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この復讐は、正義だ  作者: 安達ちなお
4章 戦士への復讐

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隼人、辻斬りを成敗する

 夕闇の中、隼人は御田家の前に立った。既に大戸が下ろされており、中の様子は窺えない。

 御田家は蔵を持つ造り酒屋だった。元をたどれば武家なのだが、少なくとも三代前には酒造株を手に入れ、今の場所に蔵を構えたようだ。とはいえ酒造は大したことなく、高利の貸金で荒稼ぎをしているらしい。


 御田の父が酒屋や高利貸しを営み、その稼ぎで御田自身は悠々の暮らしをしているという寸法だ。本来は後を継ぐために必死に勉強をしているところだが、商売もそっちのけで道場に通い、博打に散在している。酒造りも帳簿の管理も人に任せ、放蕩するつもりなのだろう。


「準備は万端です。いつでもどうぞ」


 隼人の背後には、床几に座る桐生六郎がいる。その采配で、鎖帷子を着込み長脇差やさすまたを手にした捕り方たちが御田家を取り囲んでいる。鼠一匹逃さぬ意気込みだ。


「御田平八郎が家に戻ったのは確認しています。既に袋の中、ですね」

「何か気遣いをする必要はござるか?」

「ありません。存分にどうぞ」


 ――ようやくだ。


 しがらみを逃れて剣を振るうことが出来る。上司の抑制も、世間体も、見栄も恥も無い。思うさま自身の剣腕だけで意思を貫くことが出来る。解放感に身震いする思いだった。

 隼人が刀を抜くと、夜の闇に刃光が白く浮かぶ。二尺七寸の豪刀で、佐津間の名匠として知られる刀鍛冶、包比良かねひらの作だ。魔王に一太刀も二太刀も入れた天下の名刀である。


「では参る」


 正面の大戸を力いっぱいに蹴り破ると、土間に足を踏み入れた。


「御用改めにござる! おとなしく従えばよし、歯向かえば斬る」


 大きく宣言すると、すぐに奥から若い男が二人出てきた。一人は御田だ。匕首を持った若衆を連れている。御田家の奉公人だろうが、既に鞘を投げ捨てているあたり、ずいぶんと柄が悪い。


「なんだぁ、てめえは」

「用向きはもう伝えた」


 隼人の包比良が空を走る。


「げっ」


 次の瞬間には、喉を斬られた若い男がのけぞって倒れた。包比良を軽く振って血を払うと、御田がうろたえ飛び退いた


「さ、佐津間隼人っ?!」


「御田平八郎。貴様が持ち去った拙者の脇差で、辻斬りがあった。般若面の三人目の被害者だ。夜鷹が滅多切りにされ、双国橋のたもとに打ち捨てられていた。……やったな?」

「知らねえ! 俺は知らねえぞ」


 御田が吼えるが、六郎の冷たい声が断ち切る。


「嘘ですね」

「う、嘘じゃねえ! やってねえ! 決めつけんじゃねえよ」

「見ればわかります」


 細い目をわずかに開いた六郎が、御田を見据える。その視線から逃げるように、御田が家の奥へと駆け込んだ。

 その背を追って、隼人はゆっくりと奥へ進んだ。

 障子を蹴破って座敷に上がり込むと、幾人かの男たちが帳簿と向き合っているところだった。店じまいをして金勘定をしていたのだろう。最奥にいる白髪交じりの太った老人が怒鳴った。


「誰だてめえ!」

「この家の者は、同じことしか言えぬのか。これで二度目だ、三度目は無いぞ。御用改めにござる。おとなしく従えばよし、歯向かえば斬る」


 隼人が睨むと、机に向かっていた男たちは気圧され押し黙った。部屋を見回すが御田はいない。老人をひと睨みすると、他と違って睨み返してきた。


「貴様、当主か」

「だったら何だってんだ」

「斬る」

「先生、頼みます!」


 老人の叫びに、奥から一人の男が現れた。浪人風の男で、着流し姿で太刀を抱えている。金貸しで暴利をむさぼっている都合、用心棒を雇っているのだろう。


「邪魔するか」

「こっちも金貰ってるんでね。悪く思うなよ」


 用心棒は、躊躇いなく抜刀し正眼に構えた。


「これでも俺ぁ、諸羽流の佐々木主水門下だった。目録持ちだ。相手が悪いぜ?」

「ほう白虎館か。佐々木殿の額にある古い傷跡を知っているか?」


「三日月の傷跡だろう。それがどうした」

「拙者がつけた」

「……ってことはおめえ、あの佐津間隼人かっ?!」


 用心棒は怯んだように一歩下がる。その機を逃さず、隼人が踏み込んだ。袈裟斬りに振り下ろした一閃に、驚くべきことだが、用心棒は反応して見せた。技の佐々木として知られた白虎館で目録までたどり着いたというのは、嘘ではなかったのだろう。剣先を翻して受けようとする。

