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この復讐は、正義だ  作者: 安達ちなお
4章 戦士への復讐

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黒鹿毛とサンサ

 黒鹿毛が再び朱雀館を訪れたときには、すでに夕暮れになっていた。

 さすがに楡葉を賭場に連れて行くわけにもいかないので城へと送り届け、隼人の屋敷に立ち寄り賭け代を懐に入れると、そのまま朱雀館へと取って返した。

 それでも時間を要したのは、楡葉が粘ったからだ。あれこれと理由を付けて同行しようとするので、何とかなだめすかしてようやく帰すことができた。


「ようこそお越しくださいました」


 賭場では先ほどの高弟の出迎えがあった。


「また別の女性を連れていらっしゃる。うらやましい限りで」

「博打をするのは僕だけですから、安心してください」


 黒鹿毛の隣にはいつもどおり女戦士が無言で立っている。緋紋に問われるまま、黒鹿毛が朱雀館の顛末を説明すると、黙ってついて来たのだ。早朝の般若面捜索の際に置いてきぼりにしたことへの反発なのか、それとも危険がある場所で護衛の役目を果たそうとしたのか。意図は分からないけれど、放っておいている。


 好きにすればいい。興味が無い。それが偽らざる黒鹿毛の本心だ。そもそも相手からして、黒鹿毛を胡散臭い思いで見ているだろうし、良い意味での興味や関心などはないはずだ。

 ただ主から与えられた任務を果たそうとしているだけなんだろう。そう割りきって見ている。


「けっこう狭いんですね」


 賭場は十畳ほどの部屋に作られていた。


「道場でも使っていると思われましたかな。朱雀館は剣術道場でもありますんでね。いえ、むしろそちらが本来です。賭場は余りの部屋に設えているんですよ」


 案内されるまま畳に腰を下ろし、まずは様子を眺めた。

 十人ほどの客を迎えている。部屋の中央には、客に相対するように二人の男が座っていた。

 一人が、ツボにサイコロを二つ放り込んで茣蓙の上に逆さに置く。このツボは、片手に収まるほどの笊のようなもので、サイコロの目が見えぬようになっている。

 そこでもう一人が「さあ、張った、張った。どっちだ、どっちだ」と声をかけると、賭場にいる十人ほどが「丁だ」「俺は半だ」と口々に言いながら札と銭を出していく。


「まあ物は試しに、お賭けください」

「えっと。それじゃあ丁に」


 言われるままに懐から小判一枚を取り出して、丁の札と共に置く。


「おや、意外と勝負師だ」


 他の客をよく見ると、銀貨を使っている者が多い。


(額面が大きすぎたかな)


 少し気になったけれど、今更引っ込める訳にもいかない。他の者も銭と共に札を出していくが、丁の札は少ない。進行役が「もう無いな? では、勝負!」と宣言すると、ツボが上げられた。

 茣蓙の上のサイコロは、二つとも「三」だった。


「三ゾロの丁!」


 小判が二枚になって返ってきた。

 張った者が少ない方が当たると多く払い戻され、逆になると少なくなる。そう難しいことではないようだ。


「おめでとうございます」

「いえ、まぐれです」


 これは本当だ。けれどその後に三度賭けて、三度当てた。


「驚きました。お客人は賽の才があるようで」

「そうなんでしょうか」


 別に種も仕掛けも無い。よく見ているだけだ。

 ツボにサイコロを入れるとき、振り手は賽の目をこちらへ見せてくれる。その後にツボに入れてひっくり返してから、数度振る。けれど極端に大きな動きはない。最初からよく見ていれば、サイコロの傾きは分かる。生半可な剣士では無理だろうが、この程度の見切りは隼人なども出来るだろう。


「いかがです? 次は大きく賭けてみては?」

「それじゃあこれを半に」


 今まで勝った分を全部かけた。賽の目はもう分かっている。一二の半だ。


「では、勝負!」


 進行役の掛け声で、ツボが上げられる。その瞬間に、小さな音だが確かにカチリと鳴った。目は四二の丁だった。


「おや、初めて外しましたね」

「そうですね」


 いかさまか。

 黒鹿毛の勝ちが込んできたところで、取り返したかったのだろう。手口は分からないが、カゴを上げるときにサイコロを動かした。カゴに穴が空いているのか、中に仕掛けがあるのか。

 どちらにせよ潮時だ。いかさまを相手にしている暇はない。


「あの、昼に逃げ込んだ白虎館の門弟……御田さんでしたっけ。会わせてもらえませんか?」


 水を向けてみると、朱雀館の高弟は渋い顔をした。


「お客様を売るような真似は、なかなか難しいでしょうな。うちには面子もありますし、賭場の評判にも関わる」

「そこを何とか」


「では、賭けは如何でしょうか?」

「賭け?」


「はい。次の丁半であなたが勝ったなら、そちらの申し出、考えるとしましょう。負けたなら相応の物をいただいた上に、以後この話はしないということで」

「相応のもの……ですか」


「ええ。人を出せというのならば、そちらも人を出していただきましょう」

「人を?」

「その女、ずいぶん上玉ですね。客を取らせりゃ、かなり稼ぐでしょうな」


 黒鹿毛の隣を見る。どうやらこの不愛想なの女戦士を欲しているようだ。下種な欲望がこぼれ出たのだろう、高弟が唇をぴちゃりと舐めた。それほどに魅力的に見えているのだろうか。


「お断りします」


 この女戦士の身を殊更に守る必要性は感じていない。さりとて積極的に質に使うような真似はしたくない。人を財物のようにやり取りするなんて、まるで銀月帝国のやり口だ。反吐が出る。

