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この復讐は、正義だ  作者: 安達ちなお
5章 魔法使いへの復讐、魔王からの復讐

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ペイライエウス邸事件 前編

 魔法使いの勇者メイプル・ハニートーストは、日の出とともに起床すると、まずは紅茶を飲みながら新聞を読む。欠かさずに続ける毎朝の日課だ。


 帝都で手に入る新聞と言えば、帝都やその周辺の最近の情報をまとめた日刊紙「帝都の報せ」くらいだが、これに加えて地方の主要都市で不定期に発行される瓦版なども取り寄せているので、毎朝、五紙から六紙ほどに目を通すことになる。購読と収集にかかる費用は、召使五人分の給金を上回る。手間や時間だけでなく費用も大きな負担だ。


 だが、惜しまない。情報は必須の武器だ。素手で戦場に立つ愚者になるつもりはない。この手間と費用を惜しんでいては、帝都の社交界でのし上がることなどできないと確信している。

 そして朝食と前後して服を選ぶ。衣装はその日の予定によって全く変わる。イオニア家や皇城の居室サロンを訪れるとなれば派手に着飾るし、書類仕事に精を出す日ならば、ゆったりとした着丈で袖が締まった筆記向けの服を選ぶ。


 今日は幾人かの来客を予定しているので、レースを多く使った豪華な服を選んだ。財力の誇示、美的感覚の自慢、流行に敏感であることへの誇り。それらを託して纏う甲冑なのだ。


「最初のお客人は、ロムレス王国の商業都市トナリから来訪した商人のオーギュストです」


 執事の説明を受けながら、入室するなり満面の笑顔を作った客を値踏みする。

 気障っぽく髪を後ろに撫でつけた若い男だ。そしてメイプルの強さと美しさを褒め称えつつ、自前の商品目録を手に売り込みを始める。


「当市の牛は肉質が良いと評判で、そのうえ健康で頑丈です。百頭や二百頭程度であれば、すぐにご用意いたします。他にも葡萄酒は最高級。小麦の収量が豊富ですので、無尽蔵に供給できます。いかがでしょうか」


「土地を手に入れたから、牧場を広げようと思っていたのよね。稼ぐには牛が一番だし、安ければ買おうかしら。小麦はやめておくわ。輸入に頼ると怖いから」


「さすが勇者様、卓抜した見識でいらっしゃいます。では牛の方でお見積もりを……」


 商人は、商機を逃すまいと急いで退出していった。

 次に入ってきたのは小太りの官僚だ。


「いやはや、いつもお世話になっております。徴税官マルメッタでございます。早速ではございますが、引退騎士組合の南方支部が今期の税の延納を主張しておりまして……」


 額の汗をぬぐいながら、心底困っているように眉を寄せる。徴税官と言えば、徴税権を購入して税を集め、差額で儲けを出す官職だ。滞納があれば、当然赤字になる。


(他人の窮地は、自分の好機……なのよね)


 メイプルは内心でほくそ笑んだ。


「最近は戦争続きだから、組合も大変なんだわ。きっと年金や遺族補償にお金がかかっているんでしょうけど……いいわよ、口を利いてあげる。支部長と理事には、先の魔王戦役でたっぷり恩を売っているの」


 助力を確約すると、徴税官の顔が明るくなる。


「あ、ありがとうございます。本当に助かります。このご恩は必ずお返しいたします。それと魔導士組合も同様に滞納が……」

「そっちは駄目。来期は私が役員に昇格する予定なの」

「あ、そ、それは失礼いたしました……」


 ピシャリとはねのけられて、再び消沈する。


「ところで領地の経営はいかがかしら?」

「は。おかげさまで豊作でして、葡萄酒の評判が上々でございます」

「あら、そうなの。ちょっとまだ私は飲んでいないので、ぜひまた、折をみてよろしくお願いしますわ」

「は、はい。すぐに手配いたします」


 メイプルが笑いながら強請ねだると、平身低頭の徴税官はそそくさと出て行った。

 次に入ってきた客を見て、メイプルは眉をひん曲げた。


「や、プルケラ夫人。お元気?」


 部屋に入るなり気さくに声をかけてきたのは、心の宿敵ドンナー・メギンギョルズだ。メイプルより年上だというのに、相変わらず露出の多いドレスを着ている。


「ごきげんよう、メギンギョルズ夫人。お帰りはあちらですわよ」

「あによ、来たばっかりじゃないの。せっかく皇城から良い知らせを持ってきてあげたのに」


 ドンナーは邪険な扱いも気にせず勝手に椅子に腰を下ろすと、寛ぐように足を組んだ。


「そういえばあんた、今はララ皇女の女官長だっけ? 前はユユ皇女の侍女だったし、よく皇城に出入りしてるじゃない。大した出自でもないのに、上手いことやってるわね」

「私、スッラ長官と仲が良いのよね。もちろん、おこちゃまのメイプルには分からない方法よ」


 左の人差し指と親指で輪を作り、右の中指を出し入れしている。


「で? 報せってなに?」

「勅命でイオス王国へ使節団を送ることになったの。メイプルが護衛に選ばれる予定だそうよ。今から外国旅行の準備をしておいた方がいいんじゃない?」

「へえ」


 確かに良い報せだった。明らかに陰謀と政略の気配が漂う使節である。目的と結果によっては、世界の趨勢すら左右することになるかもしれない。そんな場に居合わせることが出来るというのだ。この上なく名誉欲を刺激される。そして手柄を挙げる好機でもある。


