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この復讐は、正義だ  作者: 安達ちなお
4章 戦士への復讐

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隼人、道場を訪れる

 ――困った。


 縁側に座って庭の木斛もっこくを眺めながら、隼人はため息を吐いた。美しい光沢のある葉も、今だけはくすんで見える。

 暗澹とした気持ちで懐から布の包みを取り出した。あのかんざしを包んだものだ。自宅は客人やその世話役が出入りするようになってしまったため、もはや隠し物には向かない。常に肌身離さず持っている羽目になってしまった。


 包みを開いて見る。平打ちのかんざしには桐の木が描かれていた。桐生家の家紋だ。

 殺された女は、お咲という名前らしい。彼女の形見は、最早誰にも見せることが出来なくなってしまっていた。

 いや、一人だけいる。お咲は「これをあの方に」と言い残した。それが誰であるのか分かれば、届けてやることは出来る。だがその前に、やらなければならないことがある。


「お待たせいたしました。変じゃないでしょうか」


 若侍の姿になった黒鹿毛が、照れた様子で現れた。一丁前に、二本差しだ。もとから黒髪であったので、違和感は少ない。隼人は慌てて包みを懐に入れながら立ち上がった。


「よくお似合いかと」

「隼人さまのおっしゃるとおりにございます。王太子様はもっと自信を持っても大丈夫ですぞ」


 隼人の言葉に頷いたのは緋紋ヒモンという名の老人だ。津間城下にも長く住んでいたらしく、佐津間の世俗にも詳しい。この着物も緋紋が用意したらしい。

 黒鹿毛と緋紋だけでなく、帯同の女戦士も着物姿になっている。確かサンサという名だったろうか。常に黒鹿毛の後ろに控えているので、未だに会話をしたことはない。背が高く髪色が薄いので少し目立つが、違和感というほどではない。むしろその整った顔立ちの方が人目を惹きそうだ。


「では参りましょう」

 四人連れだって津間の町を歩いた。


「今日は道場を訪うつもりにござる。王太子殿は、道場というものをご存じか?」

「聞いたことはあります。剣などの鍛錬をする場所ですよね」


「さよう。津間の町には二百ほどの道場があり、士分にある者だけでなく町民や農人も腕を磨いてござる。大きな商家や武家とつながりのある有力な道場となると、津間城に縁も生まれるもの」

「なるほど。剣術に長け、津間城に出入りできるような人物を探すんですね」

「さよう」


 津間の町に点在する道場の中でも、特に威勢を誇る三つは三大道場と呼ばれている。その一つ、白虎館を訪れた。「技の佐々木」と呼ばれる佐々ささき主水もんどが構える大道場であり、門弟は千人を超える。小大名など凌ぐ力を持っている。


「失礼。佐々木殿はいらっしゃるか」


 隼人が門前で尋ねると、掃き掃除をしていた小僧が飛び上がって奥へと駆け出して行き、すぐに長い白髪を蓄えた老人を連れて戻ってきた。体格が良く、額には三日月のような古い傷跡がある。


「隼人か。久しいな」

「佐々木殿、御無沙汰をしております」


 本来であれば道場主が軽々に客の相手をするものではない。特に三大道場の白虎館を率いる佐々木主水となれば、木っ端道場主とは格が違う。旧知の仲であり、戦士の勇者であり、佐津間藩王国に武名が知れ渡っている佐津間隼人だからこその扱いである。


「ご内密の話しがござれば……」

「分かった、儂の部屋に行こう」


 すぐに奥の座敷に案内された。隼人ら四人と佐々木主水が向かい合って座れば、それだけでいっぱいになるくらいの小さな座敷だが、羽振りの良さは伝わって来る。無垢材の柱に、敷き詰められた真新しい畳がかぐわしく、縁側から見える庭木は乱れなく切り揃えられている。


 ここからは見えないが、道場で竹刀を打ち合う音や掛け声が聞こえてくる。大勢が威勢よく鍛錬しているのだろう。

 茶を運んできた小坊主が去ると、挨拶もそこそこに隼人は本題を切り出した。


「辻斬が出ましたゆえ、主命により拙者が調べております」

「ほう、辻斬り。わざわざ隼人が動くということは、よほどの手練れか。もしや般若面か?」


「さよう。疑わしき者がいれば、教えていただきたい」

「儂の門下を疑っているのか?」


「佐々木殿の門下()、疑っております」

「言うじゃねえか。気に食わねえ」

「でしょうな」


 歯に衣着せぬやり取りに、隼人は心地よさを覚える。これが佐津間の本来の気風だ。

 蝶々と言葉を飾って本心を隠すことなどしない。明け透けに話し、いざとなれば決闘でもして決着をつける。野蛮だとか粗暴だとか言われるかもしれないが、これが一番わかりやすい。

 意外にも黒鹿毛はこのやり取りを気にせず、泰然としている。きっと東方平原でもこれくらいは普通なのだろう。女々しくうろたえない様子に、頼もしさを覚える。


「ちょうどいい。今日は順位付けの勝ち抜き戦をやっているから、ウチのめぼしい奴はみんないる。付いて来い。てめえの目で、確かみてみろ」


 佐々木主水がやおら立ち上がって歩き出す。たとえ大道場を率いるほどの身分になろうと、勿体つけることなどない。これぞ佐津間だ。他国の王太子に佐津間らしさを見せつけることが出来、また一つ嬉しさが湧く。


