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この復讐は、正義だ  作者: 安達ちなお
4章 戦士への復讐

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黒鹿毛、楡葉と戦う

「あの、王太子様と楡葉様とが、剣を交えるという理解でよろしいでしょうか?」


 筆頭近侍兵が初めて口を開いた。珍しく驚いている気配がある。そういえば、彼女はフラグ族の出身だったが、あまりなじみのないことなのだろうか。けれど戦って分かり合うというのは、クォン族では常識だし、フラグ族からの賓客を槍で歓迎したこともあった。

 どうやら佐津間でもこれが普通らしい。それにアサギなら、こういうときには喜んで槍を取ったはずだ。


 良かった。

 少なくとも、このやり方ならわかる。やっぱりアサギと同じ接し方で大丈夫なんだ。

 安心すると、体が軽くなる。

 短槍が無かったので長槍を掴むと、道場の中央に立った。


「やりましょう」


 短く答えると、戦いを申し込んだはずの楡葉がなぜか驚いた様子だ。


「外国の貴賓で、決闘をお受けいただいたのは黒鹿毛様が初めてです。……楽しみです」

 楡葉が持ったのは、槍のようだが穂先が湾曲した武具だ。

「佐津間特有の武器で。薙刀といいます」


 左を前に半身で構え、槍のように切っ先をこちらへ向けている。笑顔のままだが、その目は既に戦闘態勢に入っている。油断なく視線を動かし、黒鹿毛の手足や体幹を見定めている。

 それだけで強さはわかる。怪我をさせてしまうとか、怖がらせてしまうとか、そんな心配はいらないようだ。


 もう戦いは始まっている。開始の声をかけることなく、予備動作を消して、虚を突くように前に出る。未熟者であれば気付くことすら難しい踏み込みだが、楡葉は見事に対応した。


 薙刀が、踏み込んだ黒鹿毛の左足を斬りつける。穂先で受けようと槍を出すと、薙刀が突如軌道を変え、胴を薙ぐ。これを槍で払おうとすると、再び軌道を変えた薙刀が、喉めがけて突き出された。身をよじって躱し、そのまま体を回転させて槍の石突で打撃を繰り出すが、楡葉は素早く薙刀を引き戻して受け止める。


 木の薙刀と槍がぶつかり合う激しい音が、板の間に響く。楡葉はいささかも動じずに受け切った。

 黒鹿毛が一度距離を取ろうと後ろに下がると、楡葉は遅れることなく前に出て距離を開けさせない。そのまま薙ぎ、突き、払いと攻撃の手を緩めない。工夫を凝らした攻撃を、一呼吸で三回は繰り出してくる。そしてそれが止まない。


 強い。

 それが素直な感想だ。


 不慣れな長槍を使っているとはいえ、充実した打ち合いになっている。楚々とした楡葉の顔に、愉悦の色が滲んでいる。明らかに戦いの中に喜びを見出している。

 これが佐津間か。これが楡葉という人物か。さっきまでは話すのも緊張していた相手なのに、今はもう気の置けない友人にも感じられる。全力で打ち込んでくれている。


 ならば応えないのは失礼だ。

 黒鹿毛は鋭く息を吐くと、槍を短く持ち替えて全力で突きを放った。初撃で敢えて薙刀を狙い打つと、不意を突かれた楡葉は態勢を崩しかける。そこですかさず胴を狙って更に突く。だが楡葉は、体勢を崩すくらいならばいらないとばかりに薙刀を捨てると、穂先を避けて前に出た。


 槍対徒手でも、距離を詰めれば戦える。そう判断したのだろう。甘い判断だ。

 槍を握った手を起点にくるりと回転させ、柄でわき腹を強烈に打ちつける。予測しない方向からの殴打に、楡葉は横に吹き飛ばされ、床を転がった。


「楡葉様!」


 留香が悲鳴を上げるのと、黒鹿毛が槍を収めるのは同時だった。


「一旦、終わりにしましょう。楡葉さんのことが少し分かったような気がします」


 多少痛いかもしれないけれど、彼女の腕ならば怪我一つないはずだ。

 手足の捌きは、アサギと同じくらいには速かった。攻守の読みや駆け引きは巧みで、槍しか持たないカ・エル程度ならば、十分に渡り合える。それほどに強かった。よく考え、よく鍛錬した末にしかたどり着けない高みに居る。楡葉という人は、それが出来るのだ。


「……ありがとうござました。あの、こう言っては失礼かもしれませんが、とても驚きました。黒鹿毛様はお強いのですね」


 留香の手を借りて立ち上がった楡葉は、わずかに汗をにじませ頬を上気させているが、所作は落ち着いている。あれだけの動きを見せたというのに、まだ余裕がありそうだ。


「今日の楡葉様は小袖をお召しになってますからねぇ! 道着と袴なら、もっと動けるんですけどねぇ! 楡葉様の本当の実力なら、あなたごときコテンパンはんですけどぉねぇ~!」


 留香がじっとりとした眼で睨んでくる。怖い。


「こらっ留香。失礼でしょう」

「でもでも、楡葉様は、高久様より遥かにお強いですからね。それがもっと多くの人に知らしめられたら、素晴らしいと思うんですよ」

「兄は特段に弱いから、比べてもしょうがないわよ」


 確かに高久は強そうではない。日常の仕草からは、正確な実力を測るのは難しい。けれど足の運び方や気の配り方で、ある程度の見当はつく。少なくとも六郎や八衛門の方がはるかに強いだろう。


「私も、この地に君臨し治める宿命を負う佐津間の一族として、生半な剣腕では、のほほんとしていられませんから」


 楡葉が控えめに笑う。


「藩王の妹を娶って権力を掴んでやろうという雄々しい方々は、何人もお相手してきました。試合の後に『私より弱い人には興味はありません』と伝えると、何故かそう言った方々とは縁遠くなりましたけれど」

