酷い私と、愛する彼女とで、観覧車デートを。
第6回下野紘・巽悠衣子の小説家になろうラジオ大賞応募作品です。テーマは「観覧車」。
今回は笑いナシのシリアスなお話です。
今日は京子とひと月ぶりのデートの日。
勿論、普段も暇を見ては彼女に会いに行くが、京子はいつ話しかけても虚ろな目を瞬かせるだけだ。ごくたまに返事をくれるかと思えば。
「はいどうも、ご親切に」
その目は私を見ていないし、その言葉は赤の他人に向けているようだった。
「楽しんできて下さいね」
施設の人に見送られ、車椅子が使えるタクシーに乗り込む。行き先はいつもの遊園地だ。
園内は昔の賑わいを失っていた。京子と初めて来た時はすごい人出だったのに、今はガランとした通路を車椅子を押して歩く。
観覧車の下に到着し見上げると、巨人のように聳え立つ観覧車にはカラフルな丸いゴンドラが幾つもついている。
「今日は何色のゴンドラかな」
「……」
「初めて乗った時は赤だったね」
「……」
車椅子を押し、スロープを進みながら京子に語りかける。が、やはりなんの返事もなかった。
スロープを上りきり搭乗口に到着すると、いつもの係員が笑顔で挨拶してくれる。
「こんにちは。また来てくれましたね!」
私達が毎月来るものだからいつの間にか顔を覚えられてしまったらしい。くすぐったい気持ちとちょっとの罪悪感が私の中に生まれた。
「足元、お気をつけ下さい」
京子は普段は車椅子だが、介助があれば少しだけ歩ける。私と係員で介助し、無事赤いゴンドラに乗り込むことが出来た。
「ほら、京子、動いているよ」
「……」
「あの辺の景色は変わらないね」
「……」
彼女の隣に座り、話しかける。無言で窓の外を眺めていた彼女だが、ゴンドラが頂上に向かうに連れ、虚ろな目に光が宿った。
「た……」
「た?」
「高い高い! 嫌だ、怖いわ! 崇伸さん、怖い!!」
「大丈夫だよ」
彼女の肩を抱き寄せると、最愛の妻は私のシャツをぐっと掴む。
「崇伸さん、離れないでね? 絶対よ!」
「うん、ずっとこうしているからね。安心して」
重度の認知症である京子は普段は何も覚えていない。けれど高所恐怖症のせいか、高い場所に上った時だけは急に若い頃の記憶が甦るのだ。
「もう、何故また観覧車なんかに乗ったのかしら」
「……」
今度は私が無言になった。
妻と話したい。ただそれだけで彼女の嫌がる事をしている私は、なんて酷い男なんだろう。
けれどひと月に一度だけでも妻が私を見て話しかけてくれる事が、どれだけ私の生きる希望か。
ゴンドラの高度が下がると、また妻は虚ろな目に戻った。
降りる時に介助すると、彼女は私と係員にこう言う。
「はいどうも、ご親切に」