「うわあ、すごいですね」


 道場は壮観だった。

 白虎館の道場は広い。津間城の大広間もかくやというほどの道場内で、百人に迫る男たちが剣を合わせ、声を上げているのだ。熱気が肌を打ち、振動が体を揺らす。

 黒鹿毛の率直な感想も相まって、さらなる心地よさを覚える。


「さすが佐々木殿の白虎館。気合の乗りが違う」

「もろちん」


 勝ち抜きの順位戦をやっていることも大きいはずだ。この時期の順位戦ということは、 天覧試合に向けたものだろう。もし出場が叶えば末代までの名誉だ。

 天下に名高い白虎館で順位一位となり天覧試合で活躍したとなれば、士官の誘いが舞い込むだろう。名誉も大きい。街中を肩で風を切りながら歩くことが出来る。

 だが何より強さだろう。ひたすらに強くあることを希求する佐津間の武人たちは、他者より強いという一事が、重大事なのだ。

 目の前の男たちは、真摯に剣に打ち込み、己が生き様を立てようとしている。般若面探索のお役目さえなければ、彼らを疑いたくはない。


「王太子殿は、どうご覧になられるか?」


 隣に立つ黒鹿毛に小さく尋ねてみた。好悪の感情に縛られる自分ではなく、一歩引いた立場の人間の意見が欲しくなったのだ。隼人の問いに、黒鹿毛はあっさり答えた。


「違うと思います」

「その理由は?」

「お金に困っていなさそうです」

「なる……ほど……」


 確かに道場に通うとなれば、金が要る。道場に払うもののほかに、防具や竹刀などを自前で揃える必要がある。田舎道場ならいざ知らず、天下の白虎館に通う者たちであれば、少なくとも今日明日の飯に困るということはないだろう。

 だがその視点で見られても、隼人としては困ってしまう。金の有無と般若面は、本来は関係ないのだ。


 ――まいったな。


 かんざしの不在が、捜査の方向に影響を与えてしまっている。これは難儀する場面が増えそうだ。自業自得ながらも隼人は嘆息せざるを得ない。

 いっそ黒鹿毛にだけは話してしまおうかという考えが頭をもたげるが、すぐに打ち消す。楡葉への想いは知られるわけにはいかないのだ。

 隼人の懊悩など知りもしない黒鹿毛は、純粋に目の前の光景を楽しんでいる。


「すごいですね。東方平原では、こういうのって無いんですよ」


 目をキラキラと輝かせる黒鹿毛を見て、佐々木主水も口元が緩んでいる。


「そうかそうか。まあ我が白虎館は津間でも随一だ。帝国中を探したとしても、ここまでにはならんだろう」

「ええ、本当にすごいと思います。建物は立派ですし、防具や練習用の剣には怪我をしない工夫がされています。打ち合いには反則や規則を設けているようですし、きちんと体系化されていると感じます」


「東方平原ではどのような修行をされるのかな?」

「東方平原では、日常のなかで槍や弓を使って覚えます。道場のようなものはほとんどありません」


「ほう、日常で。師を持たぬということか?」

「父や兄などが教えます。東方平原の民は全員が戦争に出ていますので、大人が全員指導者のようなものです」


「……ん」

「しっかりとした練兵をするとなったときには、屋外に集まります。集団戦を前提としているので、屋内では難しいのです。槍だけでなく馬や弓矢も使わなければならないので、ここのように剣に集中するというわけにもいきません。そもそも、いつが来るか分からないので、常に戦場にいるような気分なんです」


 隼人には分かった。佐々木主水の胸には、じりじりと堪えられぬものがこみ上げて来ているはずだ。黒鹿毛には皆を侮辱するつもりなど無いと、もちろん隼人には分かっている。だがそれでも、堪えられぬ者がいるだろう。


 佐津間さつま偃武えんぶと呼ばれて久しい。佐津間家がこの地を支配してからは、太平の世が訪れ、戦らしい戦は無い。それでも武士は剣を振り雄々しく振舞う。平和の中で武威を示すという二律背反を抱えているのだ。

 そこへ黒鹿毛が来た。外国の王太子ながら控え目で、気弱にも見える。佐々木主水としては、その気はなくとも自分より下位に見積もっていたに違いない。そんなところへ、常在戦場の気風を自然とぶつけられたのだ。きっと動揺しているだろう。


 一方の黒鹿毛も、どちらかと言えば戦争の多い東方平原を低く評価し、平和の中で剣術に勤しむ佐津間を高く評価しているように聞こえた。

 戦いにあこがれる戦争童貞の佐津間武士らと、幾多の戦いを経て戦争を倦み平和を求める黒鹿毛との、価値観の違いだ。隼人がこう考えられるのは、七勇者として各地を旅し、様々な価値観を知るとともに、幾度も死線を潜り抜けたからだろう。


「ほうほう。東方平原は何かと忙しないのか」

「はい。落ち着いて修練できるのは、平和の証です」


 侮るつもりが、侮られた。

 お互いにその意思はないが、感情の動きだけを見ればそうなのだ。この構図に堪忍袋の緒を切らしたのは、門弟だった。いつの間にか静まり返っていた道場で、ひときわ体格の良い男が前に出た。


「失礼! そちらの御仁はさぞ豊富な経験をお持ちのように聞こえた。ぜひ一手、ご指南いただけないか」


 馬鹿を言うな。東方藩王国の王太子だ。刀王である佐津間高久の客人だ。本来は一介の陪臣ごときが、軽々に口を利ける相手ではない。ましてや竹刀であったとしても剣を合わせるなどありえない。


「よろしくお願いします」


 ――馬鹿な。

 隼人の考えなど知らぬ黒鹿毛は、ほいほいと誘いに乗って道場に足を踏み入れた。

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