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この復讐は、正義だ  作者: 安達ちなお
5章 魔法使いへの復讐、魔王からの復讐

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同棲と南国旅行と金髪美少女の死体⑥

「タイタス・ネメアー将軍からお手紙が来ているわ」


 早朝から自室で書簡を整理するニレハに従って、サンがペンとインクを手に奮闘していると、一葉の手紙が差し出された。針鼠の紋章が装飾された豪華な羊皮紙だ。表には生真面目な文字が並んでいる。


「先日のお礼ですね。なになに――鋭敏にして聡明な王女殿下に、心からの親愛を捧げるものです。以後、ネメアー家はサツマ家と不断の絆で結ばれたく、一層の友情をはぐくみ――これはネメアー家からの同盟申込みと同義ですね。さすがニレハ様です」


「ううん。あなたのお陰よ、アレクサンドラ。細やかな気遣いと、それを実現するための伝統や作法の知識があればこそ、タイタス将軍のような誠実な方の心を掴めるんだわ」


 サンがニレハと共に過ごした数日のうちに、サツマ家は次々と友好的な貴族家を獲得している。それもこれも、帝国貴族の伝統と作法に精通しているサンの助けがあってこそだった。ニレハの要望の叶う貴族家を選別し、それぞれ対して技巧を凝らして友好の意思を示し、盟を結んでいるのだ。


「あら? ネメアー家からもう一通来ているわね。えっと――ニレハ様、あなたは一凛の花のようだ。その美しさに僕の心はかき乱され、普遍性を失っていく。しかしこれこそが不変の愛の第一歩であり――あら、これって……」


「ああ、タイタス将軍の従兄弟のナルサーフ様からですね。これは私が対応しておきます」


 あとで燃やして捨てよう。


 ただの艶書となると、枚挙に暇がない。貴族の方々と交際をしていくと、サツマ家の味方が増えると同時にニレハ個人を崇拝する男たちが出てきた。無理からぬこととはいえ、相手にしていてはきりがない。

 大抵はどうでもいい人物からの手紙なので助かっている。要人であれば取り繕った返書も必要になるかもしれないが、そうでなければごみとして処理するだけで足りる。


 そもそもニレハが取り込みたがる勢力や人物には、誠実で実力派の人間が多い。伝統や家格では選んでいない。必然、そういう人々は自制が効くから、もし懸想していたとしても軽率な恋文などは送ってこない。


 その点、タイタスとナルサーフの反応は、典型的な例だ。手を組みたい相手からは実直で快い連絡が届き、珍妙な手紙となると与する必要のない相手から送られてくる。


 そして不埒な恋文だが、厳密にいうならば無礼な振る舞いに当たる。手紙を受けた側からすると、大して傷つかないけど、かなり侮辱的だと捉え得る行為なのだ。けれど、幸いなことにニレハは軽い不正や滑稽な行いならば見逃す傾向にあるので大事には至っていない。


「ネメアー将軍家と懇意にできれば、とっても大きいですよ」


 ネメアー家は、詭弁家や策略家が跋扈する帝都の社交界でこそ目立たないが、軍での信頼は厚い。大貴族が運用する連隊より、ネメアー家が率いる中隊の方が強いとさえ言われる一族だ。そして忠誠心に篤く、代々、忠実に帝国に尽くしている。理想の軍事指導家だ。


「そうね。もっと交友関係を広げていきたいわ。実力があり、広く帝国の人々に誠実である方が良いわ」


「はい、そうおっしゃると思って次の候補を挙げておきました。これまでは官僚や軍人が多かったですけど、今度の名簿は商人や芸術家なども入れてあります」


 サンが人名や経歴をつづった紙束を渡すと、ニレハはさっそく見当を付けた人物の欄に何やら書き入れていく。


「うん、こんなところかしら。ところで、帝都にいる方々とは面識を持てるけれど、地方の有力者と懇意になるのは難しいかしら。一時的に中央に足を運んでいる方だけでも良いから、少し手を広げておきたいわね」


