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この復讐は、正義だ  作者: 安達ちなお
5章 魔法使いへの復讐、魔王からの復讐

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ペイライエウス邸事件 中編

 メイプルの居室に踏み込んだとき、サンの目に飛び込んできたのは対峙する二人の麗人だった。細剣を構え黒豹のごとく殺気を放つロクサーヌと、炎を纏い今にも魔法を行使せんとするメイプルだ。


「ロクサーヌ!」


 サンが駆け寄ると、ロクサーヌは大きな目をさらに見開いて叫んだ。


「あ、あ、あ、アレクサンドラっ!」


 細剣を放り出して、力いっぱいにサンを抱きしめてくる。


「生きていたのね。ああ、よかった。てっきりあの下種女の汚らしい策略でひどい目にあったのだとばっかり……」


 サンが生きていることを確認するかのように手を握ると、やさしく頬を撫でてくる。その優しく柔らかい手つきに、心からの親愛の情が感じられた。

 自分のことを想って命を懸けて行動し、無事が分かれば涙を流してくれる友人がいる。その事実にサンの胸にはじんわりとしたものが広がる。ロクサーヌをしっかりと抱きしめて、落ち着かせるように背中を撫でた。


「大丈夫だよ。けっこう酷い目には遭ったんだけど、ちゃんと生きてるよ」


「……ああ、本当によかった……」


 涙ぐんだロクサーヌは、サンの髪を撫で、顔の輪郭をなぞるように指先を動かしている。次第に朦朧とした目つきになり、上気した顔でサンの首元をなぞり、顎に指をかけて持ち上げると顔を近づけてきた。


「お? しっかりしてよ。幻惑系の魔法でもかけられたの?」


 ロクサーヌの頬を叩くと、きめ細やかな白い肌がぺちぺちと鳴る。紅潮していた顔に冷静さが戻ってくる。「え、おあずけ?」とつぶやくロクサーヌは無視してメイプルを見ると、敵はサンの登場に言葉を失っていた。


 今まさに放たんとしていた爆炎系魔法を中空に散らすと、しばらくの間、まじまじとサンの姿を見つめたのちに、何かを察したように鋭い目つきで執事を睨んだ。人を殺しかねないほどに鋭い視線を向けられた執事は、諦めたように黙って下を向いている。


「……そう。お前、生きていたのね?」


 メイプルが絞り出すように言葉をこぼした。それに応えたのは、遅れてゆっくりと入室してきたニレハだった。


「ええ、私が保護いたしましたから」


 手には細長い雅な花柄の布袋を持っているが、中にあるのは刀だろう。鞘袋の紐の結び目を指で撫でながら、楚々と笑った。


「サツマ・ニレハと申します。以後お見知りおき、よろしくお願いいたします」


「……我がプルケラ家へようこそ、サツマ藩王国の王女様。それで、どのようなご用件でございましょう? まさかロクサーヌお嬢様と同じように兵でも連れ込んで、このメイプルに冤罪の濡れ衣を被せ、あげく武力で恫喝しようというお考えでいらっしゃいますか?」


 メイプルの手元で再びパチリと炎がはじける。臨戦態勢の勇者が放つ威圧感に、サンの背筋に冷たい汗が流れる。目の前の人物は、その気になれば容易く人を殺すことが出来る。気分次第で大量の破壊と殺戮をまき散らすことが、可能なのだ。その危険は、獅子や熊などの猛獣すら比較の対象にならない。死神が明確な敵意を抱いて睨んでいるのだ。

 だが、ニレハは動じることなく微笑みで受け流した。


「誤解があるようですね。私は、メイプルさんの味方ですよ」


「え?」


 メイプルが虚を突かれたように驚きの声を上げると、その周りを滞留していた炎が霧散した。


「さすがの私でも、ロクサーヌさんのお転婆は――郎党を引き連れての強談は堪忍なりません。殴るなら殴る、話すなら話す。サツマでも強さで意見を押し通すことはありますけれど、住み分けははっきりさせないといけないわ」


 ニレハは、可愛らしくぷうと頬を膨らませる。


「まあ、そういうわけでして、ロクサーヌさんの乱暴狼藉を排除するという点においては、メイプルさんに助力します」


「それは、ありがたいことですわ。では、お味方になってをいただけると信じてもよろしいのですか?」


 メイプルがすかさず飛びついた。サンと共に現れたからには、きっとサンらに味方する立場だと思っていたのだろう。しかし味方に引き込めそうな気配があるのだから、機会を逃しはしないだろう。


