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章子  作者: 坂本梧朗


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6/7

「その6」

 最近会ったのは二週間程前だ。その日章子は敏男との事で初めて店を休んだ。映画に行こうと敏男が誘ったのだ。そしてのんびりしようと。この商売に入ってから章子は映画を見たことがない。長時間座っているのがきついし、むだに思える。 たまの休みには眠るに限る。何も考えす、誰にも邪魘されす、たっぶり眠れる時が一番快い。          

 数年ぶりに人る映画館だった。敏男がいい映画だ というそのアメリカ映画は、四回戦や六回戦ばかりやってきて、若さも過ぎつつあるボクサーが、ふとした偶然からチャンピオンの挑戦者に選ばれ、恋人との愛をかけてラウンドを闘いぬくという内容だった。下積み生活の苦しさ、下町の人々の人情などが外国の映画とは思えない親しさで章子の胸に伝わってきた。主人公と恋人と のやりとりのシーンでは、自然章子は自分と敏男の事を考えながら見てしまった。あんな風に愛せるだろうか――そんな事を真面目に考えている自分に気づいて、章子は気恥ずかしかった。 スナックにいる時とは隔たりのある目分を意識するのだった。 敏男の隣りでスクリーンを見つめながら、章子は幸福だった。

 映画が終ってからは、食事、半日が使えるという事は何と楽しい事だろう、二人が初めて持った半日の時間だった。今からいろいろな話ができるだろう、章子はいそいそした気持で映画館を出た。

 中華料理店での食事、そして喫茶店。章子の 心の底には今日ははっきりした敏男の気持を聞く事になるかも知れないという期待があった。二人の話は弾んだ。映画の事、友達の事、仕事の事、その他。しかし章子が期待している事に敏男は触れてくる気配がなかった。

 今日もこんな話で終るのか……初めは楽しい ばかりであったが、別れが近づくにつれて淋しさと焦りのまじったそんな思いが、章子の胸に沈澱しだした。職場の組合活動、尊敬している先輩の話、相棒のこっけいなスカタン、そんな事はもうさんざん聞いてきた、そんな話をするために二人は会っているのだろうか……しだいに章子は敏男の話に身が人らなくなった。休みまで取って会っている自分をどう思っているんだろう……休めばその分お給料も減るのに…… そんな思いも頭を掠めた。半日を一緒に過ごすという事へ期待を持った分だけ、章子は満たされぬ思いに捉われた。章子が敏男に会っていて不満を感じたのはその日が初めてだった。自然話は弾まなくなった。

「章ちゃん、今の仕事すっと続けるつもりか」

 短い沈黙の後敏男が不意にそう尋ねた。                     

「どうして」                                      

 章子の言葉には少し険かあった。

「いや、章ちゃんの気持を聞きたいだけさ」

 章子は敏男の気持に沿った事を言いた くなかった。

「続けるつもりよ、お金にもなるし、楽しいし」

 半分が嘘だった。はっきりした事も言わないで、何の資格で人の仕事に口をさしはさむのか、スナックの勤めは悪いと言うのか、そんな反発が章子の胸でささく れていた 。敏男は何かを言いかけて黙った。章子は自分の言葉が敏男に打撃を与えたと感じた。何か 言葉を添えて、その打撃を和らげたいと思った。が、気持に残る反発がそれをさせなかった。その事がまた敏男との間にできた溝を章子に意識させた。

 別れる時、敏男は次の休みにまた会おうといった。章子の店に行 ってもいいな、といたずらっぽく笑った。電話するから、と言って、アパートの階段を降りていった。いつもと変わらない敏雄の言い方も、二人の離別の予感に捉われかけていた章子には別れの気まずさを取り繕う言葉に聞こえた。章子は薄く笑っただ けで返事をしなかった 「期待してないわよ」……それが笑いにこめた章子の気持だった。最初の男の事があってから、章子は人の離反に過敏になっていた。その予感を感じただけで、いたずらに硬化してしまう自分の心をどうしようもなかった。


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