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この復讐は、正義だ  作者: 安達ちなお
4章 戦士への復讐

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隼人、進む

 天覧試合は津間の町の西にある八幡宮の境内で行われていた。遥か昔の帝が武神として祀られる八幡宮は、天覧試合の催行に適地である。

 広大な敷地内には白砂が敷き詰められ、貴賓が観覧するための棟まで新築されている。凛とした静寂に包まれているが、時折、鋭い気合の声が空気を振るわせ、木剣が打ち交わされる甲高い音が響く。そして勝敗が決すると、わっと歓声が上がり拍手が沸き起こる。


 境内は一般に開放されていないので、伝手の無い町人などは塀に取り付いたり近くの木に登ったりしながら、試合に目を凝らしている。出入りを許されたらしい男たちが、決着のたびに外に飛び出して、試合の顛末を身振り手振りで示している。そして目敏いものはその脇で露店を出して団子を売ったりもしている。


 伝統と権威、武威と溌剌さ、そして民の賑やかさ。佐津間という土地のすべてが詰まったような一大催事だった。


 その八幡宮に隼人がたどり着いたのは、巳の刻半ば。昼にはまだ遠いが、試合は佳境に近づいている。

 天覧試合には大名家や有力な道場を代表する16名が出場し、勝ち抜き戦で優勝を争っている。準々決勝となる第二回戦から天覧を受ける予定であり、その二回戦が始まろうというところでなのある。

 隼人は門前で足止めをされていた。


「そこを何とか」

「なりませんよ」


 隼人が必死に詰め寄るも、応対した役人の顔は渋い。


「一回戦は全て終わりましたからね、もう無理ですよ」

「拙者の試合はどうなった」

「佐津間家は欠席による不戦敗ですね。笑いものになっていましたよ」


 淡々とした口調だが、どこか侮りを含んでいるように感じられる。そもそも隼人は、天覧試合への参加や高久の護衛といった名分が無ければ、天覧試合の会場に入れないほどには身分が低い。そこへ遅参した挙句に無理な申し出をしているのだ。心象はよくないだろう。


「せめて高久様にお取次ぎ願えないだろうか」

「いいですけど、これから主上のご天覧が始まりますからね。しばらく時間がかかりますよ」


 きっとこの役人は公家寄りの人間なのだろう。言うことはもっともだが、杓子定規で厭味ったらしい。

 天覧試合こそ忠義の見せどころなのだ。高久のために剣を振るまたとない活躍の場なのだ。そう思い詰めている隼人は、唇を噛まずにはいられない。

 それまで後ろに控えていた黒鹿毛が、ふと思いついたように言った。


「あれ、やっちゃえばいいんじゃないですか?」

「あれ……とは?」


 黒鹿毛の言わんとしていることが、今ひとつピンとこなかった。だがこの状況で彼が提案するということは、きっとこの佐津間の地で似たような経験をしたことがあるのだろう。その解決策に思いついたに違いない。そう考えを巡らせていくと、ひとつの答えに行き当たった。


「まさか……黒鹿毛殿の言うあれとは……」

「駄目じゃあないんでしょう?」


 駄目とか駄目じゃないとか、そういう次元の話ではない。天覧試合なのだ。主上以下高位の公家が揃い大名家が居並ぶ中、そんな大胆な真似をするという発想が、そもそもない。

 だが隼人の背をさらに押す者が現れた。桐生六郎だ。


「黒鹿毛様の案、賛成いたします」


 討伐の現場をあらかた片付けて駆けつけたのだろう。いつもの涼しげな表情だが、額には汗を浮かべている。


「天覧試合で浅知恵を働かせるのは止めてくださいよ」


 役人が胡乱な者でも見るように顔をしかめる。しかし六郎は狐目の笑みを深めると、事も無げに言った。


「この桐生六郎を止めるか?」


 決して大言ではない。

 六郎は武家の立場で言えば側用人であるし、官位を見れば従三位権中納言を拝命している。どちらも高久を除けば最高級だ。そして桐生家は佐津間家の分家であり、本家が絶えれば将軍と藩王を輩出することができる家柄である。


 名乗ればが意のままに振舞える。普段は理路を重んじる六郎だが、今は時が惜しい。だから名乗った。

 それだけで役人は平伏して六郎たちを通した。






「止むを得まい。不戦敗を受け入れよう」

 高久は表情を消して言った。八衛門が「では、そのように」と言って場を離れると、密かに溜息を吐いた。


 間に合わなかったか。

 隼人が出るなら、天覧試合での優勝も狙えただろう。代役を立てることでとやかく言う者も現れただろうが、確たる結果があるならばそれも跳ね返せる。しかし不戦敗はどうしようもない。

