 ルミは悟った。普段は気丈な麗美でもあれだけのことがあるとこんなにも怯えるのだ、と。ルミは麗美を拒むことを止め、逆に抱きしめた。驚くことにあれほどの巨体がルミの胸の中へ小さく収まった。

「大丈夫。もう大丈夫」

 優しく声を掛け、頭を撫でてやるのだった。



「へぇぇぇ」

 小百合が感心の声を上げる。

「そんなわけで、麗美さんが落ち着いたところで話して、お願いしたのよ。素養があるからって」

「えへへへぇ。お恥ずかしいところをお見せしちゃいましたなぁ」

 そのあたりはもう消化し切ったのか頭を掻きながら照れ臭そうな麗美。そのあっけらかんとした様子とは対照的な者が一人。

「あれ〜? どうしたの? だぁり〜ん」

 タケシは俯き黒い陰鬱なオーラを発しているのに麗美が気付いた。

「オレ…また身近な人が大変なことになっているのに…助けられなかった…」

「いやいや、またって、タケシくん、その頃パトロール出てたじゃない。そっちはどうだったの?」

「2件ほどブチのめしてきました…」

「うわぁ…す」

 隣に座る小百合が感嘆と同時に称賛の言葉を掛けようとするがやはりこの人に阻まれる。

「すごーい! すごーい! だぁりん、めっちゃ世のため人のために活躍してるじゃなぁい!」

「そ、そうっすか、ねぇ…」

「そうよぉ。私を助けてくれたのがたまたまルミちゃんだっただけでぇ。まぁでもだぁりんが助けに来てくれちゃったら運命感じちゃうかも〜! ああん、王子様キタ━━━(゜∀゜)━━━!!って!」

 体をくねらせオーバーリアクションな麗美に小百合は閉口、と同時に少しムスッと膨れっ面。

「あのッ! 麗美さん、さっきからダーリンだの王子様だのって、一体麗美さんってタケシさんの何なんですかッ⁉︎」

 バンッ!と、立ち上がるのに両手を突いたのかテーブルを叩いたのか分からないほどの音を立てて小百合は立ち上がり、キッと麗美を睨みつける。

「何って…婚約者?」

 一方の麗美はそれを気にも留めず、飄々と返す。タケシとルミはちょっとびっくりして首を竦めているのだが。

「エッ⁈」

 慌てて隣のタケシを見れば、ずぶ濡れの犬が水を振るうかの如くプルプルプルと首を横に振っている。

「ほらッ。タケシさんは違うって言ってますよッ⁈」

(ん? ははぁん)

 ついさっきまで借りてきたネコのように大人しかった小百合が語気を荒げて問い詰めてくる様子に麗美は何かピンと来たらしい。

「やぁねぇ、予定よ予定。何より先に保護者に許可をもらわないと。ねぇ? ルミちゃん!」

「へ? 私、保護者?」

「えー? そうなんじゃないの?」

「そっか…私、保護者だったんだ…」

 確かに自分の身の回りの世話をするとか言ってやって来たルミであったが…それらしいことがあっただろうか? いや、ない(反語)。むしろ一本背負でブン投げた上に腕十字を極める保護者は嫌だなぁ、とタケシは思った。思ったが触らぬルミに祟り無し、沈黙は美徳と心得ている。

「保護者じゃないなら何なの?」

「上司、かな」

「それはマンスリーでの話でしょー?」

 いや、むしろ上司と言われた方が納得がいく、とタケシは思った。思ったが(以下略)。

「いや、一応タケシくんも一応臨時の報道一課として一応私が任命してるから、一応コッチの方でも一応上司なのよ? 一応ね」

 上司である自信がないのかルミはやたらと「一応」を連呼する。ルミとてタケシとは対等な関係であるのは自覚しているのだが体面上はそれを許さないらしい。

「ふーん。で? さゆちゃんは何なのぉ〜? タケシくんのぉ〜」

 ニヤニヤしながら麗美の反撃。そのドロっとして絡み付くような言い様は小百合にはぐらかすことを許さないプレッシャーをかけた。

「何って…恩人です。命の」

「ふぅ〜ん、そうなんだ、ふぅん」

 特に驚いた風でもない辺り、予めルミから聞いていたのだろう。

「いいなー、だぁりんに助けてもらっちゃったりしてさぁ〜」

「…あら? それじゃ私、麗美さんを助けない方が良かったのかしら? 男性の体液まみれでぶっ倒れていても放置してた方が良かったのかしら?」

 ルミの言葉には少々冷ややかなトーンが混じる。

(…男性の…体液…? ……んンッ!?!?!)

 その言葉の意味するところをやや間をもって理解した小百合は真っ赤になって俯いた。

 麗美は麗美で

(チ。しまった。やり過ぎた)

 と思いつつも

「そぉんなこと無いわよぉ? ちゃぁんと感謝してますからぁ。ルミサマ仏サマ」

 といつも通りに馴れ馴れしくルミに抱き付く。

「さぁてどうだか」

「ホラッ! 麗美さんに感謝の気持ちが足りないからルミさん怒っちゃったじゃないですかッ!」

「私は別に」

「あらー、いつも通りよぉ。日常会話よぉ。それでぇ? 命なんか助けられちゃって、さゆちゃんはタケシくんのこと、どう思ってるのぉ〜?」

「どうって…感謝してます。とても」

「そうじゃなくってぇ。タケシくんをオ・ト・コ♡として、どうなのかなぁって」

「男って…そりゃ男性としてステキな方だって思ってますけど…」

「ふーん、ステキ、ねぇ、ふーん」

 やはりねっとりと絡み付く麗美に小百合は顔を真っ赤にして激昂する。

「な、何なんですかッ⁈ さっきからッ!」

 まるで近所の犬の散歩がかち合って一堂に会したかのような喧騒が続く。

 ときにタケシの心はすでにここに在らず。

(晩メシ、どうしようかなぁ…外にでも食いに行くかなぁ…ラーメンにしよっかなぁ…ニンニクどっさり入れれば少しは距離を置いてくれるかなぁ…)

 と絶賛現実逃避中であった。


 結局この日は「基本的には私とタケシくんで動いて、敵の人数が多かった時には2人にもお願いする」とのルミの一言でカタが付いた。詰めて話せば5分と掛からない内容だったが――――終わってみれば2時間を経過していた。


エンディング『でりけーと』


https://x.com/HanashioKikei/status/2017169215225286776?s=20

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