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この復讐は、正義だ  作者: 安達ちなお
5章 魔法使いへの復讐、魔王からの復讐

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魔法使いと幼馴染と憧れの舞踏会 ~偶然出会った彼は異国の王子様~③

(やっちまった!)


 ニカルノは、四大貴族家の当主に相応しい金糸や銀糸、レースなどで派手に飾られた伝統的上衣プールポワンを纏っている。だが隣に立つクロカゲは、装飾の少ない長丈上着ジュストコール下衣キュロットだった。この場にそぐわないとは言わないが、王族が身に着けるには少し控えめに過ぎる。

 もちろんサンが勧めたものだ。


(私、やっちまいました……!)


 だって仕方ないじゃない、王族があんなところに一人でふらっと買い物に来るなんて思わないじゃない!

 そんな慟哭を何とか胸にしまい込んだサンは、メイプルの背中に隠れようとそろりそろりと足を運んだ。


 が、間に合わなかった。サロンを見回していたクロカゲの視線が、サンを捉えるとぴたりと止まった。そしてにこやかに笑いかけてきた。

 単に知人を見つけた喜びの笑顔なのか、王族には不釣り合いな服を見繕ったことへの皮肉なのかは分からない。どっちにしろ、サンは生きた心地がしなかった。


「あら、王子様がこっちを見て笑ってるわね。私の美しさに見とれているのかしら」

「アッ……ははは、そうッスね。ははは……」


 メイプルの勘違いを訂正わけにもいかないサンは、乾いた笑いで返すしかない。

 ニカルノが、親しげにクロカゲの肩に手を置き、艶やかな髭をいじりながら笑った。


「王太子殿は……クロカゲ殿下は、明後日に当家で催す舞踏会にご出席される。このニカルノがイオニア家当主として初めて主催する夜会でもある。クロカゲ殿下とニカルノとの友情を示すこの夜会への皆さまの振るっての参加をお待ちしている」


 サロンがざわめきに包まれる。

 交易で莫大な富をもたらすことが約束されている東方藩王国の王太子と面識を持てるのだ。そしてイオニア家の新当主への御機嫌伺いにもなる。貴族だろうと商人だろうと、何としても舞踏会に出たがるはずだ。


 すでに招待状を受け取っている者は喜びを振りまき、まだの者は伝手を探して駆けずり回ることになるだろう。


 サンの主たるメイプルは、前者だ。

 隣に立つ貴族が「これは何としても招待状を手に入れないと……」などと呟くのを聞きながら、自尊心を満足させたように笑っている。そしてわざとらしく「我が家に招待状は届いていたかしらね?」などとサンに尋ねてくる。


「はい、イオニア家から確かに頂戴しております」

「あらそう、それじゃあ夜会用のドレスを選りすぐらなくっちゃ」


 貴族すら羨望の眼差しを向ける舞踏会に参加できるのだと、周囲に喧伝するように言った。こういう示威は、一般的には嫌われるが貴族社会では有効なのだ。

 流石に当主であるニカルノに、直接招待状を無心することはできない。そこでイオニア家に縁がありそうな者へ依頼することになる。


 事実、悔しさに歯噛みする者もいるが、メイプルを通じて招待状を手に入れられないかと打算を巡らし近づいてくる者もいる。


「失礼、プルケラ夫人はイオニア家と昵懇でいらっしゃるようで。もし宜しければ当家にもご温情を賜りたく……」


 そう話しかけてくる老貴族を押しのけるように、若い宮廷官僚が進み出る。


「勇者メイプル様、ご活躍のお噂はかねがね。実は私の手元にはまだ招待状が無く……」


 メイプル以外にも、招待状を手に入れられそうな者達がさっそく囲まれている。

 権力を持つ者は、こういう機会に恩を与えて自分の権威を拡大していく。権勢を持たぬ者は、あるところへ群がる。これが今の帝国貴族の生態になっている。


 間違っているとは言えないけれど、あんまり意味のあることとも思えない。自分の懐を温かくすることを考えるだけならば、露天商にもできることだもん。それがサンの感想だった。

 自身に群がる者達を、メイプルは嬉しそうにあしらっている。その様子を一歩離れて見守っていると、サンの隣に人影がさした。


「この間はありがとうございました」


 爽やかに言ったのは、いつの間にか近づいていたクロカゲだった。


「え、は、ふぁ?!」


 王族からの不意打ちの挨拶に、心臓が口から飛び出してどこかに転がって行ってしまった。


「おかげさまで、帝国風の衣服を色々と揃えることが出来ました」

「いえ、そんな、恐縮です、はい」

「服の意匠や仕立ての小話とか、とっても楽しかったです。ぜひまた、色々とお話を聞かせてください」


(なんで?!)