「ま、当たり前でしょうね。普段、女ごときとか女々しいとか言って偉ぶっているお武家の男子たちは、女子供に負けたなんてことを知られるわけにはいかないでしょうよ。負けたみんなが口をつぐんじゃうので、楡葉様の強さは知られていないんですけどね。まっことに残念です」


 なるほど。道理で誰も楡葉の強さに言及していなかったわけだ。


「留香さんのお言葉はそのとおりだと思いますよ。すごく強かったです。僕の方こそ驚きました」

「それはそうでしょう! まあでも、楡葉様と手合わせして意識も尊厳も失わなかった相手は初めてです。誉めて差し上げますよ」


 留香が突然にこにこと笑いだした。どうやら彼女を満足させるには、楡葉をほめればいいみたいだ。


「強さなんて見せびらかすものではないでしょう。そんなことしだしたら、留香の大嫌いなお武家の男子たちと同じになってしまうわ」


 二人の気持ちは、両方とも分かる。

 強さを誇示したくないという楡葉の気持ちは、黒鹿毛ととても近い。いや、自分の長所を喧伝するという考えに馴染みが無いともいえる。


 他方の留香としては、敬愛する楡葉をもっと知ってもらいたいと思っているのだろう。自分が好きな人が、他の人からも評価されたり好かれたりすると、自分も嬉しくなる気持ちは黒鹿毛にも分かる。例えばアイセンが亡き父キンメルの事績に触れ、惜しむように述懐するたびに、父が再評価されているようでうれしくなる。そのアイセンを評価する町の声が届くたびに、自分が誉められた時以上に鼻が高くなる。


「留香さんは、本当に楡葉さんのことが好きなんですね」

「もちのろんでございます!」


 留香の満面の笑みが眩しい。

 その後にお茶を飲みながらしばらく歓談したのちに、再訪を約束すると、黒鹿毛たちは奥御殿を辞した。


 建物を出て少し歩くと、すぐに木立ちが見えてくる。林に足を踏み入れてしばらく歩くと、桐生六郎と佐津間隼人が立っていた。


「黒鹿毛様がこちらを訪れてくださったので、とても助かりました。外国の王太子の案内といったような理由が無ければ、簡単には入れない場所でしたので」


 六郎は、赤い布が巻かれた木の脇に立っているきっとあそこが現場なのだろう。人が亡くなった場所だからなのか、六郎の笑みが普段より固い。


「いえ、こちらこそありがとうございました。桐生さんに色々と教えていただいたお陰で、楡葉さんと仲良くなれたような気がします」


 隼人が身じろぎをする。敬愛する君主の妹が、外国の要人と会談したのだ。きっとその内容が気になるのだろう。


「それは重畳にございます。両国の友好を想えば、ぜひもっと親しくなっていただきたいところです」

「あはは。でも僕が楡葉さんと親しくなったら、留香さんに怒られちゃいそうですね」


「ああ、八衛門殿の娘の留香ですか。相変わらず騒々しいでしょう?」

「八衛門って、鶴名八衛門さんですか?」


 高久の横で愛想笑いを浮かべる狸のような姿が思い出される。留香はそれこそ鶴のようにすらりとしていたので、全く結びついていなかった。


「ええ。八衛門殿ご自身は高久様の側に仕え、楡葉様のところへは娘を送り込む。抜かりの無い御仁です」

「……あの、多分ですけど、留香さんは父親の思惑なんて全く汲み取ってないと思いますよ」


 度を越えて楡葉に傾倒する様子を見れば、六郎も気づくだろう。


「お二方、あまり蝶々としている暇は無いように思われるが、いかがか」


 隼人の鋭い視線を受けて、六郎は意外にも素直に「そうですね」と頷いた。


「辻斬りのおさらいをしましょう。斬られたのは、桐生家から楡葉様の許へ出仕していた女中です。もとは町方の娘でしたが私の叔父が養女とした後に、行儀見習いとしてこちらに来ておりました。名はおさき


 それならば、他家の影響を排そうとした鶴名家の陰謀かなと短絡的に考えてみるが、すぐに打ち消した。命を奪わなくても、穏便に追い出す方法はいくらでもありそうだ。


「遺体の刀傷はたった一つ。おそらく即死……生きていたとしてもわずかの間でしょう」


 ほんの一瞬だが、六郎の顔が痛まし気に歪む。笑顔以外を見たのは、初めてかもしれない。


「そして側には、高久様をそしる紙が一枚。それと、金目のものが奪われておりました」


 隼人がびくりと反応した。


「金目のものとは? 何故、奪われていたと?」

「かんざしが無くなっていました。咲はあれを常に持ち歩いていましたし、残した物を探しても出てきませんでした」


 これには黒鹿毛も混乱した。


「かんざしを奪っていったということは、犯人は……黒手組の般若面は、お金に困っていたんでしょうか」

「そうかもしれませんし、別の目論見があるのかもしれません。ただ、津間城に真っ当な手段で出入りできる者であれば、かんざし一つを金のために盗むとも思えません。こればかりは、よく分からぬ点です」


 六郎の返事は、歯切れが悪い。見れば隼人も頭を悩ませているようだ。


「貧しいながらも、一人の人間を一刀の下に切り捨てるほどの腕を持っている……といったところでしょうか。天覧試合が近いですし、花見の季節でもございます。人心の動揺も政治の混乱も避けたいところです。早急な解決をお願いいたします」

「……無論、拙者の力の及ぶ限り努力させていただく」


「僕も、協力を惜しみませんよ」

 黒鹿毛はにこりと笑った。

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