カルフ、子供たちの夢を聞く
ときにコメディ、ときにブラックコメディそして風刺、お笑いバカ話などのごちゃ混ぜの、一話読み切りの短編連載集です。
元となった「カルフ」のシリアスなストーリーと、登場人物や彼らの関係は似ていますが、内容的には関係はありません。
「カルフ」を読んでいない方のために一言。
時代背景は、磁気軸反転のためにほとんどの科学的知識を失った近未来、カルフは超レアもののカメムシ型疑似生命体です。
ドーム都市にはロボットやアンドロイドが存在しますが、この話の登場人物は機械など殆どない村に住み、食いっぱぐれた子どもたちは、関守となって痩せたは土地を耕したり、荒れ地を走り回って獲物を追っかけてます。
「シオンに寺子屋を開いて欲しい、と頼まれた。
アタシとしては、年齢も教育の程度も違うお前らに合わせたカリキュラムを作りたいと考えている。
どのようなことに興味があるのか知りたいから、お前らの夢などを聞くことからはじめようと思う」
シオンとミオの立ち会いのもと、カルフは言った。
「夢ならなんでもいいの?」とシュン。
「何でもかまわぬ」
「だったら僕、チョコレートのタコになりたい」
皆、目を丸くしてシュンを見た。
「人間はチョコレートにもタコにもなれないよ」とテンマ。
「だって、夢ならなんでもいいってカルフ言ったもの」
「お前は、ハナからユニークな子だと思ってはいた。夢と言ってもそういう超現実的な夢を聞いているわけではない。だが、好奇心から聞く。そのココロは何だ?」
「僕、チョコレート大好きだし、争うの嫌いだ。海の片隅で自分の手足を食べて、のんびり生きるんだ」
「怠惰の極みのようなユメだな。だがテンマが言う通り、人間はタコにはなれぬ。大きくなったら何になりたい、と聞き方を変えることにする」
「大きくなれるなら僕、タイタンになる!皆を踏み潰し、子どもたちを鷲掴みにして頭から食べるんだ」
「争いごとは嫌いだと今、言ったばかりではないか?」
「争わないもん。踏み潰すだけだ」
皆の目はますます大きく丸くなった。
小さくおとなしいシュンの心の底がうかがえるような発言に、それぞれに不気味なものを感じたのだ。
カルフは、深いため息をついた。
「他の者たちは、将来何になりたいという夢はあるのだろうな?」
「金持ち!」
「私も!」
ああぁぁ、、再びカルフはため息。
「金持ちになりたいというのはいいが、どういうふうに金持ちになるのだ、と聞いておるのだ。具体的、現実的な夢を持っている者はいないのか?」
この言葉に皆、沈黙してしまった。しばらくして、
「お嫁さん」
と小さな遠慮がちな声がした。
聞き慣れない声に皆が振り向くと、それはミオであった。
消え入りそうなその声は、いつもはっきりした口調の彼女のものとは思えなかった。
「ミオはまだ、イッセイを諦めてないの?」とシオン。
「自分の兄を悪くは言いたくないけど、あの男はすっごく飽きっぽいよ。頭が良すぎて努力せずに適当に何でも出来るから、一つのことを極められない。一攫千金を夢見て、博打などに手を出すかもしれない。
一時的に金持ちになっても、女におだてられてぱっと派手に使って貧乏で終わる。
ミオは家で細々と縫い物をして暮らしを立てる羽目になる」
「自分の兄を悪くは言いたくないとか言って、随分言ってるじゃないか」
「黙れ、ゴロー!アイツのことは私が一番良く知っている。
ミオ、心して聞け!