 王族なら衣服や儀礼にも詳しいだろう。もしかしたら内心で笑いながら意地悪を言っているのかしら。だけど私が選んだ服を着てくれているし……。

 サンが混乱しながら後ずさりをしていると、今度はニカルノまでが近寄ってきた。


「クロカゲ殿下、お知合いかな? こちらの可愛らしいご令嬢は……」

「帝都でできた最初の友達のサンさんです」


 サンの名前を憶えていたことも驚きだけれど、イオニア家のご当主様に紹介までするなんてもっと驚きだ。


 貴族の行う「紹介」とは社交の接点であり、それ以降は話しかけても無礼とされなくなる。

 四大貴族の当主であるニカルノへの紹介は、当然ながら軽いものでは無い。弱小とはいえ貴族であったメイプルさえも、魔王討伐の報奨の一つとして与えられたものだ。こんなところで気軽に与えられたら、絶対に良くないことが起こる。実際、メイプルの殺気を込めた視線がサンの首筋に向けられている。こわぁ。


「いえ、わたくしごときは、そんな。マルケラ・プルケラ夫人の召使に過ぎませんので……」


 ササっと主人の後ろに隠れる。当のメイプルは、イオニア家当主ニカルノと王太子クロカゲ殿下の二人を同時に迎えることとなり、今度は得物を前にした獣の目になっている。


「あら、私のサンが、王太子殿下に何か失礼をしましたでしょうか?」


 そんな気配などなかったにもかかわらず、へりくだる様にメイプルが話しかける。まだ紹介されていない以上、クロカゲに話しかけるのは無礼だ。けれど謝罪や感謝の言葉を伝えるのならば、一般的には許される。そんな機微を使った貴族的な技法だ。

 そして暗にニカルノに対して「私を王太子に紹介せよ」と圧をかけてもいる。


 ニカルノは困ったように髭を撫でつつ沈黙した。

 クロカゲは東方の権益の象徴だ。紹介はしたくないのだろう。もしかするとこのまま無視して立ち去りたいのかもしれない。少なくともニカルノ一人であれば、話を打ち切ってこの場を離れても無礼ではない。イオニア家という家格がそれを許させる。


 しかし言葉を投げかけられたのはクロカゲだ。回答するもしないもその権はクロカゲにある。ニカルノであっても、これをないがしろには出来ないようだ。


 東方藩王国の王子であるクロカゲと新当主ニカルノは、親子ほどに年が離れているが、妙に仲が良い。いや、ニカルノが一方的にクロカゲを信頼し、気を使っているようにも見える。

 沈黙のうちに行われた一瞬の駆け引きを終わらせたのは、クロカゲだった。


「……サンさんは、魔法使いの勇者メイプル・ハニートーストの縁者だったんですね」

「あらまあ、王太子殿下は私のことを知っていてくださるのですね? 光栄ですわ」

「ええ、よく存じ上げております。何か、運命のようなものすら感じます」


 クロカゲが深い笑みを浮かべた。


(おろっ!?)


 サンは違和感を覚えた。今まで見てきたクロカゲの笑みと言えば、素朴で実直なものだ。でも今の笑いは貴族的な作りものだった。質朴な王太子が仮面をかぶるほどに、メイプルが危険な相手に見えたのだろうか。

 けれども剣呑さを感じたのはサン一人だったようだ。ニカルノが髭をいじりながら朗らかに払った。


「これはまずいな。クロカゲ殿下はイオニア家が独り占めしようと思っていたのに、そう上手くはいかないようだ」


 冗談交じりに本心を晒すことで、場の雰囲気を壊さずに他者をけん制している。流石、大貴族のご当主様だ。


「そうだな、次の舞踏会は我が娘の社交界初舞台としよう。今まで箱入りに育ててしまったからな」


 ニカルノ宣言に、再びサロンがざわつく。特に独身男性がにわかに色めきだった。四大貴族イオニア家の当主の娘を射止めたとなれば、将来の躍進は約束される。


「そうと決まれば、クロカゲ殿下に娘を紹介しておこう」


 言いながらニカルノはクロカゲを連れてサロンを出ていった。クロカゲを独り占めするつもりなのだろうし、あらかじめ娘を紹介することで仲を睦まじくさせたいという思いもあるのかもしれない。

