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この復讐は、正義だ  作者: 安達ちなお
1章 追放
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信頼と裏切り

「どうした?」


 愕然とするクロカゲに、キンメルが問う。答えは、絶望的なものだった。


「“無敵”が……消えた」


 クロカゲの言葉に、ビィルがゆっくりとほほ笑む。


「何も、おかしくなかったかもです」

「なんで? ユユも、僕のことを殺そうとしているの? 皆が、僕のことを?! なんで? なんでだよ?!」


 “無敵”の加護の存在は、ユユとクロカゲの絆の証でもあった。それが消失した衝撃は、クロカゲの心を大きく揺さぶった。だがそれだけでは終わらなかった。

 爆音がとどろき、大きな震動が辺りを襲った。


 ゴウッという音に振り向くと、城壁の向こうに巨大な火柱が出現していた。火柱は炎の竜巻へと姿を変え、燃え盛っている。空が明々と照らされているが、城壁上に立つ帝国兵らは、涼しげな様子で炎の旋風を眺めている。

 この光景に、クロカゲは見覚えがあった。


「メイプルの火炎魔法?」


 魔法使いの勇者メイプル・ハニートーストが、七勇者を危地から救うために幾度も使った代名詞的な魔法だ。


「大正解! メイプル・ハニートースト、でございましてよ」


 芝居がかった台詞とともに、赤髪の女が城壁からふわりと飛び降りてきた。

 漆黒の外套を纏うその姿は、間違いなく魔王討伐の英雄にして魔法使いの勇者メイプル・ハニートーストだった。自信たっぷりにほほ笑むメイプルが、慇懃無礼に頭を下げる。


「お久しぶりでございますわねえ、遊牧民の王子様。たった今、焼き尽くし終えたところですのよ」

「焼き尽くした……?」


 何を、と問おうとして気が付いた。

 炎が上がったのは、城壁外の東側。その方向には、クォン族の宿営地があったはずだ。


「まさか……みんなを……?!」

「これも陛下のご下命、お許しくださいな」


 おどけたように眉をひそめて見せるが、口元は笑っている。

 宿営地にはクォン族の皆が残っていた。面倒ごとを避けるため、全員が一歩も出ないようにしていたはずだ。


 皆の顔が次々と頭をよぎる。三つ年上でよく面倒を見てくれたシウン、短槍の稽古をつけてくれたドウド、馬の扱いが天才的なアオラマ。

 不安に駆られるクロカゲを現実に引き戻したのは、キンメルの言葉だった。


「敵地で気を抜くな。皆が心配だ、急いで戻るぞ」

(そうだ! ここはもう、敵地なんだ! 敵の言葉を信じて絶望しているわけには、いかない!)


 クロカゲは、顔を上げた。

 目の前には、二人の勇者がいる。


(まずは、この場をどう切り抜けようか)


「あれ? 戦うつもりかもです? 呪いの短剣も“無敵”も持たない盗賊職のあなたでは、ステゴロの私に勝つことさえ無理かもですよ」


 ビィルが歩み寄ってくる。

 何気ない足取りに見えるが、達人の呼吸で隙なく間合いを詰めている。


「父さん、少しだけ時間を稼げる?」


 クロカゲが囁くと、キンメルは小さく「任せておけ」と呟いて槍をしごいた。

 その迫力に息をのんだビィルは、歩みを止めて神杖を慎重に構える。その動きの変化を逃さないキンメルが、にわかに躍りかかりビィルに肉薄した。


 次いで槍と杖のぶつかりあう音が響く。

 風をも切り裂く勢いのキンメルが、ビィルの胸をめがけて槍を突き出す。一歩下がりながら杖を振るうビィルにいなされるが、続けざまに肩や足を狙って槍を操る。一つ一つを捌かれはするものの、ビィルに反撃の隙を与えない巧みな槍運びだ。


 そして槍撃の合間を縫って繰り出される杖をひきつけつつ避け、そのたびに皮や肉を切り裂いていく。怪我はすぐに治癒魔法で跡形もなく消え去るが、キンメルの槍術はビィルの杖術を上回っている。

 相手が神官の勇者ビィルであろうと、槍の達人であるキンメルならば、しばらくは戦える。


 メイプルを見ると、魔法を放つ機を見計らっているのか、少し下がったところで様子を見ている。その周りでは、帝国兵が街の人たちを追い払っている。街の人を遠ざけてから、魔法を使うつもりだろう。


(今しかない!)