 がっくりと肩を落としたくなるが、ぐっとこらえる。君主たるもの、不機嫌や落胆を見せる時と場所まで、計算せねばならない。


「お兄様。やっぱり私が薙刀を取りましょうか?」


 側に座る楡葉がそっと囁く。


「いや、それには及ばないよ」


 眼前の白砂の上では、達人たちが妙技をぶつけ合っていた。その心技体は傑出している。余暇を惜しんで修練した十年に一人の天才ばかりが集っているのだ。そこへ細腕の妹を送り込めるわけがない。

 隣国の王太子は楡葉のことを高く評価していたが、そこまでだろうかという疑念は晴れない。いや、高久が楡葉の腕前を確信して送り出したとしても、女の背に隠れる惰弱な男だとの評判が立つだろう。それは避けたい。


 当然ながら高久自身が剣を取っても、笑いものになるだけだろう。ならば苦々しい思いと共に不戦敗を受け入れねばなるまい。悄然とする高久の眼前で、佐津間家の不戦敗が告げられる。八幡宮が、嘲笑を含んだどよめきに包まれる。

 だが気にしている暇はない。帝の天覧が始まるのだ。もうすぐ会場の正面に用意された御簾の向こうに、玉体が移らせ給う。迎えるために腰を上げた高久の耳に、喧騒が聞こえてきた。


 門前が騒がしい。

 目を凝らすと、人垣が割れ行くところだった。出来上がった道を、六郎が珍しく居丈高な様子で歩いている。そしてその後ろには、隼人がいた。


 ほっとした。無事に般若面を討ちとったか。

 安堵と共に、一抹の口惜しさが湧いてくる。あと少し早ければ間に合ったのにと、女々しくも益体の無い考えが浮かんでしまう。


 だがもう遅いのだ。既に敗北は宣言された。天覧試合で一度定まった勝負をひっくり返すことなど出来はしない。だが隼人の言葉に、さすがの高久も腰を抜かしそうになった。

 試合場の端にたどり着いた隼人は、短く宣言した。


「天覧試合に乱れ入りいたす」






 佐津間の地には、乱れ入りという戦いの形式がある。

 勝ち抜き戦など多くの武人が集まる試合の場で、参加する権利を持たぬ者が出場を請うものである。不用意に断れば、恐れをなしたとも見られるため、実力者の申し出であれば受け入れられることが多い。

 乱れ入りをした者には大きな不利が与えられる。その場にいる者全員と戦わねばならない。例えば16人の勝ち抜き戦ならば4回勝ったところで優勝だが、乱れ入りするとなれば、16回も勝たねばならない。一つでも落とせば、順位すら付かずに敗者となる。

 圧倒的に不利である。それでも腕に自信があるならば、やるがよい。そういう佐津間流の考えだ。


「強ければ我儘が通る。それなら今回ばかりは、通してもいいんじゃないですか?」


 黒鹿毛はそう言ってくれた。

 権威を力でひっくり返す。本来なら体制側に立つ人間がやるべきものではない。だが六郎すら隼人の背を押してくれた。


 そして受け入れられた。

 隼人が乱れ入りを宣言すると高久はすぐに声を上げた。


「その意気や良し!」


 公家連中が眉根を寄せてひそひそ話などを始めたが、それらを吹き飛ばすほどに観衆が湧いた。壁を打ち壊すとき、人は心動かされるものだ。天覧試合に乱れ入りをしようという隼人の心意気が、受け入れられたのだ。


 試合場の端に立ち正面を見る。白砂の向こうに御殿があり、御簾が備え付けられている。その向こうに帝がいるのだろう。脇には高久が座している。いつの間にか六郎と黒鹿毛も高久の近くに侍っていた。そこが本来予定していた場所なのだろう。黒鹿毛などは東方平原の正装に着替えている。


 場が整ったということなのだろう。白砂に対戦相手が現れた。長短二刀の木剣を携えている。既に一回戦が敗北に終わって出番を失ったところだったはずだ。失地挽回のためにも死に物狂いで来るだろう。気合を入れなおす隼人に、楡葉が木刀を捧げ持って歩み寄ってきた。


「ご武運をお祈り申し上げます」


 その柔らかな微笑みに、脳髄まで痺れるような幸福感に襲われた。


「必ずや、楡葉様のご期待に、高久様のご恩に、お応えいたします」


 息も絶え絶えに応えると、しっかりと地を踏みしめながら進んだ。

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