魔法使いと幼馴染と憧れの舞踏会 ~偶然出会った彼は異国の王子様~④
「元気そうでよかった」
一年半ぶりに会ったチトスは、出征前と変わらず、絵に描いたような壮健な青年といった感じだ。四大貴族ヴェスパシアス家の傍流の家に生まれ、戦士としての声望も高い彼は、貴族の責務として北方の魔王軍討伐に参加していた。命を落としたり大けがを負ったりしてもおかしくはない戦場で一年以上も戦い続けたというのに、殺伐とした雰囲気を纏うこともなく、ちっとも変っていない。
(さすがチトスだなあ)
幼いころからの友人として、ますます尊敬する気持ちが強くなる。
「ああ。北部で抵抗を続けていた魔王配下の四大悪魔の一人を、皇女が討伐した。北での戦いはひと段落したから、皇帝陛下の帰還も近いはずだ」
そう言いながらも馬車の扉を開けて手を伸ばしてくる。乗せてくれるらしい。ここは甘えさせてもらおう。チトスが御者に「ペイライエウス邸へ」と告げている間に、馬車をそれとなく吟味する。
車内は広々としているし、柔らかい座布団がたくさん置いてある。このまま寝れちゃいそうだ。御者が手綱を引くと、揺れを感じさせないほど滑らかに走り出した。見た目も性能も、明らかに以前の馬車より豪華だ。
「もしかして、また出世したの?」
「ああ。たまたま配属された隊が軍人系の優秀な貴族ばかりで、そのうえ隊長がネメアー将軍だった。的確な部隊の運用で、これ以上ないほど上首尾の戦果を挙げた」
ネメアー家といえば大元帥を輩出したこともある実力派の大貴族家だったはず。そんな将軍が率いるのならば、すごく強くて優秀な隊だったんろう。
よく見れば胸には金羊毛勲章が光っている。皇族や王族ですら大戦果を挙げなければ与えられない特級の勲章だ。
「すごいね!」
「運が良かっただけだ」
チトスは淡々と言うけれど、きっと逆だと思う。優秀な指揮官が優れた戦士を集めたんだから、その筆頭としてチトスは召集されたに違いない。そして期待どおりの大活躍をしたはず。
けれど控えめでまじめだから、ちっとも偉ぶらない。チトスは変わっていないなあとこっそり安心した。
「それに父が亡くなって、家を継いだ」
「ええっ? そうだったの……。びょ、病気とか?」
「東方平原で戦死した……と思う。もう一年ほど行方知れずだ」
「まさか?!」
チトスの父は帝国でも随一の短剣使いだし、将としてもものすごく評価されていた。戦神なんて呼ばれることもある。誰かに負けるところなんて、想像もできない。
「あの、ごめんね。お父さんがそんなことになっていたなんて、知らなくって……」
「いや、こちらこそすまん。実は……父は、サンドラの兄ユリウスに護衛を頼まれて東方平原に行っていたんだ」
「えええ?! あのバカ兄貴が?!」
幼いころに父を亡くしたサンは、わずかな遺産で母と二人でつつましく暮らしていた。だが放蕩者の兄は、いつもは遊び歩いていた。そして金の無心をする時だけ顔を出し、母に優しい言葉をかけた。そしていろいろと理由を付けてお金をせびっては、見事に散財した。
最後に見たのは、母の葬儀の後だ。「東方平原で戦功を挙げれば、栄達間違いなしだぞ」と言って残った財産をすべて現金に換えると、三十人ほど兵士を雇い、自分だけは豪華な軍装と馬を買い、東へ旅立っていった。
その後、ちっとも音沙汰がないのでどこかを遊び歩いているんだろうと思っていたのだけれど。
「まさか、チトスのお父さんを巻き込んでいたなんて……。ごめんなさい……」
「いや、護衛を依頼されたのはこちらだ。任を果たせなかった落ち度は父にある。だが、伝説級の戦士である父すら倒すほどの相手となると……」
チトスは何やら考え込んでいるが、サンの思考は別の方向へと転がっていった。何年も前に父を亡くし、一年ほど前には母を亡くした。そして、どうせ兄は帰ってこないだろうから一人で生きていくしかないと決心していた。けれど、その兄も命を落としているという。
「……私、天涯孤独になっちゃったな」
口に出すと、思いのほか気分が落ち込んだ。最初からあてにはしていなかった兄だけれど、それでも血を分けた家族だ。生きているという事実が、心の支えになっていたのかもしれない。
チトスが顔を覗き込んで来る。慰めようとしてくれているのだろうけど、少し挙動不審だ。
「そ……それならば、結婚をするというのはどうだろう。心通わせた伴侶が要れば……」