 クロカゲは、アサギを抱えて背後に聳え立つ大鐘楼へ走った。

 そして大鐘楼の下へたどり着くと、“奪取”を発動した。

 巨大な石塔を支える礎石がクロカゲのもとへと呼び寄せられ、大鐘楼にぽっかりと穴があく。続けざまに“奪取”を使い、土台となる柱や基底部のレンガを、次々と奪い去っていく。すると上に載っていた装飾彫刻が落ち、壁のレンガが崩落し、すぐに本格的な倒壊が始まった。

 ゴゴゴっという音と共にあたりに石片が降り注ぐ。


「な、なんてことを……! 皆、もっと逃げないと危ないかもです!」

「ちょっとちょっと、攻撃魔法はこういうのの相手、無理なんですのよ!」


 ビィルとメイプルも、慌てて離れていく。

 ビィルを相手に槍を振るっていたキンメルは、頭上から降り注ぐ瓦礫を利用して一気に距離を詰めた。倒壊する大鐘楼に気を取られていたビィルは、不意を打ったキンメルの槍に太ももを深く貫かれる。

 倒れたビィルには追い打ちをせず、キンメルはメイプルめがけて槍を鋭く投擲すると、一目散に走り出した。

 土煙を上げながら崩壊し傾いていく大鐘楼を尻目に、クロカゲはアサギを抱いたまま、帝都の外を目指して走った。高い城壁で囲まれた帝都を脱出するには、城門を通らねばならない。

 キンメルもすぐに追いついてきた。その体は傷を増やしているが、足取りは力強い。

 後ろを見れば、土煙の向こうでビィルが回復魔法を使っているようだ。メイプルも槍傷を受けた腕を押さえてビィルの回復を受けている。


「よくやった、このまま皆のところへ行くぞ」


 倒壊する瓦礫と土煙に紛れて、走った。

 大鐘楼の倒壊で手薄になっていたのだろう。帝都の城門を守る兵は二人しかない。キンメルが疾風のごとく襲い掛かった、短剣を抜こうとする兵を当て身で昏倒させると、流れるように短剣を奪い、もう一人へと投擲する。

 助けを呼びに行こうとしていたもう一方の兵の背中へと突き刺さり、どうと倒れる。地を這う帝国兵らには目もくれず、城門を抜けて宿営地へと走った。


 一刻も早く仲間の無事を確かめること、そして帝都を離れること。クロカゲの頭には、それしかない。


 だが、たどり着く前に答えは見えていた。

 宿営地があったはずのところには、黒く焦げた景色が広がっていた。

 青々とした芝や木々が繁茂しているのに、炎魔法の範囲である円の内側だけが、真っ黒だった。

 火に強いはずの羊毛で作られた天幕は、ほとんど跡形もなく燃え尽きている。槍の穂先や矢じりなどの金属が、わずかに燃え残って足元に転がっているくらいだ。

 そして生きている人間は、一人もいなかった。人の形をした黒い塊が、折り重なるように転がっている。生前はクォン族の俊英として知られた戦士達だったはずだが、その面影は、ほとんど残っていない。


「みんな……。みんな死んでしまった……」


 黒焦げの塊に触れると、驚くほどに熱かった。まだ熱を持っているので、手に火傷を負うが、気にせずに周囲を探り、焼け残りを拾い上げていく。


「シウンの腕輪……ドウドの穂先……アオラマの……」


 皆が身に着けていた物の残骸が炭の中から出てくる。

 呟くクロカゲの隣で、キンメルが黒焦げの地面から刃先がねじれた短剣を拾い上げた。それだけは炎に負けず、元の形を残している。


「邪剣ベンズ……呪われた短剣だが、この際、気にしてはおれまい。クロカゲ、持っておけ」


 クロカゲに短剣を押し付けながら、キンメルはぎりぎりと音が鳴るほどに歯を食いしばっている。


「許せん……。奴らはもともとクロカゲを……我らを殺すつもりだったのだ。このうえは、もはや戦争しかない! 急ぎ東方平原に戻って、盟主へ報告するぞ。一族を挙げて復讐戦をせねばならぬ!」


 熱でひしゃげた短槍の穂先を拾い上げ、折った枝に巻き付けている。

 クロカゲは、茂みの奥に繋がれていて生き残っていた馬を数頭引っ張りだすと、鞍と鐙を二頭分用意した。

 アサギは、青い顔で細い息をしている。一人で馬に乗ることも難しいだろう。


「すみません……クロカゲ様。もし手に余るようなら……捨てて行ってください……」

「絶対にそんな事はしないよ。僕の命に代えてもアサギは守る」


 アサギを抱えて馬に跨ったとき、クロカゲは異変を察知した。


「父さん、敵が来る。逃げて!」


 盗賊職は、隠密行動のほか、索敵や感知の能力も長けている。狩人に匹敵する感覚範囲は、勇者をもしのぐ。

 それを知るキンメルは、迷わずクロカゲの言葉に従った。


「分かった、先行する。つゆ払いは任せろ。お前も急げ」


 言うなり、馬の腹を蹴って茂みに飛びこんだ。何頭かの馬を引き連れている。街道を避け、身を隠し、馬を乗り換えながら逃げるのだろう。キンメルの気配が遠ざかる。

 そして猛々しい闘気を纏った気配が近づいてくる。


「どうしたの、クロカゲ? 大丈夫?」


 抜身の剣を握るユユが、ゆっくりと歩み寄ってくる。

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