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この復讐は、正義だ  作者: 安達ちなお
1章 追放
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戦いと脱出

 ガイウスが剣を引き抜くと、クロカゲが崩れるように倒れ伏した。

 一瞬ののち、アサギが悲鳴を上げてクロカゲに駆け寄る。


「クロカゲ様!」


 キンメルも気遣うように二人へと駆け寄るが、槍を構えた帝国兵たちが無慈悲に距離を詰めてくる。

クロカゲに縋り付き泣きながら傷を手当しようとするアサギと、それを背にして守るように立つキンメルは、槍の穂先を向けた帝国兵たちにすっかり取り囲まれてしまった。


「貴様ら、最初からクロカゲを……息子を殺すつもりだったな!? だからシカ族とクォン族に差をつけて扱い、言葉尻を捉えて反逆と決めつけた……許せん!」


 キンメルが怒声を浴びせるが、すでにガイウスは後ろに下がっている。壁のように立ちはだかる帝国兵らに遮られ、姿を見ることさえできない。

 帝国兵らが隙間なく槍を並べ、穂先を向けながらじりじりと包囲の輪を狭めると丸腰のキンメルらはなすすべなく追い詰められていく。


 帝国兵たちが、呼吸を合わせて一斉に槍を突き出す。

 精鋭が繰り出す槍さばきに、キンメルやアサギが貫かれる瞬間、槍が消えた。

 同時に、いつの間にか立ち上がっていたクロカゲの足元に、十数本の槍が転がっている。


「“奪取”だ、下がれ!」


 即座に見破ったのは、ガイウスだ。盗賊職の勇者級スキル“奪取”は、その名のとおり対象の持つ、ありとあらゆるものを奪い取る。勇者級ともなれば、相手の装備品を奪い去ることすら可能なのだ。


「確かに心臓を貫いた。だのに生きているということは……“無敵”か」

「そう、ユユの“無敵”が守ってくれたんだ」


 ユユの「君との確かな絆を感じたいから」という言葉をそのまま信じ、彼女の望みどおりに魔王戦以来ずっと、クロカゲは“勇者の勇者”のみが持つスキル“無敵”の加護を受け続けていた。

 勇者のスキルがあればこそ、心臓を貫かれてもすぐに立ち上がったのだ。


「退くぞ、続け!」


 キンメルが足元の槍を拾い上げ、疾風の如く走り出す。

 丸腰にされた帝国兵たちが、クロカゲたちを取り囲むが、キンメルが一呼吸で五度の突きを繰り出し、眼前の敵兵五人を蹴散らす。そのまま駆けるキンメルに続いて、クロカゲとアサギも包囲を抜け出す。


 だが、帝国兵らも皇帝の近くに侍るだけあって、屈強で精悍な兵達だ。すかさず追いすがってくる。

 しかしキンメルは東方平原で武名を鳴らす槍の達人だ。先手に先手を取り続け、有無も言わさず一突きごとに、帝国兵を打ち倒していく。


「兎に角、帝都を脱するぞ」


 広い王宮を三人はしゃにむに走った。来た道を戻る間にも帝国兵たちが群がってくるが、キンメルが血路を開きクロカゲも槍を振るい駆け抜ける。

 王宮の出口を固める一団を突破するころには、流石のキンメルも少なからず怪我を負っていた。だが四肢創建で走る力も残っている。アサギもよく付いてきていた。


 王宮を出た三人は、市街地に飛び出した。大勢の人が行き交う大通りを走ると、「反逆者だぞ!」と叫びながら帝国兵が追ってくる。

 多くの目がこちらを捉える。恐怖、侮蔑、怒り、驚き……様々な感情がぶつかってくるが、そのどれもがクロカゲの味方ではない。


(何も悪いことをしたわけじゃない!)


 内心の叫びは誰にも届かない。人々の忌み嫌うような視線が、驚き逃げ惑う民衆の様子が、心をえぐっていく。

 心痛が、刹那の間、クロカゲから注意力を奪う。その一瞬の油断が、命とりだった。

 風を切る音とともに、矢が雨のように降り注ぐ。

 気づくのに遅れたクロカゲが、わずかの間、棒立ちになる。


「こっちだ!」

 キンメルが叫びつつ、通り沿いに建つオリーブ油工房の敷地に飛び込んだ。大きな石臼などや樽など、身を隠せるものが多い。

 キンメルに続いて物陰に逃げ込み、後ろを振り返る。必死にクロカゲの後ろを追うアサギの顔が見える。アサギの小さく汗ばむ手を握り引き寄せようとするが、わずかに遅れる。


(間に合わない!)


