新たな仲間と最初の試練
翔太が異世界で働き始めてから数日が経った。カフェ「エルディア」は相変わらず静かな雰囲気を保ち、常連客たちとエリスとの温かな会話が続いていた。翔太も少しずつ馴染んできたが、それでも異世界に転移してきたという現実は、彼の心の中で時折重くのしかかる。
「今日も元気そうだね、翔太くん。」
エリスがにっこりと微笑みながら声をかけてきた。
「はい、少しずつ慣れてきた感じです。でも、まだいろいろと不安はありますけど。」
翔太は少し苦笑いを浮かべながら答えた。エリスは優しく頷く。
「それが普通よ。最初は誰でもそう。ここで働いていることに意味があるんだから、焦らずに進んでいけば大丈夫。」
その言葉に勇気づけられた翔太は、エリスの言葉を胸にしっかりと受け止めた。そのとき、店の扉が開き、ひとりの男性が入ってきた。彼は長身で、黒いローブを着た魔法使いのような風貌をしている。目元が鋭く、どこか謎めいた雰囲気を漂わせているその人物は、エリスに軽く頭を下げると、翔太に向かって声をかけてきた。
「おや、君が新入りか。」
その声は低く、落ち着いた響きを持っていた。翔太はその人物に少し驚きながらも、あいさつを返す。
「はい、翔太です。よろしくお願いします。」
「僕はリュート。魔法使いだ。」
その一言に翔太は再び驚いた。リュートという男が魔法使いだと聞いても、翔太にはそのイメージがまだ実感として沸かない。しかし、リュートはすぐにその印象を裏切った。
「ここの常連だ。エリスからよく話は聞いている。」
「話してるんですか?」
翔太が少し驚きながら尋ねると、エリスはにっこりと笑って答えた。
「まあ、あまり他の客の話をしないようにはしているけれど、リュートさんには特別ね。」
その言葉に、リュートは微笑んだ。彼の微笑みはどこか温かく、同時に何か奥深いものを感じさせた。
「このカフェは落ち着くんだ。何も考えずにリラックスできる場所が必要なんだよ。」
リュートはゆっくりと席に座り、エリスに注文をする。
「アルカナティーを頼む。」
エリスがその注文を受けると、翔太はリュートに向かって思わず質問を投げかけた。
「リュートさん、魔法使いなんですか?」
「その通りだよ。まあ、魔法を使う仕事に関してはちょっとした専門家みたいなものだ。」
リュートは答えながら、視線を翔太に向けた。少し真剣な顔つきで、彼は続けた。
「君も、何か特別な力を持っているんじゃないか?」
翔太はその質問に驚きながらも答えた。
「特別な力? そんなものは持ってないと思いますが…。」
リュートは少し考え込み、そして静かに言った。
「君がこの世界に来た理由、それが何かしらの力に関わっているんじゃないかと僕は思うんだ。」
その言葉に、翔太の胸は高鳴った。自分が異世界に転移してきた理由に関して、翔太もまだよくわからない。だが、リュートの言葉が示唆するように、何か理由があるのだろうか。
その瞬間、突然、店の扉が激しく開き、男たちが数人入ってきた。彼らは粗野な服装をしており、顔つきもどこか危険な雰囲気を漂わせていた。翔太はその瞬間、何か不穏な空気を感じ取る。
「おい、エリス、酒をくれ。」
店内が一気に緊張感を帯びた。リュートが静かに立ち上がり、エリスを守るように前に出る。
「すみませんが、ここでのマナーを守っていただけますか?」
リュートの声は冷静だったが、その口調からは怒りが滲み出ていた。
男たちのうちのひとりがリュートをじろりと見た。
「お前、何だよ。俺たちに指図すんのか?」
その言葉に、リュートはただ静かに笑った。そして、背中に手を回すと、言葉もなくその男たちに向けて手をかざす。
一瞬のうちに、店内の空気が変わり、男たちが不自然に立ち止まった。リュートが魔法を使ったのだ。
「今、君たちの周囲の魔力の流れを一時的に封じた。暴れるなら、それ相応の代償を払う覚悟がいる。」
男たちは、突然の力に圧倒されたようで、一瞬黙り込んだ。それから、ひとりが冷や汗をかきながら言った。
「す、すまない… もう行くぜ。」
リュートは何も言わず、その場から男たちを追い出すと、静かに席に戻った。店内には、まるで何事もなかったかのような空気が流れる。
翔太はその一部始終を見守りながら、リュートの実力に圧倒されていた。彼が魔法使いとしての力を発揮する場面を見て、翔太は少しだけ自分の立ち位置を再確認することとなった。
「ありがとう、リュートさん。」
エリスが感謝の言葉を口にすると、リュートは穏やかに答えた。
「まあ、あれくらいはね。でも、君も何かあればいつでも頼ってくれ。翔太くん。」
その言葉に、翔太は少しだけ勇気を持ったような気がした。これからどんな試練が待っているのかはわからないが、少なくとも、ここには信頼できる仲間がいると感じることができた。