同棲と南国旅行と金髪美少女の死体②
たとえ前夜に舞踏会があったとしても、サンの朝は、変わらず早い。
「おふぁようごじゃます……」
ぼろっちい物置に差し込む朝日で目を覚ます。鏡を見れば、父譲りの金髪が爽やかな陽光を反射してキラキラと輝いている。まるでサンの気持ちを表しているかのようだ。
「昨日は素敵な夜だったなあ」
だらしなく口を開きながら朝の準備を済ませ、厨房に入る。
「おっはよーございます」
新入りの召使が肉を焼いたり野菜の準備をしたりしている横で、サンも火を起こし食器を並べる。ほどなくしてパン屋の配達が来た。
「おはようございますっ! いつもありがとうございますー!」
サンがニコニコの笑顔であいさつすると、不愛想な配達のおじさんは「まいど、どうも」と返しながら、不思議そうに眼を見開いた。
「おや、今日はいつにも増してご機嫌じゃねえか。楽しいことでもあったかい?」
「あ、わかっちゃいますか? ちょっと良いことがあったんですよ。友達とも仲直りできたし、えへへ」
「そりゃ、とびっきり良いことだ。大事にしろよ、友達は」
普段は不愛想なおじさんが、笑ってくれた。なんだか今日も、良いことがありそう。
朝食を盆にのせて、主人の居室に向かう。
(後方扉、ヨシ)
安全確認をしていると、突然内側から開かれ召使の女性が飛び出してきた。
(またですかぁ?)
サンと入れ替わる様に足早に去ってしまった。思いつめた表情で、涙を浮かべていたようだ。もしかしてまた辞めちゃうのかなと気になったが、両手で朝食の盆を持っているので追うわけにもいかない。
「サンです、お食事をお持ちしました」
室内では、メイプルが召使たちを侍らせながら長椅子で寛いでいる。サンが近寄ると、葡萄酒のグラスをもてあそびながら、いたずらっぽく笑った。
「ちょうどよかったわ、サン。あなたとお話ししたいと思っていたところなの」
普段は絶対に見せないニコニコの笑顔だ。嫌な予感しかしない。
「な、なんでせうか……」
「あなた、ペイライエウス家の生まれだったそうじゃない? 今頃、社交界はあなたのうわさでもちきりじゃないかしら」
「いえ、そんな……」
「でも私は知らされていなかったわよね。なんでかしら?」
口元には微笑をたたえているが、目は笑っていない。魔獣すら射殺す眼光だ。
(うひぃ……)
サンは、その生まれを誰にも話していない。メイプルにも、執事にもだ。
理由は山ほどある。説明しきれないほどだ。例えば――。
「サンが教えてくれていれば、私たちはいろいろと協力できたと思うのよ。ペイライエウスの名と私の実力とがあれば、互いにとって利益になるし、都合の良い感じになると思わない?」
(それですよ!)
父が亡くなる前によく言っていた。「ペイライエウスの名を利用しようとする輩には気を付けろ」と。実力はないけど名声だけはあるという状態は、腹ペコの子どもの前に蜂蜜たっぷりのパンを置いておくようなものだ。誰かの肥やしされて終わるだけである。
「でも、今からでも全然遅くないわ。この魔法使いの勇者メイプル・ハニートーストが後援すれば、ペイライエウスも力を取り戻せる。ねえ、どうかしら?」
「えっとですね……」
どう断ろう。言葉を探していると、目を細めたメイプルがグラスに葡萄酒をなみなみと注いだ。そして有無も言わさずにサンにグラスを持たせる。
「ロムレス王国の高級品よ」
「え、あ、は、はい。いただきます」
申し訳程度にちょびっと口を付ける。けれどもメイプルはじっとサンを見つめてくる。
「遠慮せずにお飲みなさい」
「はい……」
再びグラスを口に運ぶ。西方の高級品だけあって、香りは芳醇ながらも飲みやすい。けれど朝からグラス一杯を一気に飲むのは大変だ。頑張って飲み干すと、ようやく主人は笑顔を見せてくれた。
「サン、あなたは仕事が出来るし何をするにも熱心だわ。私によく似ている。きっと良い関係を築けると思うのよ」
「あの、ですが……」
「まあ、そう答えを焦らないで」
メイプルはサンの持つグラスに葡萄酒の瓶を傾け、再びなみなみと注いだ。促されるまま、二杯目を飲む。飲まざるを得なかった。
早朝から立て続けにお酒を飲まされたせいで、頭がぼうっとして視界がぐるぐると回る。
「ねえ、サン。あなたは私の質問に頷くだけでいいの。首を縦に振るだけで、毎日灰にまみれる事もなく、美味しいご飯をお腹いっぱいに食べて、ふかふかの寝台で眠れるのよ。ね? 一緒に社交界を戦い抜いて、貴族社会を駆け上がりましょう」