 去り際、クロカゲがサンに「またね」と声をかけてくれたが、答えようがないので恐縮しながら頭を下げることしかできなかった。


「イオニア家のご令嬢が出るとなれば、うちも弟を連れて行こうかしら。あの子と令嬢との縁談をまとめられれば……」


 歩き去るクロカゲとニカルノの背を見ながら、メイプルがパチパチっと算盤を弾き始める。けれどサンとしては肩をすくめざるを得ない。


(それは悪手なンすわ)


 サンには分かっていた。きっとニカルノはクロカゲと令嬢の男女関係カップリングを意識しているのではないだろうか。上手く輿入れできれば王太子妃になり、ゆくゆくは東方藩王国の王妃だ。目先では交易で関係構築を進め、将来の姻戚関係にまで発展させようというのだろう。


 むしろ、今クロカゲをサロンに連れてきた上に令嬢の話まで出したのは、「イオニア家はこういう思惑だから、お前ら横やり入れるなよ」と釘を刺す意味合いだったのかもしれない。

 少なくともイオニア家に従順なもの達は、手助けこそすれど、邪魔はしないはずだ。けれどここに従順で無い者がいる。


「……そして私が王太子を篭絡すれば……」


 メイプルの怖い独り言が聞こえてきた。その脳内では、弟とイオニア家の令嬢の縁談をまとめつつ、メイプルとクロカゲがただならぬ仲となろうという魂胆が出来上がりつつあるらしい。

 怖い。怖すぎる


「そうと決まれば、急いで帰って衣装と化粧と宝飾を決めるわよ」


 歩き出したメイプルに、サンも慌てて後を追った。

 サロンを出てイオニア邸の廊下を歩く。窓ガラスは透き通るほどに磨かれ、階段の手すりは鏡のように艶を放っている。やはりしっかりと手入れされた豪邸は、格が違う。


「サン、当日はあなたも付いてきなさいな」

「え? 良いんですか?! 行きます!」


 舞踏会に連れて行ってもらえる。サンの気分は途端に空の上に舞い上がった。帝国貴族が社交する絢爛豪華な舞踏会。噂には聞いたことがあるが、実際に参加したことなどは無い。覗いてみたいなあと思っていたが、その憧れが現実になる。メイプルの侍女としての立場であるが、夢が叶うのだ。


「今回は流石に男連れで参加するわけにはいかないもの。夜会服ドレスくらいは持っているんでしょう?」

「え、あ、はい。いちおう……」


 母の形見のドレスが一着だけある。古い型だけれど、侍女としてならばきっと大丈夫だろう。……大丈夫かな?

 ちょっと自信が無い。けれどもこんな機会は二度と無いかもしれない。断るなんてできない。


「あら?」


 メイプルが足を止めた。

 広々とした廊下の向こうから、明らかに高貴と分かる女性が歩いてくる。派手な深紅のスカートは布をたっぷり使っているし、侍女を五人も六人も引き連れている。何より歩く姿勢が違う。背筋が凛と伸びており、自信と権威を感じさせる。


「誰かわかる?」

「先ほど話題に上がった、イオニア家のご令嬢です」


 メイプルの問いに、サンはそっと囁いた。

 確か年齢はサンと同じはずだけれど、生きる世界が違いすぎる。あんな自信満々の振る舞いなんて、私には無理だ。近づくだけで気後れしそうだ。

 だが傍若無人な女主人は、何を思ったのか令嬢に向かってずんずんと歩き出した。


(ちょ、待ってくださいよ)


 社交界に出ていない令嬢の顔を知らないのは仕方ない。けれど顔も知らない相手にいきなり話しかけるのは直球ド真ん中の非礼だ。止めようと後を追うサンだが、間に合わない。

 令嬢の前に立ちふさがったメイプルは、一見すると慇懃に、しかし自信満々に会釈した。


「初めまして。ニカルノ様のご令嬢でいらっしゃいますか? 私は魔法使いの勇者メイプル・ハニートーストの名で世に通っております」


 令嬢の対応は塩だった。


「メイプル? そんな名の貴族がいたかしら」


 不機嫌そうな低い声で、顔は横を向いている。あの魔法使いの勇者メイプル・ハニートーストを歯牙にもかけない尊大な振る舞いを、ごく自然にできる。流石はイオニア家のご令嬢だ。


