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この復讐は、正義だ  作者: 安達ちなお
5章 魔法使いへの復讐、魔王からの復讐

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魔法使いと幼馴染と憧れの舞踏会 ~偶然出会った彼は異国の王子様~②

「すみませーん。男性用の服を選びたいんですけど」


 服選びのために小躍りしながらクロカゲと共に店内に戻ると、さっそく店員を呼んだ。さっきとは違う店員が、もみ手をしながら営業用の笑顔で近寄ってくる。


「ようこそいらっしゃいませ。ご要望のものは何でも用意させていただきます。ちなみにお客様のご予算はいかほどで?」

「必要な物が揃うなら、あまり額面に頓着せずに決めます。もちろん法外でなければ、ですけど」


 クロカゲのわきの甘い発言に、店員の目がギラリと光る。


(それはまずいですよ!)


 サンの心配は見事に的中した。店員は次から次へと商品を並べ、山を作り、営業用の文句をまくし立てていく。クロカゲはといえば、次々と差し出される衣装や見本の布に目を丸くしながらも、熱心に店員の説明を聞いている。


「御覧のとおり、東方からの商品が増えておりまして、何でもより取り見取りでございます。絹織物も先染めの見事なものから、職人による一品物の刺繍まで、取り揃えてございます。例えばこちらの服などは、膝の部分に工夫がありまして、座りやすく縫製されています。皺も残りにくいです」

「へえ」


 この売込文句に、クロカゲは素直に頷いてしまっている。

 まったく、これだから商人は油断ならない。素人を相手に高いものを売りつけようとするんだから。どんな高級店でも、それだけは変わらない。

 クロカゲの袖を引いて、耳元でそっと囁いた。


「舞踏会で椅子に座れるのは、とっっっても地位の高い人だけですよ。だからあんまり気にしなくても良いかもです」

「へえー」


 椅子に着席する権利を認められているのは、一部の皇族や四大貴族、外国の王族などに限られる。田舎貴族の三男坊には無用の心配なのだ。


「帽子はいかがなさいますか? こちらなどは売れっ子職人のユリアヌス作で、内側にも気配りがされております。長くかぶっていても負担にならず、冬でも風邪をひきにくいこと間違いなしでございます」

「へえ~」


 へえと言うだけのからくり人形になっているクロカゲの袖を引いて、耳元で控えめにまくし立てた。


「帽子なんて、行きと帰りの馬車でしか、かぶっていられませんよ。目上の方の前では帽子を取るのが礼儀ですし、舞踏会が始まればやっぱり脱ぎます。見栄えさえよければ、着け心地とか気にしなくても大丈夫かもですよ」


 偉い人ほど、帽子にお金と気を使う。皇族や四大貴族などは身分が上であることを示すために、室内でもわざわざ帽子をかぶることさえある。逆に言えば、この人には無用の長物なのだ。

 そんな数々の攻防の末、クロカゲとサンは数着の衣装を決めることに成功した。店員からジトっとした目で見られているけど、気にしない。廉売させたわけじゃない。大体はちゃんと相場の値段のはずだ。


 それに一回の買い物で財産を搾り取るより、良いお客さんとして何度も利用してもらった方が、店側としても最終的な実入りは良いはずだ。さらに言えば、小さな貴族家であっても、法外な売掛金で破産したら世間に迷惑がかかる。売り手も買い手も世間も得をするのが、良い商売であり良い取引じゃないかなあ。

 そんなサンの気配り心配りを知ってか知らずか、クロカゲは気持ちのこもった感謝の言葉を口にした。


「何から何まで、ありがとうございます。とっても助かりました。でも、迷惑じゃなかったですか?」

「全然です。全然迷惑じゃないです。えげつねぇくらいに楽しいです!」


 嘘じゃない。日々を多忙な労働で過ごすサンにとって、これ以上ないほど楽しい時間だった。今だって、本当ならば息つく暇もなく汗水たらして掃除をしている時間なのだ。そう、めちゃくちゃに忙しいはずだったのだが……。

 ん?