「いえ、あの、わたしぃは……」
呂律が怪しくなってきた。
「そうよね、不安はあるわよね。でも大丈夫よ。私には魔王討伐の功績から、皇帝陛下の覚えもめでたいの。私についていれば、絶対に出世する。間違いないわ。だから協力しなさい」
「あ、あの、でも……」
断らなくっちゃ。でも、酔いのせいか思考がまとまらない。どうしよう。
室内に助けを求めるが、召使たちは青ざめた顔で下を向いている。きっとメイプルが恐ろしいのだ。最も味方をしてくれそうな初老の執事も、困ったように事態を見守っている。サンのことを心配してくれながらも、主人には逆らえない。そんな葛藤が感じられる。
(執事さんに頼るのは申し訳ないなぁ。ど、ど、ど、どうしよう……)
酔いに引きずられてふわふわとさまよった視線が、執事の持つ鏡を捉えた。ふやけた顔の優柔不断な女が映っている。けれど父譲りの美しい金髪が、サンの目に強く刺さった。
(こんなんじゃだめだ。お父さんにもお母さんにも顔向けできない)
サンの中で何かが切り替わった。ふらつく足を叱りつけ、しっかりと床につける。背筋を伸ばす。顎を引き、口元には微笑を浮かべ、凛とした目で敵を見る。
「メイプル様、お心遣いをいただきありがとうございます。感謝の念に堪えません」
「それじゃあ……」
「ですので、そのご恩はサンとして奉公することでお返しさせていただきます。力なき貴族は貴族ではないと、貴族の界隈でよく言われますが、これはペイライエウスとて例外ではございません。この名は忘れ去られるべきものなのかもしれません」
サンの豹変ぶりに、メイプルはあからさまに狼狽えた。
「そ、そんなことないわよ。このメイプル・ハニートーストならば、必ずペイライエウス家の隆盛を取り戻せるわ。全部私がやるから、あなたは何も考えなくていいのよ」
「心を砕いていただき、言葉もありません。もしペイライエウスの名が、広く皆のために必要であるなら、矮小なこの身であっても、立つべきでしょう。ですので、今はその時ではありません」
決して相手の言葉を否定しない。だが、決して揺らぐことなく自らの主張を通す。サンの見てきた父の背中だ。母の生きざまだ。
「ペイライエウスはもう貴族ではありません。力があり、それゆえに施しが出来る者こそ貴族なのです。貴族であろうとする貴族に価値はない。個人の欲を満たすために伝統と権威を笠に着るなど、帝国貴族たる者の振る舞いではない。これはメイプル様もよくご存じでいらっしゃることでしょう」
「ぬ、ぐ……」
言葉に詰まったメイプルに一礼すると、「掃除などが残っておりますので」と優雅にスカートを翻して退室した。そして扉を閉めた瞬間に「ぐええ」と座り込んだ。
「朝からお酒のがぶ飲みはキツいっすよ……」
何とか立ち上がると、千鳥足でふらふらと戻っていった。もしサンがその場に留まっていたなら、室内の不穏な会話が聞こえてきたかもしれない。
「……あの子、牙を隠し持っていたわね」
「サン嬢は、芯のしっかりした女性です。ですがメイプル様に仇なすようなことは決してしないかと……」
バンッという音が、執事の言葉を遮った。メイプルが叩いたサイドテーブルがひっくり返り、さらに物音を立てる。
「でも、私に従順じゃあないわね。ペイライエウスの名を私が使えるのならばよいけれど、他人に取られたら厄介ね。万一、私に刃が向いたらとっても不快だし」
「今のサン嬢の様子であれば、そのような心配は……」
「だからお前は駄目なのよ。危険は摘み取れるうちに排除しておくものよ。万一、イオニア家やヴェスパシアス家にあの娘を取られたらどうするの? 例えばペイライエウスの復権のためにこの邸宅を明け渡すように運動されたら、どう対抗するの?」
「そ、それは……」
執事の脳裏に昨晩の舞踏会の光景がよぎる。サンは、両家の子女と睦まじく歓談していた。少なくともメイプルよりはるかに隔意の少ない関係だろう。ゆるぎない友情さえ感じられた。お互いのためにならば、彼女たちは全力で動くだろう。
このマルケラ家は、没落したペイライエウスが持っていた権益をいくつも受け継いでいる。このペイライエウス邸もそうだし、南方との交易路や商港の利用権なども得ている。一つでも失われれば、それは手痛い傷となる。
「もう少しだけ懐柔を試みる。それでも駄目なら、念のため殺しておきましょう」
メイプルは何のためらいもなく言った。




