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この復讐は、正義だ  作者: 安達ちなお
1章 追放
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皇帝の決断

 銀月帝国の皇帝ガイウス・シルバーバウムは、怜悧冷徹に思考を重ねていた。

 盗賊の勇者クロカゲを殺すべきか、否か。

 自室の固い木椅子に背を伸ばして座りながら、長く考え込んでいた。


「どうしたの? お父さん、また眉が変な形してるよ」


 顔を上げると、海のように美しい緑色のドレスを身にまとった愛娘が立っていた。腰を折って、考え事をする父の顔を覗き込んでいる。


「何でもない。やはりユユには緑が似合う」


 何度目かになる手放しの称賛を口にした。

 偽りのない本音だ。みずみずしい白い肌に、長い銀髪を持つユユには、鮮やかな色がよく似合う。

 魔王討伐の褒美を与えるという名目で、帝都へ参集するよう七勇者へ使者を出したのは、半月ほど前のこと。それを聞きつけたユユは、いそいそと衣装を選び始めたのだ。

 魔王討伐後に七勇者が集結するのは初めてのことだ。「そんな一大事なら、目一杯着飾るのは皇族としての義務だよ」などと理屈を並べ立て、普段は見向きもしない装飾過多なドレスや宝飾品を試している。

 仲間に会えるのを喜んでいるのは確かだろう。だが、心弾ませている一番の理由が他にあることを、ガイウスは知っていた。


 クロカゲだ。

 天真爛漫で誰とでも隔意なく付き合う愛娘が、黒髪の遊牧民の少年と会う時には、一層目を輝かせている。父親の目から見ても、それがよく分かる。

 そんな少年を殺すか否か、ガイウスは冷静に検討している。


「そのドレスでは、裾が長すぎて動くには不便だろう。他にも試着してみてはどうかな」

「そうだね、行ってくる!」


 ユユが服を選びに部屋を出て行くと、再び沈思する。

 ガイウスは、常に銀月帝国の繁栄を優先する。

 何が最善かを、常に考えている。その実現のためには、個人の感情や自分の身であっても、駒のように無感情に動かす。魔王討伐において、皇帝自ら親征し剣を振るったのが、よい証拠だ。

 そして今は、愛娘の想い人を殺すことの利と害を考えている。


 帝国を繁栄に導くための行いは、許される。

 全てが許される。ガイウスは、そう確信している。

 魔王討伐を果たしたとはいえ、銀月帝国は安閑としていられる状況にない。魔王軍の残党は未だに各地へ散らばっており、脅威として残っている。駆逐のために多くの兵力を動員したいところだが、国際情勢を鑑みるとそれも難しい。


 帝国の西では軍事国家ロムレス王国が牙を研いでおり、南には肥沃な土地を抱える大国イオス王国が無傷で力を温存している。東方平原の五氏族同盟とは、魔王討伐で協力はしたものの、古くから領土的対立を抱えており、それは解決したわけではない。

 帝国領内に入り込んだ魔王軍残党を北方へ押し出そうと兵を動かしているものの、そんな諸般の情勢のせいで存分にというわけにもいかず、遅々として進んでいない。


 各国への影響力を高めるために、魔王討伐の功績を皇女ユユ一人のものであるかのように喧伝したりもした。七勇者のそれぞれにも個別に褒賞を与えるなど、掌握のための手配りも進めている。東方平原内での不和となるよう、狩人の勇者カ・エルを通じて火種も仕込んでいる。

 その他にも、いくつかの手を打っている。


 だが、不安がある。

 クロカゲのスキルだ。

 盗賊職のスキル“奪取”は、その名のとおり対象の持つものを奪い取る。勇者級ともなれば、持ち物だけでなく、性質やスキルといった形のないものさえも、奪い去ってしまう。発動にはいくつか条件があるといえど、魔王の“不滅”を奪い去るほどの能力は、脅威といえる。


