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この復讐は、正義だ  作者: 安達ちなお
4章 戦士への復讐

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隼人、飯を食う

「収穫はござらんな」


 隼人が呟くと、黒鹿毛が「ええ」と頷いた。

 白虎館を破った翌日、三大道場の二つ目、「力の早乙女」と呼ばれる早乙女さおとめ玄蕃げんば率いる青龍館を訪れたが、ここにも般若面の手掛かりはなかった。


 力の早乙女を名乗るだけあって、早乙女玄蕃は強気だった。隼人が訪ねようとも、話も聞かずに追い返そうとした。主命を帯びる隼人としては、すごすごと帰るわけにはいかない。力ずくで問い質した。白虎館と同じように、天覧試合に向けた順位戦をやっていたので、隼人が乱れ入りをしたのだ。


 結果、得るものはなかった。

 昨日と同じく半数ほどを床に転がしたところで早乙女玄蕃は協力的になったのだが、下手人と思しき者はいなかった。力を名乗るくらいだから、青龍館の門弟たちは秘め事など得意ではなかったし、女を斬るという悪辣な所業には心底嫌な顔をしていた。


「確証があるわけではないですけど、なんとなく違うような気がします」


 黒鹿毛の言葉には隼人も賛成だった。

 さて、時間が余ってしまった。朝から青龍館に乗り込んだのだが、昼前に片が付いてしまった。

 汗のにおいがこもる道場を出て水路沿いを歩くと、鼻が洗われるような思いだった。


「三大道場の最後の一つも調べますか」


 黒鹿毛の問いに思わず眉根が寄る。


「いや、朱雀館は捜査に及ばずとのことにござる」

「捜査に及ばず?」

「詳しく説明いたす。そのあたりで昼でも取っていくとしよう」


 とはいえ隼人は、蕎麦屋か一膳飯屋くらいなら分かるが、貴賓を案内できるような料理店は知らない。その気配を感じ取ったのか、すかさず緋紋が前に出た。


「よろしければ、腰を落ち着ける料理屋などを案内しますぞ。爺の好みで恐縮ですが、それなり良いところをいくつか知っておりますれば」


 先導するように歩き出す。自分より津間の町に詳しいのは驚きだが、この際ありがたい。

 緋紋に付いて、黒鹿毛と二人で歩く。その後ろには、いつもどおり女戦士がいる。


 昨日の一件で、隼人はこの女戦士にいたく好感を抱いていた。

 もちろん男女の益体もない懸想とは違う。

 昨日の白虎館での騒動だ。黒鹿毛がやり玉にあげられそうになったところですかさず派手に暴れて、皆の注意を自分へと向けた。あれは主君を守るための献身的な行動だ。家臣とは、主のために命も名誉も捨てて尽くすもの。常々そうありたいと思っている隼人としては、その機会を得た彼女をうらやましく思うし、臆することなく行動した点を好意的に見ざるを得ない。


 もちろん戦士としての腕も見込んでいる。恐らくは竹刀というものを初めて使っただろうに、白虎館の剣士を一撃で叩き伏せた。その剣腕は卓抜している。

 忠誠心、決断力、行動力、剣腕、全てが秀でている。にもかかわらず偉ぶらず、日ごろは後ろに控えている。良き家臣、良き戦士だ。


「さあ皆さま、席の用意が出来ましたぞ」


 緋紋が案内したのは、小さな小料理屋だ。


「佐津間藩王国に来るたびに通っている店でしてな。料理は美味いし落ち着いて話すにもうってつけ。密談から雑談まで、何でもござれですな」


 通された座敷は、確かに落ち着いているし奥まっているので、込み入った話をするにはうってつけだった。


「それで、捜索無用と言うのはどういう意味ですか?」


 小鉢をつつきながら黒鹿毛が聞いてくる。箸の使い方が意外に上手だ。卯の花を器用につまんで食べている。

 他には山菜の炊き込みご飯が湯気を上げている。お菜は魚や豆腐などだが、どれも一工夫あって嬉しい。豆腐には刻み葱と大根が乗り、醤油をかけてある。焼いた小鰯には焼きのりが添えられていて香りが高い。汁物の葱はまだ青さを残してあるので歯ごたえも良い。


「三大道場の三つめは、朱雀館。『位の遠藤』と呼ばれる品位と格に優れた遠藤左門が立ち上げた一流の道場にござる。この遠藤左門が、鶴名八衛門の妻の父にあたる。遠藤左門は亡くなり道場主こそ代替わりしているが、その威光は衰えぬ」