「そんなこともあろうかと、用意してあります」


 サンが次なる名簿を取り出すと、ニレハは満足そうに笑った。


「あなたって本当に素敵だわ。サツマへ連れて帰りたいくらい」


「え? そんな、恐縮です。えへへ」


 サンが照れながら鼻をこすると、ニレハが思いのほか強い目で見つめてきた。


「冗談なんかじゃないわよ。本腰を入れて私に仕える気はない? 危険な帝都を離れて、あなたを縛るペイライエウスの名とも離れて、安心して暮らすことが出来るわよ」


「ええ? それは、魅力ではありますけど……」


 サンはもう名前も顔も表には出せない。ペイライエウスの名を持つというだけで、それを利用しようとする魑魅魍魎に狙われる。それにサンが生きていることが露見すれば、執事に迷惑が掛かってしまう。

 だから、いずれはメイプルの手の及ばないところへ逃げなくてはならないとは、覚悟をしている。でも家族との思い出が残る帝都は、やっぱり離れがたい。友人にお別れだって言えていないのだ。


「ニレハ様のお申し出は本当にうれしいです。でも、まだここは、離れたくないかもです」


「もしかしてサツマ領に行ったきり、一生を異国の地で終えることになると思っていない?」


「え? 違うんですか?」


 サツマ家と言えば、自らの領地から出ないことで知られている。外国から客を迎えることも少ない。だから唐突に帝都へと降り立ったニレハは、社交界で大人気なのだ。


「今までは鎖国をしていたけれど、これからは帝国の大貴族としてサツマ家を売り出していく方向に舵を切ったのよ。改革派気質の兄も乗り気だし、帝都とは頻繁に往来することになるわ。というか、そのつもりだから帝都に強い人材を確保したいのよ。ね、どうかしら?」


 その強いまなざしに、思わずうなずきそうになるが、ぐっとこらえる。


(慌てない、慌てない。こういう時はゆっくり考えた方がいいんだよね)


 両手の人差し指を舐めて頭に当てると、くるくると回しながらサツマの人間となった自分を想像してみる。ぽくぽくと考え込んでいると、ニレハが横から口を挟んで来た。


「食事はとっても美味しいわよ。帝国は肉も魚も魚醤まみれにするのが流行だけど、サツマだと素材ごとに味付けは変わるし、お店ごとに色んな料理があるわよ」


「あーいいすね」


 サツマは、山あり海あり川ありで食材が豊富、調味料や調理技術も洗練され、食事処も多いと聞く。気軽に外食を楽しめるのは国が豊かな証拠だ。


「湯屋も多いし町は清潔だし、水も綺麗よ」


「それも素敵ですね」


 帝国では、主要な都市は川や山からきれいな水が供給されている。上水道だけでなくも下水道も整備されている。公衆浴場や公衆便所も多くあり、きれいな町は多い。

 けれどサツマもそれに引けを取らないらしい。


「きれいな服もいっぱいあるわよ。芝居や本も色々あるし、茶花風流を雅に楽しむのも一つよ」


「さすがサツマ、やりますねえ」


 昼は仕事に励み、風呂を浴びた後は、美味しいご飯に舌鼓を打つ。お洒落を楽しみ、読書や観劇を嗜む。まるで貴族みたいな生活だ。


「あなたが望むのなら、違う名と身分を手に入れて、サツマと帝都の生活を満喫できるんだけど、どうかしら? とりあえずお試しでも良いから、サツマに行ってみない?」


「行きます」


 即答した。

 だって、このまま帝都にいても自分の身も危ないし、サンを守ってくれる人たちにも迷惑がかかるかもしれない。そんな状況で我儘を通すほど神経は図太くない。安全で快適な外国行きの仕事なんて渡りに船だ。