「あ、まずい! 早く帰らないと、掃除が終わらないんだった!」


 今朝、仕事が増えたばかりだったことを思い出して、サンは慌てて駆けだした。その背に、クロカゲの声が届く。


「このお礼は、後日、必ずします。本当にありがとうございました」


 その真面目な口調に思わず笑ってしまった。


「忘れてもらっても大丈夫ですよ」


 別に恩に着せたいわけじゃない。目の前に困っている人がいて、自分が手を差し伸べられるなら、そうする。たったそれだけのことだ。

 亡くなった母が、ことあるごとに口にしていた。――貴族であるかどうかは関係ないのよ。誰かのためにできることがあるのなら、惜しまずしなさい――と。だから特別に気負ったことをやっているつもりはない。むしろ今回は役得だったとホクホクしているくらいだ。


 ということで、屋敷に戻って汗水と鼻水を垂らしてえげつない量の仕事をこなし、慌ただしく数日を過ごしているうちに、サンはこの一件をすっかり忘れてしまっていた。


 その後、増えた仕事量にも慣れ始めた昼下がり、サンは女主人の居室に呼び出された。


「イオニア邸に行くから、付いてきなさい」


 メイプルが、召使にドレスの着付けをさせながら言った。


 イオニア家――四大貴族に数えられる極大の貴族であり、帝国の東側に領土を持つために東のイオニアと呼ばれる帝国の重鎮である。

 そしてメイプルことマルケラが当主を務めるプルケラ家の庇護者――上司のようなもの――でもある

「わ……かりました? えっと、私ですか?」


 外出する際、普段ならば執事が付き添っていたはずだ。なぜ急に自分に役割が回ってきたのだろう。頭を悩ませていると、その答えをメイプルの不満げなつぶやきの中に見つけた。


「使用人が足りないからって、あちこちをほっつき歩いて肝心な時にいないんだから。アレもクビにしようかしら」


(いやいや、執事さんはめちゃくちゃ頑張ってますよ。私が知る限りでも三十人以上がクビになったり出て行ったりしたけど、八割くらいは補填してますよ。しかも新しく来た人はみんな、仕事はきとんとやるし盗みとかちょろまかしとかをしない、いわゆるちゃんとした人なんだもの。個人の伝手でこれだけの人材を供給できるのは、すごいことですよ。すごいことなんですよ!)


 内心で必死に執事を擁護するサンだったが、実際には「執事さん、頑張っていらっしゃいますよ……」とつぶやいたらメイプルに「あによ、文句あんの?」とすごまれて黙っただけだった。だって怖いんだもの。


 そうして向かったイオニア邸では、針のむしろが待っていた。

 イオニア家の邸宅は、メイプルの住むペイライエウス邸と遜色ない広大で豪華なものだ。いや、一族の人数が多く使用人も満足に配されているイオニア邸の方が、賑やかで手入れが行き届いていて、なんとも快い。そしてサロンは多くの来客でにぎわっている。


 貴族はその実力に応じて、屋敷の一部をサロンとして開放し他の貴族や芸術家、学者、音楽家などを迎えるものだ。舞踏会などのような形式ばった社交ではないけれど、こういうところで縁談や要職の異動が決まることもある。


 四大貴族のイオニア家のサロンともなれば、超一流の貴族や著名人が集まり、時には皇族すらも顔を出す。今も広いサロンのあちこちに人の輪が出来ており、その中心には内務担当のスッラ長官や外務官のピウス卿、帝国随一の交易商であるプラエネステ家の嫡男などがいる。


 そこへ魔法使いの勇者メイプルことマルケラ・プルケラ夫人が足を踏み入れると、楽し気なざわめきが一瞬にして静寂に変わる。多くの目線が、新参の女貴族に向けられる。が、その数秒後には何事もなかったかのように歓談が再開される。


(ひえっ。こわぁ)


 そんな異様な雰囲気もものともせず、メイプルはずんずんと歩みを進め、会う人会う人に挨拶をしていく。


「お久しぶりですわ、スッラ長官。魔法使いの勇者メイプル・ハニートーストでございます。先日は大変お世話になりまして……」

「ふむ、ご無沙汰しておりますな。世話と言われることをした覚えは……」

「従妹の義父の弟が長官の下でお世話になっているそうでして。今度お礼を兼ねてお宅へお邪魔しても?」

「あ、うむ、考えておこう。では、また今度」


 大抵はこちらから話しかけなければ知らんぷりをされるが、時には若手の芸術家や新興の辺境貴族などがおべっかを使いながら笑顔ですり寄って来る。


「これはこれは、かの高名な大魔法使いメイプル様でいらっしゃいますか? ご機嫌麗しゅう。私は先日帝都に工房を開いた彫刻家のアルシテスと申します」

「ごきげんよう。魔法使いの勇者メイプル・ハニートーストでございますわ」

「噂に聞く以上にお美しい。貴女様の作品を創らせていただいても?」

「構わないわ。目途がついたら屋敷に持っていらっしゃいな。謝礼は弾むわよ」


 目下の者には気前よく金を撒き、目上の人には笑顔で強引に話しかけ、ぐいぐいと人の輪に入り込んでいく。何なら、数人を物理的に押しのけてさえいる。


(さすがメイプル様、肝が据わっているわ)