「……本名はマルケラ・プルケラでございますわ。今はペイライエウス邸を頂戴して……」

「ふうん。あなた、私が誰だか分かって話しかけているのかしら?」


「もちろんでございます、お嬢様」

「あら、家中の者でもないのに個人名すら略すの? そんなに仲良しのつもりはないのだけれど」


 高位の貴族は、大抵が個人名のほかに家族名と氏族名を持つ。その名を呼ぶとき、同氏族であれば氏族名を省略するし、家族であれば家族名も省略する。そこへ氏素性の知れぬ新参貴族がいきなり現れて単にお嬢様と呼ぶのは、失礼を通り越して無礼だ。


「失礼いたしましたわ、えっと、あの……」


 きっと彼女の名を覚えていないのだろう。サンは、戸惑うメイプルにそっと耳打ちをした。


「ロクサーヌ・バクトリアーナ・イオニア様ですよ」


 だがそんなサンの様子を見ていたロクサーヌが、不機嫌そうに眉をしかめてメイプルを見た。


「この私を……主家の当主の長女の名を知らないの?」

「いえ、そのような……」

「貴族にあるまじきことだわ。これだから新興の成り上がり者って嫌なのよ」


 メイプルをバッサリと斬って捨てた。さすがイオニア家のご令嬢。強すぎる。

 そして今度は、まるで汚物でも見るかのような視線をサンへ向ける。


「どうして貴女のような人が、そんな恰好でここにいるのかしら?」

「え? 私?」


 急に矛先を向けられ、びっくりした。確かに貴族の令嬢などと比べると粗末に過ぎる格好だけれど、スカートに汚れやほつれがあるわけではない。今はメイプルの侍女としてここにいるのだから、おかしくないと思っていた。けれどロクサーヌの剣幕は、さっきよりも激しい。


「身の程をわきまえてほしいわ。役不足にもほどがある。本当に、不愉快よ!」


 さっと背を向けると、歩き去ってしまった。

 その後ろ姿をポカンと見送っていると、メイプルがため息を吐いた。


「サン、あなたのせいで不興を買ったじゃないの」

「へ? あ、すみません」

「罰として馬車には乗せてあげない。歩いて帰って来なさい」


 そういうとメイプルは、本当にサンを置いて行ってしまった。


(私? 私のせいなの?!)


 一人残されてしまったサンは、そんな思いを誰かにぶつけることも叶わない。とぼとぼと歩いてイオニア邸を出た。


「これ以上、変なことが起きないと良いなあ」


 念願の舞踏会は、図らずも帝都中の貴族が注目する夜会となってしまった。

 イオニア家の新当主としてニカルノが初めて主催する舞踏会であり、東方藩王国の王太子であるクロカゲが初めて帝都の社交界に足を踏み入れる場であり、イオニア家の令嬢ロクサーヌの社交界初舞台でもある。


 そしてサンが初めて参加する舞踏会でもあるし、メイプルの弟が初登場する場ともなった。なんだか爆発しちゃいそうなくらいにいろんなことが詰まった舞踏会になりそうだ。


「はあ~~~~~」


 クソデカため息をつきながら一人寂しく街路を歩いていると、目の前に高級そうな馬車が止まった。絶対に貴族の馬車だ。それも上位に入る部類のお貴族様のだ。


(今度は何?!)


 クロカゲやロクサーヌの登場ですっかり疲弊していたサンは、毛を逆立て爪を研いで馬車を見た。

 馬車の窓から顔を見せたのは、茶色い短髪の精悍な青年だった。


「サンドラ? こんなところを一人で歩いているなんて、どうしたんだ?」

「あれ、チトスじゃない。帰って来てたの?」


 魔王軍残党と戦うために北方に出征していた幼馴染の男友達、チトス・グラディウス・ヴェスパシアスだ。

新キャラはこれだけ覚えればOKのコーナー☆


サン:本章主人公的存在の女の子。灰かぶりのみじめな召使。

チトス:幼馴染の男。

ロクサーヌ:四大貴族イオニア家の令嬢。

ニカルノ:イオニア家の新当主。先代の謎の死()により家を相続した東方平原にべったりおじさん。

 ※四大貴族:東のイオニア、南のペイライエウス、北のヴェスパシアス、西のスッラ

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