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この復讐は、正義だ  作者: 安達ちなお
4章 戦士への復讐

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黒鹿毛、道場を破る

(嬉しいな。歓迎してもらえている)


 黒鹿毛は、楡葉が言った「お客様は刀剣でお迎えするのが、佐津間の流儀」という言葉を真に受けていた。だから試合を申し込まれても、素直に喜んで受けた。


「防具はご不要か?」

「はい、大丈夫です」


 道場にひしめく門下生たちがひりつく。攻撃を受けるつもりがないと宣言したようなものなのだ。

 だが侮辱の意図など全く持たない黒鹿毛は、彼らのいらだちに気が付かない。そもそも楡葉だって、小手の一つも着けずに試合をしている。防具を着けないことも珍しくないだろうと思い込んでいるのだ。

 渡された竹刀を手に道場の中央に立つと、相対するように門下生の一人が立った。


「俺は御田おんだ平八郎へいはちろう師重もろしげ。白虎館の第十席だ。今日にも首席になるつもりだがな」


 名乗りつつ竹刀の切っ先を下に向けて構えた。分厚い胸板で上背は高い。身振りにも隙がないことから、手練れであることがうかがえる。

 どう扱おうか。

 竹刀を手に黒鹿毛はしばし考えた。短剣と短槍が得意だが、刀は心得がない。短剣の技を使えば、盗賊の勇者と同一であると隼人に見破られるかも知れない。それを思えば選択肢はなかった。半ばで折れた短槍と思って使おう。そう決めて竹刀を両手で持つと、道場の端に並ぶ門下生たちから笑い声が漏れた。


「刃を握っておられるが?」


 御田の言葉に、はっとする。


「そうか、この木の刀を本物に見立てているんですよね」


 戦場では見立てなどは無い。ある物は何であっても使う。けれどそんな野蛮な心ではだめなのだ。ここは平和の下に、秩序ある剣を振るう場なのだ。そう自分に言い聞かせると、柄を握って正対した。

 黒鹿毛としては謙虚な気持ちでいたのだが、白虎館の門下生たちはさらに戦意をたぎらせた。日ごろ彼らが握る竹刀を偽物の刀と嘲られた。多くの者がそう曲解した。

 道場内に満ちる怒気や殺意もどこ吹く風といった様子で、黒鹿毛は思考を巡らせた。


(隼人とは違う)


 刀を下に持つ御田の構えは、黒鹿毛の知らないものだった。

 道場には薙刀を使う者もいたが、やはり楡葉の動きとも違った。練度だけではなく、そもそもの術理が違うのだ。きっと様々な流派があり、技法には大なり小なり差があるのだろう。

 未知の剣術を相手に、こちらは初めて持つ竹刀を使わなければならない。


(まずは全力で飛び込んでみよう)


 動かねば実力も手の内も分からない。黒鹿毛は地面と平行に跳躍すると、一気に距離を詰めて竹刀を突きだした。切っ先が御田の胴に突き刺さり、防具を粉砕する。御田の巨体は、そのまま道場の端まで吹き飛んでいった。


「あれ?」


 起きて立ち向かってくる様子はない。青い顔で盛大に戻し始めた。


「あ、あの……お怪我、無いですか?」


 倒れ伏す御田に、なるべく優しく声をかける。だが返事はない。血走った目でこちらを見ているが、言葉を発するのもままならないようだ。他の門下生が慌てて介抱を始めている。


(やりすぎちゃった)


 当てが外れてしまった。もう少し動けると思っていたのだが、そもそも黒鹿毛の踏み込みに反応した気配すら無かった。控えめに言ってもただの棒立ちだった。楡葉を知っていたので、少し期待が大きすぎたようだ。


「ごめんなさい。少し張り切り過ぎちゃいました」


 素直な謝罪もこうなっては燃料にしかならない。


「次は俺だ!」

「いや、拙者のお相手を願う!」

「まて、俺が先だ!」


 門下生が次々と竹刀を手に前へ出て来る。それを止めたのは、鋭い一喝だ。


「そこまでにしていただこう!」


 大声が響く。

 黒鹿毛が冷めた目で見ると、藩王近侍兵が筆頭の女戦士が進み出た。


「諸兄らの前にいるは、東方藩王国の藩王が王弟にして、王太子として立つ黒鹿毛様である。はじめこそ黒鹿毛様の意を汲んだが、これ以上は藩王近侍兵が筆頭を務めるこの私がお相手をする」


