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この復讐は、正義だ  作者: 安達ちなお
4章 戦士への復讐

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四郎、客人たちと話す

 四郎が書き取りの練習をしていると、何やら香ばしい匂いが漂ってきた。筆を置いて部屋を出ると、庭で幾人かが焚火を囲んでいる。先日から佐津間家に滞在している異国の客人たちだ。

 いや正しくは刀王佐津間高久の客人であり、兄の隼人が滞在場所として屋敷を提供しているのだ。


 平素この屋敷には、兄と四郎、身の回りの世話を頼んでいる老女のお稲がいるだけだった。そこへ訪れた三人の客人と世話役の下人たちが、屋敷を賑々しいものにしている。

 中でも今日は一段と楽しげに見える。客人の一人が外から持ち込んだ食材を、皆で調理をしているらしい。見慣れぬ野菜や香辛料、骨付きの肉などがある。


「あ、騒がしくしちゃいましたか?」


 気さくに話しかけてきたのは黒鹿毛という名の少年だ。遠く東方平原にある異国の王子と聞いているが、あまりその実感はない。いつも柔和な風を纏っているし、柔らかく微笑んでいて、何より気さくなのだ。


「東方平原の食材が手に入ったので、あちらの料理を作ってみることになったんです」


 輪の中心にいる黒鹿毛が鉄鍋を振るたびに肉脂と野菜が焼ける芳香が広がり、四郎の体中にまとわりついていた墨臭が追い出されていく。


 ぐう。

 朝は山盛りの米を目一杯かきこんだはずなのに、腹が鳴った。今年で十二歳になる育ちざかりの四郎は常に空腹を抱えている、それでも朝飯のすぐ後に腹の虫が騒ぐなど稀だ。それほどに美味しそうだったのだ。


 黒鹿毛の隣では、長身の女性が何やら白いものをこねている。餅のようにも見えるし、うどん粉を練ったものにも見える。それを薄く円形に伸ばして鉄板に乗せ、火にかける。しばらくするとわずかに膨らみ始め、ひっくり返すときれいにきつね色の焦げ目がついていた。そこへ黒鹿毛が炒めた肉と野菜を乗せていく。


「食べますか?」


 差し出された料理を見て、四郎は躊躇った。きっと美味いに違いない。しかしほいほいと口をつけるようでは武士の沽券に関わる。恥ではないだろうか。

 生唾を飲み込みながら考え込んでいると、しわくちゃの老人が笑顔で四郎の肩に手を置いた。たしか緋紋という名だった。


「これは小麦の生地を練って焼いたものに、炒めた羊肉や牛肉を乗せたものです。香りのよい野菜を使っておりますので津間の料理とは毛色が違いますが、これでウマいですゾ」


 言いながら、料理を四郎の手に握らせる。


「さ、四郎さま。遠慮なさらずにお召し上がりください。いや、むしろこちらを助けると思ってご賞味いただけるとありがたい」


 拝むように手を合わせながら、気安く頭を下げる。考えられないほどに軽薄な振る舞いだ。津間に住む男であれば鼻で笑われる。この態度が許されるのは女子供か商人くらいだろう。

 けれど有難くもある。こうして頼まれれば、仕方なく食べたという言い訳が立つ。


「そこまでおっしゃるなら……」


 口ではそう言いながらも大口でかぶり付いた。

 美味い。

 小麦の生地は香ばしく焼けているし、肉の油と野菜の香りが強烈だ。確かに津間にはない料理だが、癖になる。


「いかがですかな?」

「……美味い」


 認めざるを得なかった。こんなに味と香りの濃い食べ物は初めてだ。五臓六腑に沁みるほどに美味かった。あっという間に食べきってしまった。


「もうひとつ食べますか?」


 今度は黒鹿毛が持ってきてくれた。


「はい、馳走になります」


 今度は躊躇わずに貰った。肉を頬張る四郎を囲んで、黒鹿毛たちも食べ始めた。東方平原では男が料理をすることも珍しくないのだろう。黒鹿毛だけでなく緋紋も食器を並べ、卓を整え、せっせと料理を運んでいる。


 四郎もよく食べるが、黒鹿毛も健啖家だ。何でもないような顔をして、次々と皿を空けていく。


 黒鹿毛の隣では、長身の女性が茶を用意したり手拭きを持て来たりと、かいがいしく世話を焼いている。たしかサンサという名であったはずだ。護衛の戦士か家臣かと思ったが、それにしては仲が睦まじそうだ。

