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この復讐は、正義だ  作者: 安達ちなお
4章 戦士への復讐

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隼人、憤死する(しない)

 鼻を突く血の匂いに、隼人は無意識に刀の柄頭を握りしめていた。あまりに強く握ったため、ぎりっと音を立てて目釘がずれる。こみあげる怒りを追い出すように、大きく一つ息を吐いた。


「失礼」

「いえ、お気持ちは分かります」


 同行している黒鹿毛も、いつになく険しい目つきだ。

 般若面による第二の被害者が見つかった。早朝にその知らせを受けた隼人は、すぐに家を出たのだ。

 現場は武家屋敷が並ぶ通り沿いの空き地で、雑木が生えて見通しが悪くなっている一角だった。武家風の男が斬り捨てられていたという。こと切れた男が寄りかかっていたというミツマタの木には生々しい血痕が残っており、そのすぐ脇には、布をかけられた遺体が横たわっている。


「発見されたとき、遺体の側には子どもがいたそうな。親が死んだことも理解できず、その亡骸に一晩中抱きついていたという話しにござる」

「……やるせませんね」


 ミツマタの木には、刀の切っ先によるものらしい跡がある。おそらく被害者の胸を貫き、その背後にある木にまで達したのだろう。

 遺体を検分するために布をめくると、血の匂いが一段と濃くなる。


「致命傷は一つ。刀でひと突きにされ、そのまま……でござるな」

「背は高いし腕は太いです。随分、鍛えていたようですし、かなり強かったのかもしれませんね」

「うむ。被害者は、白虎館の上位席次だそうだ。つまり般若面は、それを上回る腕前ということでござる」


 わずかにこみ上げる不快感を無視して、胸の傷を検分する。刀傷は一つしかない。たった一太刀で命を奪ったのだ。


「下手人の背丈は、低くは無さそうにござるな」


 胸を貫く刀傷は、角度が小さい。背が低ければ下から上に突き上げるようになる。それが少ないということは、被害者と同じ程度だろう。そう考えを示すと、黒鹿毛は静かに口を開いた。


「……もし犯人が薙刀を使っていれば、背が低くてもこうなりませんか?」

「薙刀?」


 確かに得物が長ければ、身長差があろうとも角度は小さくなる。この痕跡だけでは、刀か薙刀かは判別できないが、それゆえに薙刀使いも下手人の候補には上がってくる。


「背の高い剣豪か、背が低くとも薙刀の達人。今のところ手掛かりは、この二つか」

「あともう二つ、津間城に出入りすることが出来て、かんざしを奪う理由を持つ者……でしょうか?」

「む……」


 確かに津間城を条件に入れるならば範囲は狭まる。だがかんざしは余計だ。かんざしを欲しがるものなど、貧乏人か女くらいだが、そもそも今回、かんざしは隼人の懐にあるのだ。


「やはり朱雀館を調べたいですよね」

「むう……」


 三大道場の最後の一つである朱雀館は、捜査不要とされている。触れるべからずというのだ。取りも直さず、刀王高久の腹心である鶴名八衛門に所縁ある道場だからだ。

 八衛門が直々に「朱雀館は般若面に関わっておりません。隼人殿のお手間を取るまでも無いこと。捜査は無用にございます」と言ってきたのだ。珍しいことに桐生六郎までもが「八衛門様の言に嘘はないようですね。明日は雨でしょう」と口添えをしてきた。

 高久の腹心の二人から止められてしまっては、無理に調べるわけにはいかない。


「僕が調べてみましょうか?」


 黒鹿毛がそんなことを言い出したのは、現場の調査を終えて歩き出してからだ。


「こっそり忍び込んでもよいですし、見学をしたいと駄々をこねてみてもよいですけれど……」

「それでは王太子殿に迷惑がかかろう。それに例え入り込めたとしても、必ず証拠が見つかるわけでもござらん。朱雀館に関しては拙者が責任を持って取り調べいたそう」

「分かりました。では、そちらはお願いしちゃいますね」


 二人連れだって歩き、そのまま川沿いの通りに出た。七分咲きの桜並木と春の陽気に誘われたのか、人出が多い。それを狙った出店や屋台も出ているので、さながらお祭りのようだ。


「にぎやかですね」

「花見の客にござろう。佐津間では花を見ながら酒を飲み、飯を食うものにござる」


 そんな会話をしながら歩いていると、二人の前に影が差した。


「あら、黒鹿毛様。偶然ですわね」


 楡葉がいた。


「に、楡葉様……なぜ?」


 隼人は腰を抜かさぬように踏ん張った。

 こんなところに一人でいて良い人ではない。津間城の奥御殿で大切に守られるべき至宝が、このように市井にまろび出て良いものではない。

 驚く隼人をよそに、楡葉は黒鹿毛へとまっすぐに近づいてゆく。


「本当に全くの瑕疵一つない完全な偶然なので、驚いちゃいました。でも折角ですから、少し歩きませんか? 桜も綺麗ですし」

「え、ええ。僕は構いませんよ」


 言いながら黒鹿毛が気にしたようにちらりとこちらを見る。だが楡葉は気づく様子もなく黒鹿毛を見ながら笑みをこぼした。


「良かったあ。黒鹿毛様に断られてしまったらどうしようって思っていました」


 憤死するかと思った。

 楡葉が微笑んだ。それだけで桜のつぼみがほころんだのかと思った。満点の空に百万の流れ星が降ったのかと思った。快晴の初日の出を見た思いだ。だがその笑顔が、黒鹿毛に向けられている。