「本当に? よかったあ。最近、いろいろあって身近に親しい人を置いておかなかったんだけど、その点、アレクサンドラな安心よね。早速旅支度をしない?」


「旅支度ですか?」


「そうよ。サツマは帝都より南方だから気候も違うし、旅となれば準備も必要でしょう? お買い物に行きましょうよ。お金なら心配いらないわよ、どんと任せない」


 胸を張るニレハと連れ立って、二人は屋敷を出た。

 馴染みの服屋からはじめて長旅用の服を買い込み、行きつけの店で保存のきく焼き菓子を買い、船酔いの薬を仕入れ、道中でこっそり嗜むお酒などを見たあと、馬車を荷物でいっぱいにしたまま帝都の大通りを進んだ。


 以前に崩れたのちに再建された大鐘楼の脇を通り、賑わう市場を通り過ぎる。簡素な平屋の建物が並び、洗って山と積まれた色とりどりの野菜や肉が積まれている。朝の陽を浴びながら買い求める人々の賑わいが、眼のさめるほどみずみずしく生き生きとして見えた。


(帝都の景色とはしばらくお別れかあ)


 すぐに戻って来れると分かっていても、他国へ行くとなると感慨が迫って来る。

 そうして貴族街に差し掛かったところで、異変に気付いた。いつになく人が行き交っていて、騒がしい。何かがあった。それは間違いない。道を走る衛兵の一団を見つけて、馬車上から声をかけた。


「あの、どうしたんですか? 何かあったんですか?」


 サンの問いに最初こそ訝しがっていた衛兵たちだが、サツマ家の豪華な馬車を見てすぐに考えを変えたらしい。八頭曳きで、金細工のほか、車外にも刺繍が精緻な布飾りをつけているのだから、並みの貴族ではないと子供でも分かる。答えてくれた。


「イオニア家のご令嬢が、私兵を従えてペイライエウス邸へ向かったそうです。下手をすれば、四大貴族と勇者の内戦が帝都で始まっちまいます」


「ええ?!」


 忙しげに走り去る衛兵の背を、サンは茫然と眺めていた。ニレハも毒気を抜かれたように唖然としている。


「帝都でもそんなことってあるのね。皇帝の不在が影響しているのかしら。ところでアレクサンドラ……」


 サンをじっと見るニレハは、落ち着いている。


「あなたの友達の名前が出ていたけれど、どうする?」


 問われて大いに混乱した。


 ロクサーヌならば、メイプルに武力で喧嘩を売るような真似はしないはずだ。

 どう転んでも勝ち目がないことは分かっている。それにロクサーヌがイオニア家の令嬢と言っても、先に実力行使をしてしまえば、メイプルの反撃に正当性が生まれてしまう。最悪の場合、ロクサーヌの身が危ない。そんなことは、ロクサーヌ自身が分かっているはずだ。


 だけど喧嘩は理屈じゃない。はずみで起きるし、どうとでも転がる。聡明なロクサーヌであっても、後先考えずに勇者を相手に突っかかっていってしまうかもしれない。


「あの、行くっす。行きたいです」


「いいわよ、行きましょう」


「で、でも私が行けば……」


 サンが行けば、生存をメイプルに知られてしまう。そうなれば執事の立場が危ういし、ニレハもメイプルと対立することになってしまうかもしれない。何より、サンの身さえ分からなくなる。すべてが危うくなってしまうのだ。


 だけど、ニレハはすっぱりと頷いてくれた。笑って許してくれた。


「いいのよ。私はアレクサンドラのためだったら、大抵のことはしてあげたいと思っているの。でも、サツマへ来てもらうのは無理かしら。心の根っこが帝国にあるんだもの。残念だわ……」


 二人を乗せた馬車は、ペイライエウス邸へと走った。


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両手の人差し指を舐めて頭に当てると、くるくると回しながらサツマの人間となった自分を想像してみる。ぽくぽくと考え込んでいると、ニレハが横から口を挟んで来た。 一休さ~ん! もう知ってる人も少ないで…
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