「ええ、嘘じゃございませんよ。その証拠に、今しがた、全員を叩きのめしました」


 ニレハが「御覧なさい」と指す窓の外では、先ほどまで確かに立っていたイオニアの兵たちが地面に転がっていた。武器を持った屈強な男たちには、さしたる抵抗をした様子もない。「ちょっと気合を入れれば息を吹き返しますので、ご安心を」と笑うニレハを見て、メイプルが目を見張った。


「あれをニレハ王女殿下が?」


「ええ。私、腕っぷしには少々自身がありますので。さて、邪魔な有象無象はいなくなりましたので、あとはお三方でお話し合いをご存分にどうぞ」


 そう言ってニレハは壁際に下がると、置いてあった椅子に腰を掛けた。隣で息を潜めていたドンナーが「ひぇ」と小さく悲鳴を上げてさらに縮こまっている。


「事の決着に武を用いぬのであれば、公平かつ公正に検分します。だって殴り合いになったら勇者が断然に有利でしょう? 私も本当はそういうのが好みだけど、でもやっぱりどちらに正義があるのかはっきりさせることが大事だと思います」


 これにロクサーヌがいち早く答えた。


「ニレハ様の仰ることは、確かに筋が通っております。このロクサーヌの過ちを正していただきましたこと、感謝申し上げます」


 武力で押し通すことが是とされる状況では、勇者であるメイプルが圧倒的に有利だ。そしてロクサーヌの暴挙によって、その窮状は出来上がりつつあった。それをニレハはひっくり返してくれたのだ。そして激していたロクサーヌも冷静になった。


 普段は理知的なロクサーヌの暴挙の理由は、うぬぼれでなければきっと自分だろう。友人であるサンの身を案じて行動してくれたのだ。その温かな友情は、涙がこみ上げるほどうれしかった。

 そしてサンのために知恵を絞り、剣を振るってくれたニレハには、感謝しかない。

 ここまで来たら、二人の想いに応えないわけにはいかない。


(やるっきゃない!)


 サンは覚悟を決めた。

 戦う。論戦の果てにメイプルの悪事を追及して禍根を断たなければ、ロクサーヌとサンに平穏は訪れない。


 部屋の中央には、サンとロクサーヌ、そしてメイプルが残されていた。最初に口を開いたのはロクサーヌだった。


「お前が“連れてこられるのなら連れて来い”とうそぶいたアレクサンドラが、来たわね」


 対話たたかいが始まった。


「召使サンと名乗ってはいたけれど、その正体は四大貴族が筆頭、ペイライエウス家の唯一の相続人であるアレクサンドラであることは、揺るぎない事実よ。サンが死んだと主張したからには、どうせお前は邪魔に思ったアレクサンドラを殺そうとしたのでしょう?」


 詰問しながらロクサーヌがこちらをちらりと見たので、サンは肯定の意を込めてこくこくとうなずいた。だがメイプルは何のためらいもなく嘘を吐く。


「いやですわ。殺すだなんて、そんな恐ろしいこと、まったく企んでおりませんわよ。証明できます? 変な言いがかりをつけると高等法院に訴えますわよ?」


 ここだ。

 サンは覚悟を決めて前に出た。


「もちろん証明は、出来ます! そうですよね、執事さん?」


 呼びかけると、部屋の隅に控えていた執事が顔を上げた。


「執事さんは、メイプル様から私の殺害を指示された。でも、私を殺した風に偽装して、逃がしてくれた。もし私が生きているとばれたら、どんな恐ろしい目に遭うかも分からない。それでも助けてくれたんですよね?」


 執事による正義の告発を期待した抱いたサンだったが、目論見は儚く消えた。生気の無い目で執事がぼそりとつぶやいた。


「その件に関しては、何もお話しすることはありません」


「執事さん?!」


 彼は、その身命をメイプル様に捧げていると言っていた。この期に及んでも、メイプルの不利には加担できないのだろうか。戸惑いと不安に、サンは声が震えてしまった。


「あの、執事さん、逃げろと言って助けてくれたことは本当に感謝しています。でも、今は逃げちゃダメな時なんです、戦わなきゃいけないんです」


「もしあの下種女からの報復を恐れているというのなら、気にする必要は無いわ。私が――イオニア家が、必ず守って見せるから」


 重ねるようにロクサーヌが力強く言い切るも、執事の答えはそっけないものだった。


「何もお話しすることはありません」


 繰り返された拒絶に、メイプルが哄笑する。


「それでこそ我が執事だわ」


 勝利の確信に満ちた力強い声音だった。


「この絶対の忠誠こそ、主従の信頼の証よ。さあ、あのご令嬢たちに言って差し上げなさい。このメイプルが悪事を企んだことなど一度も無いと。サンを殺すだなんて、露ほども考えたことは無いと」