「まさか、無理だよ。今はペイライエウス邸にお住まいの魔法使いの勇者メイプル様にお仕えしているんだけど、もう毎日忙しくってぇ、疲れちゃってぇ、出会いなんかないよ」
「……なに? サンドラ、お前まさかペイライエウス邸で召使をしているのか?」
「うん、そうだよ。っていうか、結婚の話ならチトスの方が先じゃないかしら?」
今年で19歳になったチトスは、傍流だけれども四大貴族家の男子だし、今は当主でもあることだし、見た目もそれなりに良い。何より優しくて思いやりがある。縁談の話が聞こえて来てもおかしくはないと思う。むしろひっきりなしに舞い込んでいるんじゃないだろうか。
「俺はお前より先に結婚をするつもりはない」
「相変わらず、過保護なんだから」
昔からこうだ。父同士に親交があったから、チトスとは幼いころはよく遊んでいた。二つ年上だから、一緒にいるとお兄さんぶって保護者みたいに振舞っていた。
そんな日々が懐かしく思い出される。
「……お前より後に結婚するつもりもない」
チトスが小さく呟いた。
「え? 何か言った?」
「…………何でもない」
少し不機嫌そうに横を向いてしまったのでサンも窓外を眺めていると、織物商が軒を連ねる一角に差し掛かった。
(ああ……。この間は、あそこで隣国の王子様を貧乏貴族扱いしちゃったんだよね)
恥ずかしい思い出に頭を抱えながらも、馴染みの織物商兼仕立屋を見る。
街路に面したガラス張りの飾り棚には、見本の布や刺繍、夜会服に帽子などが並んでいる。それらが目に入っただけで、やっぱり胸が高鳴る。
(ま、私も今度の舞踏会に参加するんですけどね! お付きの召使としてだけど……。んん?)
店の入口で、何やら悶着が起きているようだった。扉の前で、粗末な格好をした客が店員に追い払われている。けれどめげずに店の前に居座り、何事かを話している。
その姿は、どこか亡き母に似ていた。年寄りというわけではないし、髪色や目鼻立ちなどもよく見れば全然違う。振る舞いにも共通点はない。けれども、なぜだか生前の母に重なって見える。それが決め手になった。
「あの、すみません! ちょっと馬車を止めてください」
御者に声をかけると、速度を落とし始めた馬車の扉を開けて飛び出した。「ちょ待てよ、サンドラ」と慌てるチトスは、申し訳ないけど置いてきぼりにした。
「どうしたんですか?」
サンの声に振り向いたのは、見本布の束をくれた馴染みの店員さんだ。
「ああ、プルケラ家のお客様……。こちらの方が、お買い物をご希望されているのですが、当店は紹介の無いお客様はお断りしております。ですので……」
「そこを何とか、とお願いしているのだけれど、どうにかならないもんかねえ。何としても舞踏会用の衣装が欲しいんだ」
「そうおっしゃられましてもね……」
「これでも道化師として自信があるんだ。一つ奇術でも披露しようかい?」
「いえ、そういうのは結構で……」
「では、占いはどうかな。占い師としても評判が良くてね。これで恋占いなんかは、よく的中するよ」
「いえ、そういうのも遠慮しておきます」
邪険にされても、お客はぐいぐいと迫っている。
「舞踏会用の服を手に入れたいんだ。それともまさか、そこらから盗んで来いとでもいうのかい」
「そうは申しておりませんが、先ほども説明したように、当店は……」
「そこを押して頼むと言っているんだよ」
頼み込むその様子は、決してふざけているわけではなさそうだ。ちっとも似ていないハズなのに、やっぱりどこか母に似た雰囲気を感じる。手助けをしてあげたくなってしまう。
「あの、どうしてもだめなんですか? ほんのちょこっとだけ、見せてもらうだけでも……」
サンの懇願に、店員は困惑したようにこめかみに指を当てている。
「困りましたね。当店は、馴染みの方以外には役務も商品も提供しないのです。できれば、これ以上の厳しい言葉を使わせないでほしいのですが……」
つまり本当なら「平民は帰れ」と言いたいのだろう。いや、この優しい店員さんじゃなかったら、本当に言っていたはずだ。罵声を浴びせながら、水でも撒かれていてもおかしくない。
いくらこの店員さんが優しいと言っても、サンはプルケラ家の召使にすぎない。このそっけない態度も仕方ないことなのだ。
ここは諦めてもらうのがよいのかもしれない。
「あの、私もこのお店によくお使いで来るんですけど、貴族でもないのにいきなり飛び込みでお客になるのは難しいかもですよ。よっぽど難しい品じゃなかったら、他のお店に……」
