カルフの寺子屋 サイベリア編
ときにコメディ、ときにブラックコメディそして風刺、お笑いバカ話などのごちゃ混ぜの、一話読み切りの短編連載集です。
元となった「カルフ」のシリアスなストーリーと、登場人物や彼らの関係は似ていますが、内容的には関係はありません。
「カルフ」を読んでいない方のために、
時代背景は磁気軸反転のためにほとんどの科学的知識を失った近未来、カルフは超レアもののカメムシ型疑似生命体です。
ドーム都市にはロボットやアンドロイドが存在しますが、この話の登場人物は機械など殆どない村に住み、食いっぱぐれた子どもたちは関守となって痩せた土地を耕したり、荒れ地を走り回って獲物を追っかけてます。
「お前らは世の中のことを知らなすぎる、と気づいた。幸い動画が手に入った。世界一危険な道、サイベリア編である。心して学ぶように」
白狐隊の子供たちを集めてのカルフの寺子屋、歴史の時間である。
「サイベリアって何?」とシュン。
「磁気軸反転の前にあった氷原地域である。サイベリアの冬は五ヶ月続く。マイナス30℃などは序の口の、雪と氷の世界なのだ。これからその動画を見せる」
「動画って何?」
「動く写真のようなものである。見ればわかる」
カルフが準備する間、皆は期待に胸を躍らせた。
「トルトリ荒地の道より危険なのかな?」
「山猫や白狐がわんさか出てくるのかも」
とゴローがいうと皆が笑った。
「出てくるのは、狼という鋭い牙を持った動物の群れや野蛮な雪男である」
カルフは白{っぽ}いシーツで作った臨時のスクリーンに、映像を投影して見せた。
おぉ!っと子供たちがどよめく。動く写真など見たことがないのだ。しかし驚きのどよめきはすぐ落胆に変わった。
「何処もかしこも白じゃない。全部、雪?道なんてないよ」とセリカ。
「白い道があるのが見えないのか?白っぽい灰色に見えるのが道だ。どこにだって生き物のいるところに道はできる。獣だって道を作る。獣道というのだ」
皆で目を凝らして見るが、セリカの言う通り一面、ただ白いだけだ。
吹雪なのか、白いもの激しくが画面を横切るので、動いているのがわかるだけだった。
つまんない、と子供たち。
集中時間三分十五秒、平均よりずっと短い。この子たちを教えるなど出来るのだろうか、とカルフは不安を覚えた。
「道と言っても一面の雪じゃ、どこを通ったって変わらないんじゃないの?」
「だからこそ道が必要なのだ。どこを通ってもいいなどと言ったら、どこへ行ってしまうかわからないではないか。一生迷子になってしまう」
「つまり地点Aから地点Bまでの最短、みたいな道かな?」とテンマ。
「最短とは限らない。絶壁を迂回しなかったらレミングのように谷底へ真っ逆さまだ」
スクリーンの映像が変わった。真っ白ではなくなった。
「木が生えている!」
「木くらいは生える。永久凍土と言うわけではない。季節もあるし夏には蚊の人柱ができたという」
「蚊の人柱?」
「磁気軸反転前って、すっごく快適な生活をしてたんじゃないの?」
なんかがっかりだ、と子供たちはため息をついた。
「世界は今よりずっと広かった。陸地が今とは比べ物にならないほどあった。戦争もあり各地の生活水準には大差があった」
「それは、今と変わらないね」
「お前たちの不幸は、快適な生活をしている者たちが直ぐそばにいると知っていることである。
知らぬが仏というのだ。楽な生活をしている者たちがいると知らなければ、厳しい環境に不満を持つことは少ない。比較するものがないから、あるがままに受け入れ、皆、平等に貧しく寄り添って生きることを学ぶのだ」
「知らないほうが幸福だということか?」とテンマ。