あいつは好きモノなんだ。子供ばかり増えて、借金取りに追われて家族九人で夜逃げすることになる。
、、いや、アイツのことだから借金嫌って一人でトンズラだろうな。
ミオや子供は借金のかたに臓器商人に狙われて、一生逃げ回って暮らすことになるんだよ。彼は、夫としては最低だ」
シオンの想像によると、ミオにはなんともネガティブな将来が待っているようだ。
「別にお金持ちになるために彼と結婚したいわけじゃあないの。二人で助け合って、人並みの暮らしが出来るようになればいいわ。
でも、私がそばにいなければ、シオンの言う通り酒や博打で身をもち崩してしまうと思うの。無責任な役立たずになって、最後は野たれ死にだわ」
そんなのいや、可哀想すぎるとミオは白い肌をピンクに染めて首をふる。耳までピンク色だ。
「無責任な役立たずと知っていて、それでも添い遂げるつもりなの?」
「まだなっていないと思うわ!今ならまだ間に合うかもしれない。私たち、若いんだもの!」
皆がこの話の行き着く先は何だ、とギラギラと目を輝かせて聞き耳を立てているのに気づいて、カルフはミオが少し可哀想になった。
「そう言うシオンの夢は何だ?」と話をそらす。
「私? 私は、私の子供を生んでくれる男を探す!」
はあ?っと皆は驚き、、というよりあっけにとられて、息を飲んだ。
「あの、シオン、男は子供を産めないよ」と遠慮がちにゴロー。
「ドーム都市では、疑似生命パーツが開発されている。疑似子宮を移植して男も子供を産めるようになった、と聞く」
「そ、それは、、ただの噂じゃないのか?」
どこから産むのさ、と男の子たちはその可能性に頭が混乱している。
「私は今の生活に満足している。子供は欲しくない訳では無いけど、身重の関守隊長など近隣の関守やキャラバン隊に侮られる。私が稼ぐ間、私の夫は家で子を産み子守をするのだ!」
ディストピアの子供たちの夢は、どうもシュールレアリスムになるようだ。
「セリカ姫にも夢はあるのであろうな?」
心根の優しいセリカには普通の夢があるだろう、とカルフは儚い希望を抱きながら聞いた。
「キャンディー屋さん!」
理由は聞かなくてもわかった。甘いものが好きだからだ。
案の定、彼女は、
「きれいな甘いものに囲まれて暮らしたい」と言った。そして、
「それより、カルフのユメはなに?なりたいものあるの?私に何になって欲しいの?」
「アタシはアタシのままでいいが、アタシはセリカ様のお目付け役なのだ。だから姫様を立派に育てたい。姫様が、幸せに暮らせるようになるというのが、アタシの夢だ。」
涙がちょちょ切れるような、非利己的なカルフの夢。セリカは頭が下がる思いだ。しかしこれは少し抽象的すぎる。
「立派に育つって、どういうふうに育つのがいいの?」
「それは姫様が何を幸せに思うか、で答えが変わってくるが、アタシの希望は、姫様が自分の人生に満足して日々を送る、というものだ。
好きな男と結婚して子をもうける、というのは生命体としての任務を遂行した成功例であり満足できるであろう。
セリカ姫の場合は、美味しいお菓子を売って、人々の嬉しそうな顔を見て満足するかもしれない。
なにが姫様のためになるのかはアタシには答えは出せない。ともかくセリカ姫の幸せな姿を見たいのだ」
なんと優しい言葉なのであろうか?セリカにそのようなことを言ってくれるものは今までなかった。
なんとか頑張りたいとは思うが、そうなるまでにどのくらいの時間がかかるのだろうか?セリカにはわからない。
「見たいって、、カルフはどのくらい生きられるの?」
虫の命は短いのだ。
「アタシは、環境が存在に不適切になると停止する。体の一部が欠損しても、再生機能が残っている限り条件が整えば元のアタシに戻るのだ。もちろん大破してしまえば一巻の終わり。そして記憶の再生は疑似神経嚢の破損の程度で決まる」
ええっ!と皆は驚嘆の声を上げた。
「永遠に生きるの?」
「永遠ではない。約七百年、と考えている」
「永遠って七百年なの?」
「否。これは昔、存在していた生物、、吸血鬼を基準に計算したものである。つまり、老化せず病死もしない、死ぬのは偶発的大事故やニンゲンに発見されて頭をちょん切られるとか、心臓に杭を打ち込まれた場合、ということを想定し割り出した年数である」
「人間は吸血鬼になれるの?」とシュン。
「彼らに血を吸われるとなる」
「だったら僕、吸血鬼になる。そんでもってアンティークディーラーになってお金稼ぐ」
「アンティークディーラー?骨董品屋?なんで?」
「磁気軸反転前にどこでも売ってたプラスチックのゲーム機は、今は元の値段の何百倍だって機械屋のじっちゃんが言ってたよ」
「お前は、なかなか読みが深いな。そのような長期的展望があるとは、お上もお前を見習うべきである」
「シュン、勘定奉行になったら?」
「人に嫌われるから嫌だ」
「ヒトを踏み潰して頭から食おうと言うヤツには、適してると思うよ」
「死なないのなら危険なことして、金稼ぐっていう手もあるな」
「冒険家!」
「カッコいい!」
「そういうことなら、吸血鬼を捕まえる方法を考えよう」
ゴローを中心に皆、集まって熱心に討議している。
これほど熱心な子どもたちの姿を見たことは、カルフは今までなかった。
想像していた模範クラスとは違うが、多分、これも喜ぶべきことなのだろう、とカルフは納得した。