 もし、これが銀月帝国に向けられたらどうなるか。

 “無敵”の勇者ユユが倒される唯一の可能性が、クロカゲなのではないだろうか。他の勇者たちの力が喪失する可能性もある。

 そうなれば帝国の権威が傷つく。のみならず、実際的な戦力も大きく削がれる。

 ならば放置すべきではない。ガイウスは、そう考える。

 とはいえ、魔王討伐が成った今、クロカゲは大陸に名の知れ渡った勇者だ。簡単に排除できるものではない。

 大義名分が必要だ。


 魔王討伐に功のある勇者の命を奪う理由となると、大きな名分を作らねばならない。が、それとて容易ではない。

 もしクロカゲやクォン族が、帝国に対して完全なる服従の姿勢を見せるのであれば、それに越したことはない。

 カ・エルなどは、東方五氏族同盟の盟主を通さず、直接帝国と交渉を持ち、服従の意を示してきた。クロカゲが同様に抵抗すること無しに臣従するのであれば、利は大きく損は少ない。


 しかし生かせば危険は残り続ける。

 生かした場合の危険性と、殺す場合の不利益を天秤にかけ考える。


 しばらく思考をめぐらせていたが、視線に気づき顔を上げると、部屋の入口に立ってこちらをうかがっている若い書記官と目が合った。

 案件の軽重や時期を考え、いつどのように話しかけるかというところまで考慮する優れた男だ。こちらを伺いつつも声を懸けなかったということは、緊急事態ではないが可能なら早めに報告したいという程度の事情があるのだろうと分かる。


「良い。述べよ」


 短く声をかけると、素早く近寄ってくる。


「盗賊の勇者クロカゲが帝都へ到着しました。約三十騎を伴って、城壁外に野営を始めています」


 ガイウスは沈思する。

 事前の連絡もなしに帝都に兵を寄せ、あまつさえ野営をするなど、論外だ。事前に連絡をしたうえで、宿や夜営地の案内を頼むのが通例といえる。

 クロカゲらの振る舞いには、帝国への敬意や気遣いというものが感じられない。

 しばらく思考していると、平服のユユがドレスを二つ抱えて飛び込んできた。


「ねえ、どっちが良いと思う? こっちは裾がかわいいんだけど、ちょっと布が多すぎてゴテゴテしてるような気がするし……。こっちは赤い飾りが素敵なんだけど、ちょっと大人すぎる?」


 まぶしい笑顔で問いかける愛娘を見て、ガイウスの思考はさらに深まる。

 クロカゲの手綱を握れるだろうか。完全に制御するのは難しいかもしれない。今までも懐柔を試みてはいたが、クロカゲの根は完全に東方平原にある。東方平原と帝国が対立したとして、東方平原を離れ帝国に就く選択肢などはないだろう。

 だが、例えばユユをクロカゲに嫁がせたとしたらどうか。ユユを通じてクロカゲを手に入れられるかもしれない。


「どうしたの、お父さん?」


 ガイウスの沈黙を不思議に思ったのか、ユユが顔を覗き込んでくる。

 決断したように一つ頷くと、ガイウスは顔を上げた。


「盗賊の勇者クロカゲが帝都に到着したようだ。ユユに会えば喜ぶだろう、行ってやりなさい」

「え~、まだ服を決められてないのに! まあいいや、とりあえずこのまま行っちゃおう!」


 次第に遠ざかるユユの足音を聞きながら、ガイウスは決断した。

 服従か死か。そのどちらかを選ばせよう。


 まずはクロカゲらを試す。

 不公平な扱いを受けても甘受し、不利益を与えられても享受する。そういった服従の姿勢があればよい。クロカゲらが敵意を見せなければ、懐柔の策をめぐらせる。

 必要とあれば銀月帝国の第三皇女であり勇者として名を馳せるユユを与えても良い。


 しかし反抗の意思が見えたときは、殺す。

 そうと決まれば、クロカゲを生かす場合と殺害する場合の、双方の手はずを整えなければならない。

 冷え切った紅茶を飲み干すと、足早に部屋を出て行った。

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