第一章 ギャノンズ① 上野小百合③
「そっか、その時の人なんだ」
「うーん、多分。まだ分かんないけど」
小百合とその友人まどちゃんは現在教室。ホームルームが終わり、間も無く1時間目が始まろうとしている休み時間だ。
「で? どうすんの? 心当たりとかあんの?」
「うーん、あまり…また会える時を待つしか」
「ハァァァッ?! なーに甘ッちょろいこと言っとんの! 『花の色は 移りにけりな いたづらに』よ! 小野小町ほどのベッピンさんですら老化には勝てないって嘆いてるのに! どノーマルピープルの私たちなんか、高校生でいられるのってたった3年よ、3年! ぼやぼやしてたらアッという間に卒業なのよ?! 若さを武器に戦えるのなんて、今だけしかないんだから! そんなんで王子様をゲッツできると思ってんのかーッ!」
噛み付かんばかりに襲いかかるまどちゃん。
「ひぃぃ…」
まるで牙を剥いた肉食獣の前に怯える小動物の小百合。
(まどちゃんは一体何と戦ってるんだろう…?)
まるで「高校を卒業したら即オバサン」みたいな言われ方してもな、と小百合は思うのだが。
「なになにー?」
「何話してんのー?」
「恋バナかい? 恋バナなんだね? どれどれ、オジサンにも聞かせてごらん?」
まどちゃんの絶叫に何かを嗅ぎつけたクラスメイトたちが群がってくる。
「あーもー、そんなんじゃなくってー」
ガラッ
「おーし、席に着けー!」
タイミングよく一時間目の数学教員の登場に小百合はピンチを脱した。
(ホッ…そんなんじゃないんだけど…でも…どうしよ…っかな…)
◆
1限目は完全に遅刻だったタケシ。ここのところアンジェラス関連で大学から足が遠のいていた。「あんまりサボると秋山さんに叱られる」ととりあえずは出席だけでも稼ぐべく、突き刺さる視線を感じつつも静まる教室内へ。
終業のチャイムが鳴り、改めて教室内を見回す。
(新橋、来なかったな)
そこへ
「よぉ、風音」
「よぉ、三橋。なぁ、新橋ってここんとこ来てる?」
「え? おまえ知らないの? アイツ、入院してるって話だぜ?」
「え…? 入院?」
「なんだかアパートの部屋でぶっ倒れてるところを発見されたって」
「何? 病気?」
「いや、分からん。俺もそこまでしか聞いてないから。なんか『がい☆ます』って「もるもってぃ」から「えんぷぅ」になったりとか感じが変わったんでどうなってんのか聞こうかと思ってんだけど来てないからなぁ。あいつ詳しいだろ?」
「ああ、そう、だな」
「まぁアイツのことだからゲームのやり過ぎでなんか、ってことなんじゃねぇかな。あははは」
「まぁ…そうかもしれない…けど」
三橋は今日の講義は終わりと教室を出て行った。新橋のことが気掛かりになったタケシはメールを入れたが返信は無く、通話も「電源が入っていないか、 電波の届かない場所にあるため、かかりません」のメッセージのみだった。
「まぁ、ゲームのやり過ぎ、なんだろうな」
と、タケシは自分を納得させた。
◆
高校は昼休み。生徒はそれぞれ思い思い机を寄せてお弁当を食べているが…今日はいつもの輪の中に小百合が入っていなかった。ここまでの休み時間もそうなのだが、何やらずっと考え事をしているようで、本人は気が付かないが凄い形相をしていた。それで友人一同も声を掛けるに掛けられず、今に至る。
現在小百合はスマホを片手に食事中。やはり表情は険しいまま。これではお弁当の味も分からなかろう、と思うが…
(制服着てなかったから高校生じゃない…でも若そうだったし…社会人じゃない、とすると大学生、かな。電車の方面から言って、可能性があるのは三ッ沢下町か三ッ沢上町。そのどちらか…よしっ!)
