帝都へ
皇帝の招聘に応じて帝都へ向かうというのに、ほんの数人で訪れるわけにはいかない。
まずは槍や弓に優れた戦士を10人選んだ。加えて、将来クォン族の指導者層となるべき有力者の子弟から、20人の若者を連れて行くこととした。銀月帝国の帝都を訪れることで、いずれ一族を率いるときに役立つ見識を得るためだ。
農耕を主として多産多死で人口を増やしていく銀月帝国と違い、遊牧民は少産少死だ。数で敵わない以上、一騎当千の精鋭を育てる必要がある。機会があれば貪欲に知識と経験をむさぼっていく習性を、本能的に獲得しているのだ。
遊牧を生業とするクォン族にとって、移動は生活の一部だ。すぐに出立することなどは苦ではない。帝都行きの人選を終えると、翌日には発った。
馬上で10日間を過ごすと平原西端の銀月川にたどり着く。そして石造りの大きな橋を渡ると帝国領内だ。
そのまま馬を進め、15日目には帝都の城壁を眺めていた。
帝都の兵は「武装した一団が現れた」と驚いたようだが、盗賊の勇者クロカゲがいると分かると、安堵し警戒を解いた。これに乗じたキンメルが強気の交渉を行い、城壁外の空き地を宿営地として使うことを強引に了承させた。
東方平原で質素な暮らしを送っているクォン族は、帝都に縁がない。30人もの旅人を受け入れてくれる伝手など無いのだ。
城壁の外で宿営の準備を始めたところで、クロカゲは帝都に足を踏み入れた。まずは王城を訪れクロカゲらの到着を報告する必要があったのだ。
そして、その足でアサギや数人の若者を連れて市場へ向かった。
城壁に近い広場には露店が所狭しと並び、人であふれていた。野菜や果物が山と積まれ、ワイン瓶やビール壺が隙間なく並び、牛や豚の塊肉が飛ぶように売れている。
山海の珍味を目当てに集まった人でごった返す中を、クロカゲらはかき分けるように進んだ。
クロカゲの袖を掴んで歩くアサギは、口を開けたまま辺りを見ている。
「ここは市場だよ。毎朝、暗いうちから馬車で商品が運び込まれるんだ。肉や野菜だけじゃなくて、魚まで」
「へえ……魚も?」
「水を張った大きな樽や壺で生きたまま運んで来るんだ。何百人も漁師が露店を出すし、たくさんのお客さんが買いに来るから、毎日が大都ジンドゥの大祭みたいに賑わうんだ」
「……すごい」
「帝国中から食材が届くからね。帝都の格言に、“帝都の食を堪能するには、一日六回食事をすればよい。そうすれば百年後には食べ尽くせる”……っていうものがあるくらい、いろんな種類の食べ物があるよ」
「わあ……クロカゲ様は帝都のこと、いっぱいご存じなんですね!」
「う、うん、まあね。ほら、あっちには食材以外の露店が並んでいるよ。東方平原を経由した絹織物とか、南方イオス王国から届いた植物紙の束とか、大陸中から様々な品が集まっているんだ」
クロカゲが指をさしながら紹介するたびに、皆が目を輝かせて世界中から集まった品々を眺めている。
魔王討伐の準備で、クロカゲは帝都にしばらく逗留していたことがある。まるで帝都に住んでいたかのように案内出来ることが、クロカゲには嬉しかった。見ればアサギだけでなく他の者も、尊敬の眼差しでクロカゲを見ている。
クロカゲは、族長の息子であるのだが控えめな性分のため、周りから侮られることも少なくなかった。それは、勇者となった今も少なからず続いていた。
それが、こうして一目を置かれると、むず痒くも嬉しくなる。
皆で小麦粉や魚、肉などを買い込むと、壮麗な神殿や時報の大鐘楼などを見物しながら宿営地に戻った。神殿の彫刻の精緻さには皆が驚いていたし、石造りの大鐘楼の大きさに全員が目を丸くしていた。皆が口々に帝都の素晴らしさを語り、クロカゲの見聞の広さを誉めるので、クロカゲは、はにかむばかりだった。
嬉しいことは続いた。
“勇者の勇者”ユユ・シルバーバウムがクォン族の宿営地を訪れたのだ。
東方平原の遊牧民は、武勇を重んじる。強ければ、それだけで尊敬を集める。魔王を討伐した張本人として大陸に名を馳せるユユの登場に、クォン族の若者らは興奮した。若者や老練な戦士だけでなくキンメルすらも浮き足だっているほどだ。
ユユは、飾り気のない平服だが、皇女としての気品や勇者としての威厳が、只者ではない雰囲気を醸し出している。
だが、クォン族の皆が向ける熱い羨望と尊敬の眼差しなど意に介さず、気さくにクロカゲに話しかけた。
「クロカゲ! 久しぶりだね。元気にしているのは分かっていたけど、会えて嬉しいよ!」
美しい銀髪を翻し、満面の笑みでユユが駆け寄る。
「久しぶりっていうほど空いていないけど、会えて嬉しいよ、ユユ。元気そうで何よりだ」
「魔王討伐から1か月も経ってるんだよ? 再会を喜んで抱き合うくらいには空いてるんじゃないかなあ。ところでその服、素敵だね。何かの礼服? 自分で作ったの?」
クロカゲの袖を掴んでつんつんと引っ張る。クロカゲが身に着けているのは、刺繍を隙間なく施したクォン族の礼装だ。細緻な刺繍を施した礼服は、1着を作るのに、熟練の者でも6か月は必要だ。貴重な礼服だが、帝都行ということで奮発して着用している。
「東方平原では、こういう刺繍の服が一般的なんだ。これはアサギが作ってくれた刺繍外套だよ。帝都に来るから、一応着飾っておこうかなって」
言いながらアサギを示すと、ユユとアサギは互いに「初めまして」とあいさつをしている。
「アサギちゃんは、クロカゲの妹さん? 目元が似てるね」
「えっと、婚約者なんだ、一応。従妹だから、よく似ているって言われるんだよ」
「ええ? ええええええ?! 婚約者ぁ!?」
素っ頓狂な声を上げるユユの前に、首を傾げたアサギが立つ。
「あの……僭越ながら、勇者ユユ様にお尋ねしたいのです。なぜ、クロカゲ様に婚約者がいると驚かれるのでしょうか……? 何か……都合が悪いのでしょうか?」
「うーん??? なんでだろうね??? あはははは」
「不思議……で、ございますね。……クロカゲ様からは、ユユ様は良き御友人であると、伺っております。クロカゲ様と私は、帝都から戻れば祝言です。東方平原と帝都では遠方でございますが、末永い友誼を結んでいただければ、幸いにございます」
アサギの声音は細々としており、静かで落ち着いている。しかしユユは魔王の暗黒魔法を受けたのではないかというくらい憔悴し、膝をついた。
「わ……わあ……ぁ……」
「あれ? ユユ、泣いてる?」
クロカゲには、ユユがなぜ心を痛めているのか、さっぱりわからなかった。
挙動不審なユユは、「明日は用事があって、同席はできないんだ。謁見が終わったら2人きりで逢おうよ!」と言い残してそそくさと帰っていった。
「どうしたんだろうね?」
「クロカゲ様は分からないままで良いと思います……」
首をかしげるクロカゲに、アサギは呟くように答えるだけだった。
翌朝、刺繍を隙間なく施した上着を重ねて羽織ったクロカゲは、キンメルとアサギの三人で王城へ入った。