 それにいかさまもある。負けると分かっている勝負をするほど、気張る場面ではない。


「では、こちらもお客人の身柄は出せそうにありませんな」

「うーん。お金じゃ何とかなりませんか?」

「なりませんな」


 取り付く島もない。おそらく最初から断るつもりの無理難題なのだろう。さてどうやって突破口を開こうか。

 助け舟は、隣から出た。


「このサンサの身をお使いください」

「え」

「この身の総てをお預けします。あなたの思うままにお使いください」


 鉄面皮はそのままで、声音にも変わりはない。考えの読めぬ目で黒鹿毛を見つめている。

 この女戦士の表情は、食事時だろうと戦場で剣を握っていようと、変わらない。今も凪の表情で平然と自分を質に入れようとしている。


「自分のことであっても、あんまり軽く扱わない方が良いですよ」

「問題ありません。信じております」

「何をですか?」

「あなたを」


 最初は、何を言っているんだろうという戸惑いがあった。だが本心からの言葉だと分かった。

 黒鹿毛を信じると言ったのだ。その身を委ねると言ったのだ。


「実力も人柄も、あなたであれば些かの不安もありません。復讐あれのこととなるとひやりともしますが、この身を委ねるに不安はありません。どうぞご自由に」


 がんと殴られたような衝撃があった。

 もう、誰も信じない。七勇者の裏切りから、ずっとそう確信して生きてきた。今は唯一の例外こそあるが、それでもその他は全て信頼できぬものと決めていた。

 たから誰かから信頼を寄せられるなんて考えもしていなかった。それも、復讐心まで含めた黒鹿毛の全部を信じるという。


 槍の腕だけなら、信頼する者もいるだろう。王太子という身分を信用する者もいるだろう。けれど総てを信頼し身を委ねるという人が現れるとは、考えもしていなかった。

 いや、今突然に現れたのではない。ずっとそばにいたのに黒鹿毛が見ていなかっただけなのだ。思えば白虎館での騒動の時も、自らを盾に、黒鹿毛を守ろうとしてくれていた。そんな無私の献身と信頼を、無下には出来ない。したくはない。


「……わかりました。サンサさんの体、借りますね。絶対に危ないことにはなりませんから安心してください」


 黒鹿毛がサンサの目を見て言うと、サンサは相変わらずの無表情で小さく頷いた。


「おや、女を賭けますか。やはり勝負師でいらっしゃる」


 分かりやすく舌舐めずりしている。


「ええ。ですが一つお願いがあります。そのサイコロ、確認させてください。そして僕が直接カゴに入れます。そのあとはお任せします」

「駄目ですねえ。普段からお客に賽に触らせない。それとも、まさか我らがいかさまをすると疑っておいでで?」


「普段と言いますけれど、人を賭けるのは普段には無いことでしょう? それともサイコロを見られるとバレるようないかさまをしているんですか?」

「……よいでしょう。そのかわり、負けても待ったは無しですよ」


 啖呵と同時にサイコロを放ってきた。黒鹿毛はそれを拾い上げると、仔細に観察した。

 木製の六面体で、重心のズレなどは無い。そもそもサイコロに何かあるなら、黒鹿毛に渡すようなことはしないだろう。やはり仕掛けがあるのは、カゴだ。


「問題無いでしょう?」

「……ええ」


 振り手がカゴを差し出してくるので、黒鹿毛は大人しくその中にサイコロを入れた。するとすぐにカゴが返され、茣蓙の上に置かれた。


「さあ張った!」


 他の客たちは見物に回っている。黒鹿毛以外に賭ける者はいない。

 黒鹿毛は、少し悩む素振りをしてから丁の札を出した。札を見た高弟と振り手が視線を交わしてニヤリと笑うった。


「では、勝負!」


 掛け声とともにカゴが取り払われる。サイコロは両方が三だった。


「三ゾロの丁……?」


 進行役も振り手も、高弟も戸惑いを隠しきれていない。


「よかった、僕の勝ちですね」

「え……ええ。そのようで」


「約束どおり、例のあの人、出してもらえますよね?」

「そりゃ、もちろん……ですが御田の野郎、昼の内に有り金使い切って、もう帰っちまいました。家は知っていますんで、そちらをお訪ねになっては?」


 結局、御田の住まいの情報を手に、すごすご帰ることになった。

 けれども収穫はあった。住居さえ分かれば、隼人の脇差を取り返すことも出来るだろう。朱雀館の取り調べが不要だとされていた真の理由も分かった。少なくとも般若面を匿っているからではない。それで一先ずは良い。


 それにもっと大きなものを黒鹿毛は手に入れた。

 すっかり暗くなった夜道を、二人はサンサの持つ提灯を頼りに歩いた。


「あの、サンサさん、ありがとうございました」

「いえ、私はただお任せしただけです。売られずに済んで安堵しました。あの博打には何かコツが?」


「最後のあれは、いかさまです」

「いかさま? こちらが手を入れる余地は見受けられませんでしたが」


「神弓です。サイコロを預かったときに技を使い、ツボに放り入れる。あとは、まあ、そういうことです」

「なるほど。やはりすべてをお任せして正解でした」

「いつもこう上手くは行きませんよ。でもサンサさんの信頼と期待に応えられるよう、精一杯頑張ってみます」


 二人が確かな心の繋がりを確認しながら帰路に着いた。


 その翌日、続けざまに辻斬りの被害者が出た。滅多切りにされた被害者の側には、公儀を痛烈に非難する書付と一緒に、血にまみれた隼人の脇差が捨てられていた。


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素晴らしい筆致です。 思わず「遠山の金さん」の登場を期待してしまいました(笑)
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