 だが執事は、再び生気の無い声で言った。


「……何もお話しすることはありません」


「なに? どういうこと?」


 今度はメイプルが戸惑った声を上げる。


「サン嬢を殺害するよう指示を受けたかどうか、肯定も否定もいたしません」


 サンたちが見守る中、執事は訥々と語り始めた。


「……メイプル様には、お返しの出来ぬ程に大きな恩を抱いております。その非を追及することなどは、到底できません。ですが……私にも、罪悪感があります……!」


 執事の声が、かすれる。悲しみなのか怒りなのか、その感情は複雑で読み取れない。ただ、彼の苦痛は伝わって来る。


「サン嬢に何もなかったとは、言えません。言えるはずがありません。ですので、私は一切を沈黙します。すべて、お任せいたします……」


 今度はロクサーヌが笑う番だった。


「嘘をつきたくないけれど、真実を話せば主人であるメイプルの不利に働く。だから沈黙を保つのね? ならば、そうすればいいわ。いざ裁判になったら沈黙は不利に働くから。自己に不利益なことは話さずに良いなんてこと、ないのよ」


 正義を為さぬは、すなわち不正義なり。この論法を用いればメイプルに罪人の印象を被せていける。そんなことをロクサーヌが饒舌に語ると、メイプルは反比例するように笑みを消した。


「そうですわね。この男の存在が、私の弱点になるということですわね。教えていただき感謝申し上げますわ、ロクサーヌ様」


 その口ぶりに、サンは気づいた。


「ロクサーヌ。執事さん、きっと殺されちゃう」


「そうね。でも不自然な時期に、不自然に死んだり失踪したりすれば、それもこちらの材料になるわ。帝都高等法院にはイオニア家の者もいる。評議員もみんな知り合いよ。根回しすればプルケラ家を取り潰せるわ」


「違うの!」


「え?」


 思わず大きな声を出してしまった。でも、人の命がかかっていることだ。大貴族であれば、人の生死すら政局を動かす道具にするのかもしれない。だけどサンにとって、命はそんなに軽いものじゃない。

 たった一つしかない、かけがえのないものだ。


「執事さんは私の命の恩人なの」


「アレクサンドラを否定したくはないんだけど、それって自分の立場をわきまえない恥さらしな考えだわ。情にほだされるなんて、平民ならばともかく、四大貴族にとってはあるまじきことよ」


 冷たい言い方にも聞こえるが、それもまた事実だ。為政者や領主、家長ならば、隷下の者を庇護する義務がある。そのためには時には冷酷な判断を迫られることもある。その決断を出来る者でなければ、上に立つことはできない。

 ロクサーヌはそれが出来る。


「こうなったらどう転んでも、あの女は執事を必ず殺すはずよ。生かしておけば幻惑系の魔法で自白させられることもあるでしょうからね。だからこそ、こちらはその死を効果的に使うべきなのよ」


「でもそれじゃあ、執事さんが……」


「アレクサンドラの優しさはとても尊いものだと思うけど、身の程をわきまえた広い視野での判断をしてもらいたいわ。貴族には、貴族として振る舞う義務があるの。怜悧冷徹な思考の末に、最大の果実を得る行動を選択する責務があるの」


 考え方が、根本から違う。もちろんロクサーヌの言いたいことは分かっている。ロクサーヌも、サンの言い分を理解しているはずだ。それでも譲れぬほどに、互いの理屈は違うのだ。


 こうなったら、仕方がない。

 サンはいよいよ覚悟を決めた。こうすれば事態が動くと、サンの勘が囁いている。いや、確信にも近い。でもそれをしてしまっては――とっても恥ずかしいことだし、何より卑怯だ――それに手を染めてしまっていいのだろうか。悩みとためらいはある。


 でも、命の恩人を助けるのに、自分の尊厳など気にしていられない。

 サンはロクサーヌの手を掴んで胸元に引き寄せると、両の手のひらでしっかりと握りしめた。そしてロクサーヌの目をじっと見つめる。


 友情、信頼、尊敬、愛情。全ての感情を乗せて口を開いた。


「お願い、ロクサーヌ。助けて」


「わかったわ」


 ころっ。

 ロクサーヌの口は、情報が脳を経由することなく動いていた。


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