 新参者は嫌われる。貴族社会の常識だ。

 魔王討伐に参加した七勇者の一人とはいえ、つい一年前には名も知られぬ程の弱小貴族であったメイプルをありがたがる者は少ない。


 貴族の評価基準は主に、武力、財力、伝統の三つ。

 武力はメイプル自身が圧倒的な戦力を保持している。財力は、皇帝からの褒美として与えられた財物と領地を元に、今まさに築き上げようとしているところだ。だが伝統が圧倒的に足りない。古さこそが正義となる貴族社会では、魔王を討伐した勇者といえど、まだまだ軽んじられる。


 弱小貴族であったメイプルは、魔王討伐の褒美としてペイライエウス邸を与えられ、財物や領地と共にイオニア家を庇護者とするという特権を与えられた。

 没落したとはいえ四大貴族の一角を占めるペイライエウス家の邸宅を与えられることは、異例の名誉であるし、同じく四大貴族であるイオニア家を後援者に持ち、その当主と面談する権利を行使できるというのは、破格の特別待遇である。


 権力者に会うことが出来る。

 それは、魑魅魍魎の跋扈する貴族の社交界において、抜群に有利な条件だ。権力者の戯れで官職を手にすることが出来るかもしれない。ふとした機微で財産を手にするかもしれない。その機会を得るだけで、出世の確率は飛躍的に高まる。


 だからこそ、こうしてせっせとイオニア家のサロンに通って顔をつないでいるのだ。

 最初こそ疎まれようとも、イオニア家の縁故の者としての既成事実を作ってしまえばこちらのもの。貴族たちが権威と権勢を求めて鎬を削る社交界では、そんな強かさとたくましさが必要なのだ。


(メイプル様ってこういう方向での貴族の適正は、ばっちりなのよね)


 とても真似のできない図太さに、サンとしてはある意味での感嘆を禁じ得ない。もちろん、ああなりたいかといえば、なりたくはないけれど。

 メイプルが顔売りに精を出していると、サロンがにわかに賑やかになった。イオニア家の当主ニカルノが現れたのだ。


 イオニア家は、ひと月ほど前に当主が亡くなり、代替わりしている。

 先代は老齢とはいえ活力にあふれていた。それが突然に老衰したものだから、様々な憶測が流れた。魔王討伐に尽力したから呪いにかかったのだとか、逃げ延びた魔獣に命を奪われたといったものだ。けれど、どれも信憑性は低い。


 魔王討伐に貢献した度合いならば、皇族などの方がはるかに高い。イオニア家が真っ先に呪われるわけがない。それに四大貴族のイオニア家の邸宅に、見つかることなく魔獣が侵入することなど不可能だ。よしんば入り込めたとしても、傷一つつけずに生命力だけを奪い取る技など聞いたことが無い。何の根拠もない噂話なのだ。


 それもこれも、相続はまだまだ先だと思われていたイオニア家の家督を手に入れたニカルノへの羨望が生み出したものなのだろう。そのニカルノは、サロンに現れると艶やかな髭をいじりながら楽し気に言った。


「諸君にわが友を紹介しよう。東方藩王国の王太子殿だ」


 ニカルノの隣に、黒髪の青年貴族がいた。素朴な顔立ちながら、整った目鼻立ちに気品を感じる。


「あ!?」


 その見覚えのある顔に思わず声を上げてしまった。


「どうしたの、サン?」


 メイプルに変な目で見られてしまった。


「いえ、何でもありません」


 口ではそう言いながらも、サンは動揺を抑えられない。


(まさか隣国の王子様だったなんて、どうしよう)


 そこにいたのは、服を一緒に選んだ辺境貴族の三男坊……のはずだったクロカゲだ。

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