「勇者が護衛するっていうのは陛下の下命らしいのよね。正使の選定はイオニア家に一任されたらしいから、まだ分からないんだけど」

「あら、それは危なかったわ」


「ん? 何が?」

「なんでもないわよ」


 先日、イオニア家の令嬢ロクサーヌから「アレクサンドラ・サロニコス・ペイライエウスをイオニア家に寄こすように」との手紙が来たていた。「そのような名の者は、当家に在籍していない」と韜晦をしたところ今度は「マルケラ・プルケラの侍女サンをイオニア家に寄こすように」と連絡をしてきたのだ。

 そんな執拗な要請に「サンという名の召使は、死にました」と返事を出したのは今朝のことだった。


 ――やっぱり、排除しておいてよかったわ。


 きっとサンを使節団に参加させて実績を作り、ペイライエウス家の復興の道筋をつけるつもりだったのだろう。そしてサンを道具として、かつてペイライエウス家が持っていた特権を取り戻そうと蠢動するのだ。そうなればメイプルが得た権益の一部は、奪い返されていたかもしれない。

 だが、すんでのところでサンの排除に成功した。あとはサンがペイライエウス家の者であったとは知らなかったと、しらを切り続ければ良い。


 今回の暗闘は、プルケラ家の勝ちだ。

 その確信に、思わず笑みがこぼれる。


「常に努力を怠らないのが、優れた貴族なのよ。ドンナーも私を見習ったらどう?」

「何を言ってんのか分からないけど、マルケラと違ってあたしは上昇志向とか無いから。細く長く楽しい人生なら、それで良いのよ。生きているだけで偉いの。優勝なの」


「そんな腐った根性なら、生きている価値は無いでしょ? ぜんぜん偉くないし、死んだ方がいいわよ」

「えっ。とっても悲しい……」


 しょぼんとするドンナーを肴に紅茶をすすっていると、遠くにざわめきが聞こえた。怒鳴るような声と荒い足音は、どんどんと近づいて来ると、扉の外で止まった。何やら騒がしく言い合いをしている。


「うるさいわね」

「見てまいります」


 不機嫌さが伝わる様に呟くと執事がすぐに様子を見に行った。が、すぐに慌てた様子で戻ってきた。


「イオニア家のご令嬢がいらっしゃっております。……少々、興奮していらっしゃるようで……」


 執事が報告を終える前に、扉が勢い良く開かれた。

 ロクサーヌだ。


 その手には鞘に収まった細剣がある。自信に満ちた足取りで歩み寄ると、メイプルの前に立ち優雅に口を開いた。


「ごきげんよう、マルケラ・プルケラ夫人」


 聞く者が聞けば分かる。流麗な声音には、激した感情が含まれている。

 見る者が見れば、一目瞭然だ。笑顔の下には、間違いなく憤怒の炎が燃え盛っている。


 四大貴族家たるイオニア家の長女が、臨戦態勢で突如現れたのだ。

 修羅場に関しては百戦錬磨のドンナーは、既に部屋の隅へと遠ざかって小さく縮こまり、部外者を装っている。当然だ。鼠は猫を避けて通るし、聖人は高利貸し屋に足を踏み入れない。貴族ならば、自分より力ある貴族の怒りには触れないのが鉄則だ。それが生き残る術である。

 だがメイプルは正面から向かい合った。


 ――来たわね。どうせサンの事でしょうけど、こちらに落ち度は作っていない。むしろ弱みを掴んでやるわ。


 何の瑕疵もないメイプルに対してロクサーヌが難癖をつけてきた。そういう構図に出来れば、イオニア家から譲歩を引き出せる。社交これはそういう戦いなのだ。


「おはようございます、ロクサーヌお嬢様。突然のお越しには驚きましたが、歓迎させていただきますわ」


 急な来訪は無礼だろうと咎めることで、先制攻撃を入れる。そんな意図で発した言葉は、ロクサーヌの冷笑に打ち消された。そして令嬢の返す刀は、さらに鋭かった。


「このロクサーヌ・バクトリアーナ・イオニアが立っているというのに、お前は椅子に座っている。一体、何者のつもりかしら?」

「……これは失礼しました」


 先手を打ったつもりが、機先を制された。慌てて目くばせをすると、執事が素早く椅子を持って来る。肘掛けと綿詰めの付いた最高級品だ。ロクサーヌは当然のように腰かけるとメイプルを見据えた。