 詮索は野暮だが、興味が優った。


「お二人はご夫婦なのですか?」

「恐れ多いことです」


 サンサはすぐに応えるが、さりとて態度を変えるわけでもない。正妻然として黒鹿毛の隣から動かない。

 これ以上聞いたら、流石に野暮も野暮天だな。目の前の肉に気を戻した。すると四郎の前に、皿に乗った三つ目の肉が置かれた。


「お気に召したようで何よりです」


 緋紋がにかりと笑い、黒鹿毛も微笑んでいる。確かに四郎が手に持っている二つ目は、食べ終わりそうになっている。たぶんあと二つはいけるだろう。


「お稲の作る飯は葉か根ばかりで物足りないのです」


 言い訳がましくそう口にすると、緋紋が「佐津間の料理は肉と脂が少ないですからなあ」などと笑っている。

 別にこってりとしたものが無いわけではない。家長である隼人が質素なもので満足しているから、それ以上のものが出てこないだけだ。


 道場や塾の同年代の友人たちが、天ぷらや鰻を食べたという話しを聞くたびにうらやましく思ったものだ。けれど我儘は言えない。


 父母は四郎が物心つく頃には亡くなっていたので、兄の隼人が家を取り仕切っている。隼人は独り身なので、身の回りのことはお稲が全部やっていた。


 その隼人もお稲も、赤貧を経験しているので贅沢はしない。幼いころから広い屋敷に住みたらふく飯を食っている四郎とは考え方から違うのだ。そんなことを愚痴のようにこぼしてしまうと、緋紋が呵々と笑った。


「戦士の勇者佐津間隼人となれば、扶持に不足はないでしょうに、生真面目でいらっしゃる。四郎さまとしては、色々と物足りんでしょうな」

「飢えぬだけで極楽が兄上の口癖ですから」


 佐津間姓を賜る前はその日の糊口をしのぐだけでもやっとだったと聞いている。隼人と四郎の他に二人の男児があったが、医者に見せる金も無く病に失ったそうだ。


 窮乏を脱するためには学問か剣を修める必要があるのだが、隼人が選んだのは剣だった。その選択が正しかったことは、すぐに証明される。


 金が無かったためにあまり道場にも通えず、白虎館の佐々木主水からわずかに基礎を学んだあとは、自ら修練した。朝は庭で畑を世話し、昼には煙が出るほどに立木を打ち、夜には川面に映った月を斬る。物心ついたころからひと時も休まず鍛錬し、秘剣を身に宿した。


 川面に映る三日月をなぞるように剣を振って身に着けた秘剣一の太刀“三日月”は、師である佐々木主水を破った。秘剣二の太刀“炎木”で、藩王高久の催した御前試合で第一席を獲得した。そして秘剣三の太刀“新月”で銀月帝国皇帝の眼に留まり、勇者の一行として世界を旅することとなった。

 佐津間姓を賜ったのは、隼人の武功を佐津間家が横取りするためだと陰口をたたく者もいたが、生きるも苦しい日々を知る隼人は、大層有難がって高久に無上の忠誠を誓っている。


 そんな兄の苦労と栄達を知っているから、四郎は我儘など言えるはずもない。兄に少しでも追いつこうと必死に手習いと道場通いに精を出しているのだ。


「四郎さまも生真面目でいらっしゃったか。これならばすぐに兄上に追いつけますぞ」

「無理です」


 緋紋の世辞に四郎は強く首を振る。


「どれだけ励んでも、兄上には剣の腕前も刀王様からの信頼も、到底敵いそうもありません。先日も何やら主命で忙しくしていたようですし。噂では黒手組の般若面を討ったとか」


 隼人は主の密命を軽々に明かしたりはしない。大抵は家族にも伝えない。

 だが般若面による辻斬りが横行していたことは、津間の町に知れ渡っていた。


 公儀が触れたわけではない。しかし人の口に戸は立てられない。津間城内での一件目も、侍が斬られた二件目も、隼人の脇差が見つかった三件目も、大抵の内容は噂話で広まっていた。


 お陰で昼間こそいつもの様ににぎわっていた津間の町だが、夕からの出歩きは減り木戸は固く閉ざされていた。この時期の夜桜で儲けていた酒屋や仕出し屋が損をこいた話も聞いたし、産婆が駆けつけるにも用心の男衆を何人も連れねばならず一苦労だったらしい。

 そんな不安を吹き飛ばした隼人の活躍は、やはり巷間では第一の話題に上がっている。


「佐津間では般若面と魔王は悪の二大巨頭です。もう兄上に追いつけるほどの手柄は残っていません」

「そんなことはないですよ。たぶん般若面の一件は解決していないですしね」


 黒鹿毛がのほほんと言った。


ひとつ前のエピソードを「閑話 六郎と高久」から「六郎、高久に白状する」に変更しました。

4章では、本筋を読むうえで必要ではないエピソードに閑話と付けていましたが、やっぱり必要な情報があるかもとなったので直した次第です。内容に変更はないです。

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