「だったらなんで教育なんか受けるのさ?」
そうだ、なんでだと皆が叫ぶ。
「お前らには、新しい知識を得ることに対する情熱はないのか!?」
「ないわけじゃないけど、、あ、吸血鬼の捕まえ方教えてよ。どこにいるとかさ。不死になって、みんなで骨董屋をすることにしたんだ」
「最近の吸血鬼の目撃例は皆無だ」
「え?いないの?」
「吸血鬼は磁気軸反転前の話だ。そんないるかいないかわからないものを追っかけて、時間を無駄に使うな」
「だって、、なんの希望もなかったら毎日辛いだけじゃないか」
と子どもたちは肩を落とす。
「お腹すいた。甘いもの食べたい」
とセリカも哀しそうだ。
「腹が減っているときのほうが、脳は活性化するのだ。記憶力もよくなる。三十分授業に集中したら蜜蜂の巣の在処を教えてやる」
「え? 蜂蜜!?」
皆の目が輝いた。
「糖類は、一時的にヒトを高揚させるがすぐに落ち込ませる。シュガーヒットと言い、コドモは特に影響を受ける。血糖値がいきなり上がるのはオトナでも良くない」
「、、だったら香草入り蜂蜜あめ、作ろう!それを市場で売ればお金にもなるよ」とセリカ。
それはいい考えかもしれないと皆、うなずきあっている。
少しは実現可能な将来のことを考えるようになったのか、とカルフがホッとしたのもつかの間、ゴローは、
「それよりセリカを囮に、吸血鬼をおびき出そう」と言う。
人が集まると、地道に働くことをバカバカしいと思う者がひとりやふたりは必ずいるのだ。
「いるかいないか、わからないってカルフ、言ったばかりだよ」
「探しに行くのは無駄だということだ。だからおびき出すんだ。いれば向こうからやって来る」
「でも、なんで私が!?」
とセリカは不満の意を表明した。
「だって、吸血鬼はバージンが好きなんだって話だもの。セリカは適役だ」
「な、なんでそんなこと決めつけるのさ!?」
皆は何も言わず、セリカの胸を横目で見ている。
「バージン好きなのはユニコーンだって同じだ。私はユニコーンを捕まえるための囮になったほうがいい!」
吸血鬼に血を吸われるなんて痛そうだ。
それに、ただでさえ痩せているのに、血などを吸われたら背は伸びないし胸も大きくならない、とセリカは心配なのだ。
「ユニコーンなんてどうするのさ」
「ユニコーンの角は万病の薬だって聞いたよ。それに手懐けて砂浜で子どもたちを乗せて料金取るとか、キャラバン隊に売ることも出来るよ」
「漢方薬やさんで売ってるよね、ユニコーンの角。すっごく高い」
「あれは偽物だ。というか同名の海の巨大生物の、、角というより牙だな。貴重品だから高いのだ」とカルフ。
「それを言ったら吸血鬼もレアものじゃないのか?見世物小屋に高く売れる」
「吸血鬼は太陽の光を浴びると霧散してしまうのだ」
「えっ!?そんなこと聞いてないよ。昼間は遊べないってこと?」
「昼寝て、夜活動するのだ」
「夜祭に行ける!」
「夜の繁華街を彷徨い歩く!」ゴローは勇んでいった。
「日向ぼっこできない。くる病になっちゃうよ」とこれはシュン。
「だから血を吸うのだ。血にはいろいろな栄養がある」
吸血鬼になるのは、一長一短のようだ。
「吸血鬼になるよりユニコーンを飼ったほうがいいよ」
セリカのイチオシはユニコーンだ。
「飼うって、、何食べるんだ?ユニコーンって?」
「コーンフレーク!」
「エイコーン!」
「いずれにしても草食性だな」
コーンビーフは肉だ、と言おうとしたテンマの声はセリカに掻き消された。
「ほら、やっぱり吸血鬼より飼いやすいよ。毎日、血なんかあげられないもん」
この討論はセリカの理論勝ちである。