ガタン!とイスを吹き飛ばす勢いで立ち上がった小百合。突然のことに目を丸くしている後席のまどちゃんへ振り返る。
「まどちゃん、ごめん! 私、早退する!」
「え? 何? どしたの?」
「行ってくる!」
「う、うん。どこへ?」
「えっと、受験校の下見! 先生によろしく!」
小百合はカバンを掴むと猛ダッシュで教室を出て行った。唖然と見送るまどちゃんの周りにクラスメイトたちが再集結。
「受験校って…私たち、2年後よね?」
クラスメイトのみなさんはともかく、付き合いの長いまどちゃんは、なんとなく小百合の心中を察していた。
「まぁそうだけど、早い方がいいのよ。何事もね!」
「小百合ってさ、オドオドしてる割には行動が大胆よね?」
「そこが小百合の、イイト・コ・ロ!!」
◆
「はぁぁぁ…大学だぁ…」
大学まで来たのだから大学があって当たり前なのだが…小百合は『王子様』を探す決心をして教室を飛び出してきた。あるいは校門の前に立っていれば出入りする時に逢えるかも、という淡い期待を胸に。しかし。計算外だったのは、まず高校とは違い、正門には守衛のおじさんが立っていた。制服のまま来てしまった小百合は目立つに違いない。ノコノコと入っていけば声を掛けられ制止されるかもしれない。そもそも部外者なのだから。それに何より。大学の規模を甘くみていた。見渡す範囲だけでも敷地は広く、校舎がいくつもある。正門すら高校の物とは大違いの広さ。こんな広い範囲で…果たして目指す相手と出会えるのだろうか? 小百合の胸は不安に押し潰されそうで、今すぐにも踵を返したいトコロなのだが、ここで引き下がればまたまどちゃんに何と言われるか。それに何よりやっと掴んだヒントを手放したくない。もう一度会ってちゃんとお礼を言いたい。その思いが小百合を正門前に居座らせた。
出入りする学生たちを眺めながら、3年後には自分もあんな風になるのかな?などと妄想しつつ、左手首の小さな時計を見る。
(…私…2時間も立ちっぱなしなんだ…こっちじゃなかったのかな…さすがに無謀だったのかな…)
心が折れそうになりつつも正門を出入りする人波に再び視線を戻した、そのとき。
「 い た 」
両手でカバンを持った姿勢のまま猛ダッシュ。ターゲットへ急接近。
「あのっ!」
◆
――――それから幾ばくの刻が過ぎたのか。
3限目を終え、これから愛車を引き取りに行こうとワクワクだったタケシの前に、制服姿の女の子が仁王立ち。「あの」と言ったきり、固まっている。タケシはタケシで「はい?」と返事をしたきり。相手の出方が分からず、ここから先、どう声を掛けたものやらが分からず、こちらもやはり固まっている。
固まったまま動かない二人。まるで感動の対面のようだが…
(どうしようぉぉぉぉ…人違いだったらどうしよぉぉぉぉぉぉ…)
(う…せめて何か言ってくれ…どうすりゃいいんだ、この状態…)
と、千日手にハマった棋士の如し。ところでタケシはバイクの引き取りがある。できることならさっさと行きたいところなのだ。
「えっと…何か用、かな? オレ、これからちょっと用事があるんで」
「あのっ!」
「はいっ?!」
再び無言地獄の千日手へ突入。このままでは埒があかないと踏んだタケシ。
「ごめん、オレ、大事な用事があるんで、また今度にしてくれるかな?」
と急ぎ小百合の左脇を通り過ぎようとした、そのとき。小百合は小さくボソリと呟いた。
「 ……ギャノン」
「?!?!?!」
タケシ、それは咄嗟の判断だった。
「ひゃぁぁぁぁぁぁぁっ?!」
小百合の腕を掴むと猛スピードで正門近くの雑木林へと引き込んだ。そして。
ドンッ
小百合を大きなイチョウの木に寄りかからせてその顔の左右両側面に手を伸ばす。世に言う「壁ドン」だ。それが何を意味するかなど、無論タケシが知るわけがない。後日、複数の目撃者から「女子高生口説いてたん?」とイジられることとなるのだが。
「…なぜ、それを知っている?」
突然の行動ゆえ小百合はびっくり仰天、さらにはタケシは真顔で迫ってくる。顔が近い。小百合でなくても怯える。
「あの、その、あの、えっと」
小百合にしてみればむしろこれでも声が出ている方だ。
(がんばれ私! ちゃんと! ちゃんと言わなくちゃ!)
「あの!」
キッと顔を上げ、真っ直ぐに目を合わせる少女に、タケシが逆に驚き怯む。
「あの! ありがとうございました!」
と少女は頭を下げた。
「え? はい。あ、え?」
タケシは全く事態をつかめない。無理もない話なのだが。
驚きの表情でドン引きしているタケシを見て、小百合もまた自分がめちゃくちゃをやっていることにやっと気付いた。ふぅっと一息ついて、今度は静かに口を開く。
「あの、突然で驚かしてしまったみたいで…あの、私、憶えてませんか?」
「え?」
「コンビニに強盗が入った時、あなたに助けていただいた店員です」
「…あ…ああああああああああああああッ!?」
小百合を指差し、口をパクパクさせ驚くタケシ。
「あの時は…危ないところを助けていただいて…あの後、警察の方とお店に戻ったんですが、もういなくて…お礼を言いたかったのに。でもやっと会えました! 本当にありがとうございました!」
「え…あ、はい。え? な、なんでオレって分かったの?」
「今朝、地下鉄でぶつかって、その時聞いた声で、あ、あの人だって。ギャノンさんだって」
「え? それだけのヒントで?」
「はい!」
小百合の笑顔はとてもとても輝いていた。
「凄いな、それ…でも…それはそれで困ったことになったな…」
驚きの後は顰めっ面のタケシ。
「何が、でしょうか?」
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