「イオニア家の舞踏会に、どうしても出たいんだけれどねえ。衣装もなしには行けないだろう?」
「え? あの、それって明後日の夜会ですか?」
「そうだよ」
念願かなってサンが初めて参加する舞踏会だ。もちろんただの召使としてではあるが、それでも貴族の華麗で煌びやかな社交の世界を覗き見れるのだ。この上なく楽しみにしている。そして目の前の人物は、同じ舞踏会に足を踏み入れるべく、衣装を手に入れよと奮闘しているらしい。
俄然、他人ごとではないような気がしてきた。
「あの、良かったらわたしが頑張ってみましょうか?」
「頑張るって、いったいどうするんだい?」
「一生懸命お願いするんです」
店員さんに向き直ると、目一杯の角度で腰を折った。勢いが良すぎて少し頭がくらくらするくらいの全力だ。
「あの、お店の決まりということは重々承知しているんですけれど、何とかお願いできないでしょうか! 私にできることなら、何だってします!」
今度こそ店員さんは困った顔になってしまった。
迷惑かな。迷惑だよね。でも、放っても置けないんだもの。もう一度目一杯頭を下げようとしたところで、チトスにぐいっと肩を掴まれた。
「サンドラ、何でもするだなんて簡単に言うな、相手は男だぞ!」
びっくりするほど強い剣幕だ。だけど、心配はない。
「大丈夫、こう見えて料理だって裁縫だって、得意なんだから」
炊事に洗濯、掃除、裁縫。大抵のことはやってきた。だから何を言われたって、きっとできるはず。
「そういうことか……。だが相手は男なんだから……」
言い含めるように説教を始めたチトスを止めたのは、優しい店員だった。
「そちらのお客様、胸の勲章はまさか金羊毛勲章でございますか? もしや高名な貴族家に縁のある方で?」
「ええ、グラディウス・ヴェスパシアス家の当主、チトスと言います」
「北のヴェスパシアスの第三位分家でいらっしゃいますか! もし、チトス様が紹介者となっていただけるのであれば、私が責任を持ってこちらのお客様にお洋服をご用意いたしますが、いかがでしょうか」
「ほんとですか?!」
店員さんの提案に、思わず飛び上がってしまった。そんなサンを見て、チトスは諦めたように笑いながら「では俺が保証しよう。代金も支払う。この方に服を」と店員に頷いた。
「ありがとう、チトス」
「サンドラは一度決めたら譲らないだろう? それにあの方、何となくサンドラに似ているしな」
「そうかしら?」
サンとしては自分の母に似ている気がしている。でも母と自分が似ているということならば、それはそれで嬉しい。
「でも服を贈るのは家族か恋人だけにしておいた方がいいよ。そうじゃないと恋多き色男になっちゃうよ」
「変な事を言うな」
「あ、そっか、ごめんね。お父さんが亡くなったのに、家族の話をするなんて、失礼だったよね……」
「いや、そうではない。俺はお前以外に服を贈るつもりは――」
チトスが顔を赤らめ後ろ頭をかきながら何かもにょもにょと言いだそうとしたところで、例の客がサンとチトスの手を取った。
「二人ともありがとう。おかげで何とか念願が叶いそうだよ。本当にありがとう。ところで二人は、恋人同士かい?」
「そう見えますか?!」
珍しくチトスの声が大きい。よっぽどびっくりさせてしまったんだろう。
「違いますよ、全然違います。まったくそれっぽっちもそんな気配はありません。砂漠に雪が降るくらいありえないですよ」
サンは慌てて否定した。
(私なんかとお似合いに見られたら、チトスも困っちゃうよね)
案の定、必死に否定するサンの隣で、チトスはこわばった顔をしている。こういう時はさっさと話しを変えるに限る。
「ところで、なんで舞踏会に出ようとしていたんですか? どこかのお貴族様ですか?」
「貴族と言えば貴族だけれど、本業は道化師に占い師、そして魔法使い。その名もヘポヨッチさ。ちょっと人探しがてら舞踏会に行きたいと思っていたんだけれど、おかげでとっても助かった。もし二人に困ったことがあれば、その時は素敵な魔法で助けてあげるよ」
「あはは、じゃあ困っていたら呼びますね!」
サンとしては冗談のつもりだった。相手が冗談を言ったのだから、それに乗っただけだ。
(そりゃあ、毎日忙しくしているけれど、そこまで困った事態に陥るわけがないもんね。明後日には初めての舞踏会があるけれど、きっと何もかもうまくいくに決まっている。絶対に大丈夫でしょ!)
サンは能天気に微笑んだ。
she builds flags very well.