 抱き寄せようとするアサギが、ぐっと重くなる。一瞬遅れてアサギの顔が苦痛にゆがむ。


「あぁっ!」

「アサギ!」


 倒れこみそうになるアサギを、物陰に力いっぱい引き寄せる。

 アサギの膝に、矢が突き刺さっていた。


「膝に矢を受けてしまったか」

 キンメルが矢をしっかりとつかみ、そのまま引き抜いた。


「ああぁぁ!!」


 アサギが悲鳴を上げる。骨と肉、筋を巻き込んで突き刺さる矢を、力ずくで引き抜いたのだ。激痛と呼ぶにも生ぬるい。


「僕がもっと早く抱き寄せていたら……ごめん、アサギ!」

 一張羅の礼服を裂いてアサギの膝に強く巻く。美しい刺繍の文様が、じわじわと赤く染まっていく。


「皇帝がいたときには、流れ矢が怖くて射ることができなかったのだろう。今は民を巻き添えにしても悪びれもしない。唾棄すべき奴らだ」


 街路のあちこちで、矢を受けて倒れている人が目につく。往来の多い昼日中の街中で矢を斉射すればこうなる。そうと分かりつつも実行した帝国兵に対する憎悪で、キンメルは歯を剥いて怒りをあらわにしている。

 だが、キンメルの怒りは、半ば見当違いだった。


 神聖な青い光があたりに満ちると、市民たちの怪我がたちまちに治り、皆が怪我のあった場所をさすりながら不思議そうに起き上がっていく。


「あの、あの、みんな、もう大丈夫かもです。わたくしの魔法なら、死んでいなければ回復できるかもです」


 神官の勇者ビィルだ。

 七勇者の一人として活躍したクロカゲのよく知る少女だ。

 華奢な体に不釣り合いなほど大きな神杖を抱えて歩み寄ってくる。クロカゲは、救われたような面持ちで駆け寄った。


「よかった、ビィル! アサギの怪我がひどいんだ、助けて……」


 最後まで言い切ることはできなかった。

 ビィルが横に薙いだ神杖は、風を切る速さでクロカゲの頭部を粉砕した。


「な、なにを?」


 “無敵”のおかげですぐに立ち上がることはできたが、混乱は隠せない。いったいなぜ、命を預けあって戦った仲間が、自分を攻撃するのだろうか。

 その答えはビィルから語られた。


「陛下からのご下命です。反逆者クロカゲを抹殺せよとのことです」

「そんな……!」

「これは、私だけではないはずです。クロカゲさんを除く七勇者の全員が、あなたの抹殺に同意しているかもです」

「嘘だ!」


 信じられない。信じたくなかった。

 クロカゲにとって七勇者は、特別な存在だ。魔王討伐に向けて辛苦をともにした、無二の仲間だ。互いに助け合い、命を預けあった親友だ。

 ガイウスは皇帝としての立場があるのかもしれない。だが、ビィルやメイプル、カ・エルにハヤト、それにユユたちの全員が敵として立ちはだかるわけがない。


「“無敵”がある! ユユは……ユユだけは僕の味方のはずだ」

「そうですね、確かにおかしいかもです。どうして“無敵”が……?」


 ビィルが心底不思議そうに、首をかしげる。気の抜けたような動作だが、彼女のどこを見ても隙はない。頭から足先まで、びりびりとするような殺気を纏っている。

 神官というクラスは、武僧モンクや聖騎士にも派生する戦闘職である。華奢に見える体も、純白の神官服の下は、しなやかに研ぎ澄まされた筋肉の塊だ。単純な身体能力では、盗賊職を上回る。


(迂闊に動くと、やられる!)


 クロカゲだけでなくキンメルすらも、相手の出方をうかがって動けずにいる。それはまた、“無敵”を警戒するビィルも同じだ。

 互いに指先の些細な動きも見逃さないほどに、空気が張り詰める。その緊張を破ったのは、頭上の大鐘楼だった。


 正午を知らせる鐘の音が、大きく鳴り響いた。

 帝都の大鐘楼は魔法作動方式で、無人であっても時が来れば舌が動き、澄んだ音色を奏でる。まるで、眼下で争う人間を、憐憫をもって見下ろしているようだ。


 その音が鳴りやまぬうちに異変が起こった。

 クロカゲの体を守るように包んでいた不可視の魔力が、霧散した。

 “無敵”の加護が消えうせたのだ。


「な、なんで……!?」

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