 だが、二人の刀がぶつかる直前、隼人の包比良が軌道を変えた。受ける刀を避けるように曲線を描き、用心棒の肩口に食い込み、そのまま斜めに切り裂いた。


「秘剣一の太刀、三日月。月を描くが如く剣閃を捉えるは、至難の業にござる」


 隼人が言い終えた時には、こと切れた用心棒が畳に転がっていた。


「従う、御用改めにおとなしく従う! だから勘弁してくれ……」


 目の前の一方的な斬り合いに腰を抜かしたのか、へたり込んだ御田の当主が慌てて諸手を挙げた。


「平八郎はどこへ逃げた? 奴には黒手組への関与並びに般若面として辻斬りの嫌疑がかかっている」

「あの馬鹿が、そんな大層なことをしたってのか?」

「二度は聞かんぞ」


 切っ先を突き付ける。


「ま、待て! あいつのことだ、裏から逃げたか酒蔵に籠ってるはずだ。好きに探してくれ」

「なるほど」


 刀を向けたまま距離を詰めた。


「おい、取り調べには抵抗しないって言ってるだろう!」

「取り調べとは別に、拙者も御田家には用がある。大層な無礼と恥を受けた」


 そもそも白虎館での無礼な挑戦は、道場とはいえ非礼な振る舞いだった。街中で楡葉と黒鹿毛にいちゃもんを付けたのは、無礼討ちにされても文句は言えない所業だ。挙句に隼人の脇差を奪って愚弄した。極めつけはその脇差を使って辻斬り働きをした。何もかもが許しがたい。

 まともに裁いても、当然ながら御田平八郎に命はない。いや、武家にここまでの狼藉を働けば、一族郎党にまで罪は及ぶ。


「御田の血筋は根絶やしだ」

「ひっ」


 逃げ出そうとするその背中を包比良でたたき割った。僅かな断末魔を最期に、動かなくなる。悲鳴を上げて逃げ惑う奉公人や番頭などは放っておき、歩を進めると、蔵はすぐに見つかった。

 蔵は思ったよりずっと小さかった。酒造と言っても、せいぜい二百石ほどだろう。買い入れた酒を売ってもいるようだが、ほとんどは高利貸しの稼ぎで食っているに違いない。

 その狭い蔵に足を踏み入れると、人影が飛び出して来た。手には真剣を握りしめている。


「殺されてたまるか!」

「観念しろ、御田。……いや、観念する必要は無いか。いずれにせよ斬るだけだ」


 無慈悲に距離を詰めると、御田ががむしゃらに突っ込んできた。隼人の胴を薙いでくるが、どっしりと腰を落としてはじき返す。


「ち、ちくしょうめ!」


 懲りずに唐竹割に切りかかってくるが、これも包比良を振り上げて跳ね返す。たたらを踏んだ御田へ踏み込み、三日月を放った。無闇に振り出された御田の刀を躱し、豪刀が御田の首筋に食い込む。

 これほどの斬撃を受けては、命はない。誰もが直感で理解できるだろう。だが御田は、それ超える強烈な反応を見せていた。単なる苦痛や恐怖ではない。まるで命に銛を打ち込まれ、無理やり引き剥がされようとしている。そんな表情だ。


「必殺。切りつけた相手を確実に死に至らしめる、文字どおり必ず殺す技だ」


 隼人が静かに告げるが、御田はその声をどこか遠くに聞いているようだった。


「必殺を使わずとも、手討ちにはできる。たが、貴様を絶対に許さないという決心のもとに使った。死ね」


 死んだ御田を打ち捨てて家探しをし、その妻と子もなで斬りにした。御田の家を根絶やしにしたのだ。

 血刀をぬぐいながら外に出ると、桐生六郎が冷ややかに笑みを浮かべていた。


「終わり申した」

「お疲れ様です。後は引き受けます」


 ――これで終わるか。

 一陣の風が通り過ぎ、夜空に桜の花びらが舞っていた。

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