 高らかに宣言をしながら、道場の真ん中へと進んでいく。その手には既に竹刀が握られている。


「女ごときが、すっこんでろ!」


 罵声を浴びせる男を睨むと、逆に鋭い目つきで凄み返す。整った顔立ちの美女だからこそ、迫力も恐ろしいほどに伝わる。


「女ごときだ、なんだと口を動かす暇があったら、斬りかかって来てはいかがか。それとも佐津間の戦士は、剣を片手に口喧嘩をする性根しか持たぬのか」


 この皮肉は効いた。「ほざけぇ!」と叫びながら門下の一人が駆けだす。だが一閃で吹き飛ばされ、駆け出した勢いのまま壁にぶち当たる。


「弱い」


 言いながら、門弟を斬り飛ばした衝撃で折れた竹刀を投げ捨てた。


「こんなおもちゃでいい気になっているのか。佐津間の武士とは、この程度か」

 もはや死者が出てもおかしくはないほどに空気は熱を孕んだ。門下生の中には、竹刀を木刀に持ち替える者もいる。

「待て」


 殺気を割って、隼人がすいと進んだ。


「ここは拙者が預かろう」


 その手には木刀が握られている。


「確か今日は勝ち抜き戦をやっていたな。では、『乱れ入り』いたす。順番は任せよう、全員かかって来るがよい」


 佐津間隼人は、佐津間藩王国では格が違う。特に剣の道を志す者にとっては、究極の目標であり神にも等しい。その佐津間隼人が木刀とはいえ、剣を持って尋常に勝負をしようと言っているのだ。ある者は歓喜し、またある者は怖気づいて腰が引けている。

 黒鹿毛がそんな様子を不思議そうに眺めていると、緋紋ひもんがそっと近づいてきた。


「隼人殿のいう『乱れ入り』についてご説明しましょう。これは『決闘』と並ぶ佐津間藩王国の伝統的な私人の戦いの形式ですな」


 乱れ入りとは、総当たり戦や勝ち抜き戦など多くの武人が集まる試合の場で、参加する権利を持たぬ者が出場を請うものである。凡百の常人が挑んでも、当然、断られる。だが不用意に断れば、恐れをなしたともみられるため、実力者の申し出であれば受け入れられることはある。

 だが受け入れられたとしても、乱れ入りをした者には大きな不利が与えられる。その場にいる者全員と戦わねばならないのだ。例えば32人で勝ち抜き戦をするとき、普通であれば5回勝ったところで第1位だ。しかしここに乱れ入りするとなれば、32回勝たねばならない。一つでも落とせば、順位もつかずに敗者となる。

 圧倒的に不利である。それでも腕に自信があるならば、やるがよい。そういう佐津間流の考えだ。


「つまり強ければ我儘が通るんだね」

「身も蓋もなく言えばそうですが、今回は黒鹿毛様とサンサ殿を慮っての行動でしょうな。白虎館の敵意を自分に向けようとなさっている。もしかすると自ら手を合わせて辻斬りを探そうという魂胆もあるやもしれませんがな」


 黒鹿毛と緋紋が話す間にも、門下生たちは次々と隼人に挑むが、ほとんどが一刀のもとにねじ伏せられている。道場の端には、叩き伏せられた門下生たちが並べられていく。

 半分ほどが寝そべったところで、佐々木主水がうんざりしたような声を上げた。


「そろそろ終わっておけ、隼人」

「終わってよろしければ」

「よい。終われ」


 佐々木主水が吐き捨てると、隼人は木刀を壁に掛けた。汗一つかいていない。


「拙者の負けとしていただいて結構にござる」

「できるか、阿呆。勝ち負けなしだ」

「失礼仕った」


 丁重に頭を下げると、早々に引き上げた。

 収穫なくとぼとぼと歩くことになって、黒鹿毛は消沈していた。


「あの、僕、何かやっちゃいましたか?」


 どうやら佐津間藩王国であっても、さきほどの騒動は常態ではないらしい。それくらいは分かった。では、どこがまずかったのか。


「不幸な事故にござる」


 隼人の答えは簡潔だった。

 それにしても、と黒鹿毛は考える。途中、大層な剣幕で割り込んできたあの女戦士は、もしかすると黒鹿毛を守るために動いたのだろうか。いや、そんなことは無いだろうと否定する。黒鹿毛のために何かをしようとする人なんて、あの人の他にはいないだろう。

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