 ――何故だ。


 二人は先日一度会っただけではないのか。何がこうも楡葉の心を動かしたというのか。隼人は、自身が一目で楡葉に心を奪われたことすら忘れるほどに心乱された。

 まさに憤死する思いだ。今この瞬間にも血を吐くかもしれない。

 隼人は奥歯をかみしめ、拳を握りしめ、並んで歩く二人の後ろを付いて足を動かした。


「留香さんは一緒じゃないんですか?」

「今日はお休みです。付いてきちゃいそうだから、留香がいない日にしたんですよ」


 はにかみながら楡葉が言う。耳もうなじも桜色に染めている。

 つまり黒鹿毛と会うには邪魔者だったということだ。余人を交えずに男と会おうとしたというのだ。そこにどんな思いが込められているというのか。隼人は丹田に力を込めて、踏ん張った。危うく死ぬところだった。


 息を整える。

 黒鹿毛は気にかけた様子もなくのんびりと歩いている。今はその背が、憎い。


「桜、綺麗ですね」


 何とも優し気な声音で、楡葉に語り掛ける。その言葉に、楡葉は僅かに身じろぎをする。


「……私、今死んでもいいかもしれないって思いました」

「え?」

「なんでもありません」


 桜が綺麗である。そんな思いをわざわざ口にして共有したいと思うのは、どういう相手だろうか。決まっている。想いを寄せる相手だろう。いや、想い人といるから、より綺麗に見えるのかもしれない。

 黒鹿毛は楡葉に恋心を抱いているのだろうか。降って湧いたその考えを、隼人は必死に否定した。


 いや、きっと違うのだ。違うかもしれないのだ。黒鹿毛の生まれである東方平原では、男女の仲はこの佐津間の地より気さくなのかもしれない。恋仲ではなくとも、こういった心情を伝え合うのが、一般的なのかもしれない。そう言い聞かせる隼人の心は、千々乱れていた。

 何故か。


 楡葉の答えだ。

 死んでもいい。なぜかその言葉が出たのか。きっと黒鹿毛の言葉を、隼人と同じように解釈したのだろう。だから想い人に想われていると知り、死んでもいいと思ったのだ。いや、黒鹿毛にはその気がないとしても、まるで楡葉を想っているかのようなやり取りになった。その事実だけでも死んでもいいほどに喜びをかみしめているのかもしれない。


 いずれにせよ、憤死しそうだ。

 奥歯を噛み締め過ぎて、口内に血が滲んでいる。


「あっ」


 桜の根に足をとられて、楡葉が転びそうになる。あわやと言うところで黒鹿毛が抱きとめた。


「大丈夫ですか?」

「あ、ありがとうございます。あの、今ので足をくじいたかも知れません。少しの間で構わないので、手をつないで歩いていただけませんか?」

「え? ええ、いいですけど」


 ――あ。


 もはや隼人は言葉を失っていた。目の前では、楡葉と黒鹿毛が手をつないで歩いている。拳を握りしめすぎたせいか、隼人の爪がみしりと割れた。

 いや、仕方のないことだ。仕方がないのだ。

 武術の心得など無い彼女は、足元が悪ければ転ぶこともあろう。隼人や黒鹿毛までとは言わずとも、少し武術を齧ったならば、当然ながら万に一つもそんなことはない。深窓の令嬢である楡葉ならば、仕方が無いのだ。


 必死に自分に言い聞かせる隼人の心に、一打が加わる。

 楡葉の白く細い指が、黒鹿毛の指に絡まったのだ。さっきまでは、黒鹿毛の手首のあたりを、楡葉がおずおずと掴んでいるだけだった。それが、楡葉の人差し指が黒鹿毛の小指に絡み、今では四本の指がしっかりと組み合わされている。


 ――嗚呼。


 もはや言葉も無い。

 そんな隼人に、救いが現れた。


「女を連れて花見とは良いご身分だな」


 黒鹿毛たちの前に立ちふさがる男がいた。体格が良く、道場帰りなのか竹刀などを持っている。

 隼人には、見覚えがあった。白虎館で黒鹿毛に一撃であしらわれた男だ。御田某と言ったか。

 思わず笑ってしまった。


 ――悪く思うなよ。


 これ以上ないほどに機嫌が悪い。かつてないほどにうっぷんがたまっている。その吐き出しどころを見つけた。


「お二人に手を出すならこの佐津間隼人が相手になろう」

 鍔に親指を懸けながら、隼人は前に出た。

誤字報告とかいつもありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 隼人、白なのか黒なのか出来れば白であってほしいな
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