「先代の道場主が偉い人の義理の父だから調べられないってことですか」

「さよう」


 説明していて、隼人は恥ずかしさからお尻が落ち着かない。そして朱雀館は調べるに及ばずと伝えてきた鶴名八衛門の愛想笑いを思い出すと、斬って捨てたいほどの怒りに駆られる。公正な調べをできないとなった高久も、同じような思いを抱いているだろう。それ思うと、家臣として力及ばない自分がふがいなく思えてくる。


 だが今は黒鹿毛の反応が気になった。

 側近を調べることのできない高久の力不足に落胆するのだろうか。それとも配下を依怙贔屓する悪王として見下すだろうか。どちらであっても高久の評価が下がる。それが一番の心痛だ。だが黒鹿毛はさらりと流した。


「佐津間藩王国も大変なんですねえ」

「……ぬ」


 真意をすぐには汲み取れず、隼人には珍しく曖昧に頷く格好になった。だが黒鹿毛に気にした様子はない。


「東方平原でもよくあるそうです。姉が……盟王がよく愚痴をこぼしています。各氏族の利害関係を調整しなければならないので、不合理だったり不条理であっても誤魔化さねばならないことは多いと。刀王というお立場も、苦労が多そうですね」


 分かってくれるか。もし隼人に尻尾があったなら、盛大に振っていたはずだ。


「さようにござる! 高久様と言えども、多くのご苦労の上に政をなさっておられる」


 言葉を並べる事を得意としない隼人としては、これでも精一杯に主君を持ち上げているつもりだ。黒鹿毛ならば分かってくれるだろうという甘えも生まれつつある。この少年は、見た目よりもずっと敏いし経験も豊富だ。向後の生き方次第で、為政者としても戦士としても、かなり伸びるだろう。

 隼人が偉そうに黒鹿毛の将来を見定めていると、緋紋が心底から心配しているというような顔で「刀王様のご苦労は一方ならぬものがありそうですな」などと口をはさんできた。


「剣聖と呼ばれた先々代や剣豪将軍と呼ばれた先代は剛腕で下を束ねておりましたが、今はそうもいかずに鶴名家や桐生家に頼るところが大きい。銀月帝国の皇帝ガイウスは、魔王討伐を遂げて一層の権力を手中にし、佐津間をはじめとする各藩王国や属領への掌握を強めてくる。これではみかどが王政復古をたくらんで蠢動を始めてもおかしくないですかな?」

「……うむ」


 隼人の心配事をすべて言語化して並べてしまった。この老人の情報収集と整理の能力は、やはり侮れない。


「あの、帝っていうのは、皇帝とは違うんですか?」


 黒鹿毛が素直に首をかしげている。分からぬものを、分からないと素直に口にしてくれる。これだけでも好きになれる。


「これは失礼。黒鹿毛様には、佐津間藩王国の帝について、まだご説明しておりませんだな。この老体の手落ちにございます。帝とは、古くからこの地を収める地位であり、代々一つの一族によって継承されています」


 かつては、帝から将軍職に任命された者が支配する地であった。そして佐津間家が将軍となったとき、銀月帝国の侵略があった。帝が降るわけにはいかない。そこで佐津間家が銀月帝国に降伏し、佐津間藩王国を築いたのだ。

 つまり将軍としての佐津間家の上には、帝がいる。刀王としての佐津間家の上には、銀月帝国がいる。


「とはいえ、帝や公家と呼ばれる輩は、はるか昔に実権を失っております。政治力と文化を盾に、伝統を守っているに過ぎません。佐津間家の決定を追認するだけの機関に過ぎない……ですな、隼人殿」

「大方、そんなところにござる」


 そんな話の間にも、緋紋が徳利を向けてくる。いつの間にか酒を頼んだらしい。「いや、拙者は……」とことあっても「まあまあ」と猪口を持たされ強引に注がれる。礼を失しないように一応舐める真似はしておいた。


「つまり佐津間藩王国には、実力こそ無い者の、銀月帝国に属さない名目上の支配者がいるんですね。それは高久さんも大変そうだなあ」

「さよう。近々行われる天覧試合は、この帝の御前で行われるものにござる。高久様の前での試合は、御前試合と呼ばれる」

「あ、だから辻斬り騒動の解決を急いでいるんですね」


 複雑な均衡を保つ難しい情勢の中、揺さぶりをかけてきた般若面。これを早急に除かねば非難の口実が増える。


「まさに」

「僕も頑張ります。必ず犯人を捕まえましょう」


 黒鹿毛の宣言に、隼人も決意を新たにした。

 外から訪れている黒鹿毛すら、高久の立場を慮ってくれている。自分が奮励せねば、彼にも高久にも面目が立たぬ。


 その夜、隼人をあざ笑うかのように、二人目の被害者が出た。現場には、高久の文弱をあざ笑う書面が落ちていたという。

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