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この復讐は、正義だ  作者: 安達ちなお
4章 戦士への復讐

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八衛門は泣き、六郎は笑い、黒鹿毛は頷く

 天覧試合から三日後の朝。

 鶴名八衛門は高久の私室に伺候すると、深く頭を下げた。


「此度のこと、まったく私の不徳の致すところにございます。まずは出仕を控えさせていただき、その後のお沙汰をお待ち申し上げたく存じます」


 血を分けた娘が般若面であった。その事実は、八衛門にとって青天の霹靂だった。

 般若面のような輩だけは放っておけんというのは、八衛門の信念だった。

 人は人とのつながりにて生きる。義理と人情が人をつなげる。賄賂も縁故も、人の世には必要なこと。その掛け替えのない絆を無慈悲に打ち壊す辻斬りなどは、もってのほかである。これが八衛門の偽らざる本音だ。


 この信念と本音があるからこそ、かつて八衛門は、先代の般若面と戦うことが出来た。

 若き頃、八衛門は朱雀館で剣の修行に励んでいた。品位と格に優れた遠藤左門が立ち上げたばかりの道場で、清廉とした活力にあふれていた。そこで遠藤左門の娘と知り合った。気立てが良く初々しく、美人であった。そして父に似てめっぽう剣が強かった。ころりと惚れた八衛門は、必死に口説いた。


 着物やかんざしなどをせっせと贈り、格好つけるために剣にも一層励んだ。その甲斐あって、何とか祝言にたどり着いた。想いを寄せた人との生活は、幸せであった。

 しかし娘の留香が生まれたころから、妻は気が落ち着かぬようになった。どうやら男児ではなかったことを周りからとやかく言われたらしい。八衛門としてはまったく気にしていなかった。妻に似て愛らしい赤子であった。男であれ女であれ、そこに何の違いもない。


 だが妻は随分と気に病み、鬱々としたりふらりと出かけることがあったり、落ち着かなかった。そうするうちに般若面が現れ、騒動となった。

 先代の刀王は自ら剣を取って般若面を追ったので、当時はまだ若者で猟官運動に精を出していた八衛門も刀を手に汗をかいたものだった。そして、何の因果か八衛門が般若面を討ち果たした。名だたる剣士を返り討ちにしてきた、凶刃般若面をだ。


 当時は二十代で今より溌剌としていたが、それでも剣の腕で般若面に敵うはずがない。それが討てた。何故かと言えば愛し合っていたからだ。

 般若面の正体は妻だった。なぜそのようなことをしたのか。事切れた妻からは、本音を聞くことはできなかった。だが、八衛門になら、討たれてもよい。八衛門を刺すことは、できない。その思いから妻は、面を着けたまま八衛門に斬られたのだ。

 二十年以上も前のことだ。


 八衛門から事情を聴いた先代刀王は、般若面の正体を伏したまま落着を図ってくれた。事故に巻き込まれたようなものだと、八衛門をかばってくれさえした。この温情は、身に染みてありがたかった。だからこそ親身になって仕えた。先代が政務を投げてよこして剣に勤しんでいる間、労を惜しまず働いた。もちろん自分の懐を温かくすることも多くあったが、それでも叛心を持たずに忠実にいた。


 それは今でもそうだった。高久を政から遠ざけようとはするものの、高久自身を廃そうという考えは微塵もない。先代への恩が、八衛門を縛っているからだ。義理や人情、恩、縁といった繋がりこそが、人の世を支えているのだ。


 だが仕事に励み過ぎたせいだろうか。娘の留香が般若面を被っていたとは、露ほども気づかなかった。妻の一件から、愛しむ思いはありながらもどこかよそよそしい父娘関係になってしまっていた。この子の母を奪ってしまったという負い目があったのかもしれない。

 けれど娘はすくすく育った。祖父に当たる遠藤左門から手ほどきを受けた直伝の剣と薙刀は、天下一品だった。将来に良い道を開こうと奥の女中を斡旋すると、そこでも健やかにのびやかに活躍していたという。すっかり安心していた。


