白狐隊のお正月
ときにコメディ、ときにブラックコメディそして風刺、お笑いバカ話などのごちゃ混ぜの、一話読み切りの連載短編集です。
元となった「カルフ」のシリアスなストーリーと、登場人物や彼らの関係は似ていますが、内容的には関係はありません。
「カルフ」を読んでいない方のために、
時代背景は磁気軸反転のためにほとんどの科学的知識を失った近未来、カルフは超レアもののカメムシ型疑似生命体です。
ドーム都市にはロボットやアンドロイドが存在しますが、この話の登場人物は機械など殆どない村に住み、食いっぱぐれた子どもたちは、関守となって痩せた土地を耕したり、荒れ地を走り回って獲物を追っかけてます。
「どうしたの?」とセリカは、物思いに沈んでいるテンマに聞いた。
「黙っていてくれ、俺は今、意識の改革に迫られているんだ」
「意識の改革?どんな?」
と聞き返すと、テンマは顔を上げてセリカを見た。
「俺は今まで、ウスバカゲロウは薄馬鹿下郎だと思っていたんだ。カゲロウもウスバカゲロウも同じだとも思ってた。ホヨホヨ飛んでガラスにぶつかっても方向変えないし、すぐ死んじゃうし」
「そんなことで、意識の改革?」と言いかけるセリカに、
「そんなことだけじゃない。カルフは俺たちが知っていると思っていることは常に正しいとは限らない、とも言っていた。俺はカルフの言葉をバカにしてたんだ。でもカルフは、本当に正しいのかもしれない」とテンマ。
「カゲロウはウスバカゲロウとは違うっていうだけで、テンマはそこまで考えるの?考えすぎだよ」
カルフのくノ一コードネーム、「カゲロウ」が皆にバレたのが発端となって、カゲロウとウスバカゲロウは違うという話になった。
口が退化して何も食べられず、交尾のあとはすぐ死んでしまう、なんとも儚く悲しいのがカゲロウだ。
テンマと違ってセリカが思ったのは、食べ物があってもなにも食べられないなんて、なんて哀れな生き物なのだということだけだった。
カルフは自分のコードネームには二つの意味があるのだ、と言った。形が定まらずゆらゆら揺れうごく陽炎と、儚い命のカゲロウ。
小さいながらたくましいカルフには、ウスバカゲロウというコードネームのほうがふさわしいかもしれない。
ウスバカゲロウは、トンボのように自分より小さな昆虫をモリモリと食べるのだ。おまけに幼虫はあの恐ろしい蟻地獄。
「砂漠の何処かに、巨大な蟻地獄がいるって聞いたよ」
故に、砂漠を渡るのには細心の注意を払わなければならない、とキャラバン隊長のライリが言っていた。彼にとって巨大蟻地獄は、実際いる恐るべき敵。数々のキャラバン隊が手がかりも残さず砂漠に消える理由だと言う。
「ただの都市伝説だ。ドーム都市に商品を高く売りつけるための。カルフは今の世界は、巨大昆虫が生きられるほど酸素濃度が濃くない、と言ってた」
たしかにそうだ。多分それは磁気軸反転前の世界なのだ。その世界は、砂漠を渡れば蟻地獄に食われ、夜になれば吸血鬼の恐怖に怯える、かなりワイルドな世界だったようだ。
「でも甘いものはたくさんあったっていうよね」
丸いだけのキャンディーなんかは珍しいものではなく、味はもちろん、色どころか形にも色々あったと聞いた。ドーム都市には今もあるようなのだ。セリカはとても羨ましい。
ああ、そうだ、とテンマは薄い四角い木材を二つ取り出した。
「ラクガン作りに使え」
不思議そうにセリカが受け取ると、木材にはいろいろな形が掘られていた。その一つはカメムシのように見えた。
「ありがとう!」
セリカはテンマを抱きついたが、すぐに離れて木片を両手になにやら熱心に考え始めた。
テンマにはセリカの頭の中で、何が起こっているかは容易に想像できた。
緑のラクガンの色付けに何を使うかとか、ラクガン以外に利用できないか、だ。
ありがとう、とセリカはまた繰り返した。嬉しそうなセリカを見ると、テンマも嬉しくなった。
「魚釣り機、考えている?」セリカが聞く。
美咲荘園のミライに、約束した機械のことだ。
「ミライさんには、網とか罠のほうがいいと思い直した。魚網やザリガニ罠の引き上げ機を考えている」
「テンマには、得意なことがあっていいね。私には、ミライさんの役に立てることなんてないよ」
セリカは、テンマ以上に色々なものをミライにもらった。なにかお返しがしたいのだが、何も思いつかなかった。お手伝いくらいはできると思うが、何しろ遠い。人さらいに出くわしたり、毒蛇に噛まれたこともあって、気軽に遊びにはいかれない。
「ホウオウさん、どうしたのかな?」
「ミライさん、不安だろうね」
おセンチな気持ちになるセリカとテンマに、誰かが、よっと声をかけた。ライリだった。
「お正月のお祝い品。ミライから預かってきた」
と白い大きな袋を二人の眼の前に置いた。開けてみると大小の毛糸の手袋や靴下、反物や肉の塊もあった。
「ハムだ。それは俺からのプレゼント」
「すごい!ありがとう。隊長さん!」
「みんなを集めよう!」
皆でつかみ合いの大騒動となりそうだったが、その前にシオンが言った。
「セリカとテンマが貰ったんだ。二人にまず権利がある」
そう言われてセリカは、ワクワクしながら明るい色の縞模様の靴下を手にした。膝まであって暖かそうだ。テンマは指先のない手袋を選んだ。
シオンとミオが次で、その後は案の定、取り合いになったがシュンは加わらなかった。彼が目をつけた小さな手袋と靴下は、誰も取らないと踏んだのだ。
「夜は宴会よ。ライリさんもどうぞ」
とハムを見てミオが言ったが、ライリは仕事があるからと断って去っていった。
シュンは、緑と白の縞の靴下と手袋を手に入れてゴキゲンだ。
残ったものの中に、真っ赤なブーツ型の巨大靴下があった。白いふわふわのトリムがついている。なんだろうと思い、皆で開いてみるとの、奇妙なものが沢山入っていた。
赤白のフックのついたキャンディーケインと書いてあるスティック型のものやコイン型の金色のもの、、。
「甘い!これって、クッキーだよ!」
袋に入っていた人型のものを、甘い匂いに惹かれてちょっとかじったセリカは言った。それにはジンジャーブレッドマンと書いてある。木の形や星型のものもあった。
それは夕食の後のデザートにしよう、というミオを無視してみんなで食べ始めた。
シュガーヒット!と言って、シュンは目的もなく走り回った。ゴローが木の枝を振り回して、シュンを追いかけ始めた。シオンやミオは止めようとしたが、結局、みんなで追いかけっことなった。
それを見ながらセリカは、ミライさん、ありがとう。きっとまた遊びに行くね、と心のなかで呟いた。
人さらいも毒蛇も怖くなくなった。
二月に、カルフの世界を舞台に中編「バク 悪食の幻獣」を発表する予定です。腕にサイキガンがついたバクを主人公に、ライリの胸のストラップについても解明していきます。
R18 作品を発表したことはないのですが、「なろう」のガイドラインがよくわからないので、念の為R18にしようと思っている、程度の表現です。
18歳以上の方は、ぜひ読んでください!