「アレクサンドラをどうした?」

「あら、急に何をおっしゃるので……」


「アレクサンドラに何をした?」

「……何をおっしゃっているのか、さっぱりですわね」


 有無を言わさぬ斬りこみに、わずかにたじろぐ。だが、幾度も死線を潜り抜けたメイプルの不屈の精神は、この程度で追い詰められたりはしない。命を懸けた戦いを生き抜いてきたのだ。口先だけでしのげる状況など、危地に入らない。


「もしかして、先日来のお手紙でのやり取りのお話をされていらっしゃいますか? でしたら既にご説明のとおり、召使のサンであればともかく、アレクサンドラ嬢については何も存じ上げておりませんわ」


 自分の出世と保身のために、堂々と胸を張って嘘を吐く。そこに何のためらいもない。


「言葉遊びはおしまいよ。サンという名の召使の正体は、アレクサンドラ・サロニコス・ペイライエウス。四大貴族の筆頭であるペイライエウス家の直系にして、誰もが目を奪われる気品と美貌の持ち主。女神のような存在。それは、あなたも見て知っているでしょう」

「ああ……そういえば先日の夜会に正体不明の令嬢が現れて、その後忽然と消えたという噂が立っていますわね。まさかそれが我が家の召使であるサンだと? 御冗談を、ウフフ」


 メイプルは韜晦を選んだ。のらりくらりと躱しているだけで勝てる簡単な勝負なのだから。


「誤魔化そうっていうの? もしアレクサンドラの身に何かあれば、その責任を徹底的に追及するわよ」

「責任と言われましても、私は召使サン以外については一切を存じ上げておりませんわ。当然、責任などあるはずも……」


「アレクサンドラの身について、何の責任もないと?」

「ええ、そのとおりです。そもそも、雇用契約書にはアレクサンドラ・サロニコス・ペイライエウス名はございません。出自も定かならぬサンです。明文化されていない事情を忖度するのではなく、書面の内容をそのまま受け取るべきではないでしょうか?」

「……っ!」


 ロクサーヌは、もはや殺意のこもった眼でこちらを睨んでいる。それを冷笑で受け流して続けた。


「不幸な勘違いがありましたが、解消されたのならば幸いでございますわ。それにしても困りましたわね。私の潔白が証明されたとしても、あらぬ疑いをかけられて大変恐ろしい思いをしました。名誉も失墜してしまいましたわ。この補償は……」

「補償も何も、その前にアレクサンドラはどこに……!?」

「ですから、サンとアレクサンドラは別人です。もしどうしても同一人物だと主張されたいのならば、当人を連れて来てはいかがですか?」


 出来るはずもないだろう。そんな内心を、ロクサーヌは読み取ったようだ。顔色が変わった。


「お前、アレクサンドラを殺したか?」


 ロクサーヌは激発した。細剣を抜き放つと、切っ先を床に突き立てた。


「アレクサンドラに何をした?! まさか、本当に手にかけていたとしたら……あの身にわずかな傷でもつけていたら……許さない!」


 細い刃が放つ鋭利な光に、部屋の隅でドンナーが「ひぇっ」と小さく悲鳴を上げた。


「もちろんこれだけじゃないわよ。この屋敷は既に包囲しているわ!」


 メイプルが目くばせすると、執事が窓に歩み寄り、窓かけの麻布をさっと引いた。屋敷の外に武装した男たちが見える。イオニア家の私兵だろう。広大なペイライエウス邸を包囲したということは十や二十程度ではないはずだ。

 メイプル笑った。いざ戦いとなったとしても、あの程度は物の数ではない。


「誤解とはいえ、あらぬ疑いをかけられ、刃を向けられている。これはもう、実力行使をしても仕方ありませんわね」


 イオニア家から身に覚えのない罪を追及され私兵に襲われたが、これを撃退して潔白を証明した。この物語を成立させることが出来れば、さらなる飛躍につながるだろう。

 人々はメイプルの勇気と正義を誉めたてるはずだ。社交界での地位はさらに高まり、政治的な立場は強化される。


 そしてイオニア家から謝罪と賠償を引き出す。金でも土地でも利権でもいい。出来得れば、ロクサーヌとレオンナトスの婚姻を成立させたい。当主であるニカルノの長子であるロクサーヌを手に入れれば、レオンナトスの将来が開ける。うまく立ち回ればイオニア家を手に入れることさえ出来るかもしれない。


「恐縮ではございますが、このメイプル・ハニートーストの魔法でお相手を務めさせていただきますわ」


 口の端を持ち上げたメイプルは、魔法を発動した。


 この日の出来事は、後世、ペイライエウス邸事件として人々の記憶に刻まれることとなる。様々な側面を持つこの事件をプルケラ家の立場から俯瞰したとき、イオニア家との婚姻関係の形成に成功したことから、のちの栄達の端緒として見ることが出来る。

 そしてロクサーヌ・バクトリアーナ・イオニア個人の視点に立つと、予期せぬ相手との縁組をせねばならなかったことから、激甚なる屈辱を味わった事件である。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  なるほど、結果的に単純な武力がものを言う状況になったなら、最高位の貴族でもかなわない。ってところですかね?  まあ確かに、勇者ってのはそういう存在だったか。
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