 そこに今回の事だ。心にこたえてしまった。それにここで地位に恋々としては一族郎党にも迷惑がかかる。だからこうして、暇乞いに来た。

 だというのに若き主君は、容易く首を横に振った。


「暇など与えんぞ」

「は……な、なるほど」


 留香を責めれば、楡葉にも飛び火する。それを避けるために有耶無耶にしようというのか。八衛門は内心でそう合点したが、高久の言は遥かに高みを行っていた。


「お前の性根はこの高久と同じである。残酷を憎み悪逆を嫌い、平穏を愛し泰平を維持しようとしている。その無垢にして強靭な心根は、まったく得難い。勤勉有能な手腕は、欠かすことが出来ない。しばらくは謹慎してもらうが、必ず呼び戻す。私にはお前が必要なのだ」


 急に何を言い出すのだという驚きはあった。だが余人を交えぬ席とはいえ、強く自分を認めてくれた。必ず呼び戻すと、明快に約束してくれた。その姿は、まるで先代を宿したかのような豪放磊落さだ。

 八衛門は、自然と頭を下げていた。畳に突いた両手の甲に、ぽたぽたと涙が垂れる。八衛門は、義理人情と金勘定で人を縛ってきた。今、再び自分が縛られたことを悟った。だが決して嫌な気持ちではない。このお方のためならば力を尽くそうと、素直な気持ちから決心できた。


「ありがとうございます。この八衛門、総身の知恵と魂を挙げて高久様にお仕えいたしまする」


 八衛門が晴れ晴れとした顔で退出すると、控えの間から六郎が現れた。


「見事なかしでした。これで八衛門殿は高久様に心服するでしょうね。狐の異名をお譲りいたしますよ」


 六郎の茶化しに、高久は真顔で答えた。


「化かしてなどいない。あれは全部、この高久の本心だ。八衛門も六郎も、私には必要なのだ。この地に住まう全ての者の平穏と豊穣を願う気持ちがあるならば、必ず手を取り合えるのだ」

「大した心意気ですが、そのような甘ちゃんで国が立ちゆきますかね」

「ゆかせるさ。だから六郎、お前がその心を失った時には容赦なく切り捨てる。ついてこいよ」


 高久が強く冷たく言うと、六郎は満面の笑みを浮かべた。


「それでこそ、わが主。存分になさいませ」


 高久はつまらなそうに「ふん」と鼻を鳴らすと、居住まいを正した。察した六郎が、次の客人を招き入れる。

 黒鹿毛だ。


 あれほどのことをしでかしたというのに、控えめで落ち着いた態度を崩していない。静かに一礼をすると高久の正面に座った。剣の腕など大したことのない高久だが、今は真剣勝負の意気込みだった。


「此度の諸々の件、相互いに煩わしく感じることもあったかもしれないが、それらを越えて幾久いくひさしくむつやかにありたいものだな」

「こちらこそ、私事でお騒がせしました」


 その言い様に思わず笑ってしまった。天覧試合に乱れ入りして勝った者に、その場で決闘を申し込むなど、佐津間の歴史に今までなかった。これからも無いだろう。それを私事の一言で片づけるのだ。これで黒鹿毛が横暴な人物であれば傍若無人とも取れるが、この控え目な性格からすると、度量の大きさ、ひいては覚悟の固さを示しているのだろう。これと決めたものを貫き通すために、すべてを捨てている者の行動だ。

 無垢な笑顔のまま、単刀直入に斬り込んだ。


「王太子殿、そなたが盗賊の勇者なのか?」

「はい」


 その答えに驚きはなかった。見ればわかる。あの槍の技は、間違いなく盗賊の勇者のそれだ。かつて狩人の勇者と盗賊の勇者の戦いを間近に見た高久には、それと見破ることは難しくない。

 側に控える六郎も黙している。嘘がないということだ。


 この会談の五日後、東方藩王国と佐津間藩王国は正式に国交を開始する。両国とも外交の権を銀月帝国に制限されているため、当然ながらその内容は帝国の承認を受けたものだ。

 そして、それとは別に、東方五氏族同盟の盟主と佐津間将軍家は、密約を交わした。露見すれば国を揺るがしかねない重大事を、高久は決断した。


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