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この復讐は、正義だ  作者: 安達ちなお
4章 戦士への復讐

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クロカゲ、正体を疑われる

 長閑のどかな春の午後、クロカゲは隼人の屋敷に足を踏み入れていた。春の陽気に似合わず、邸内はちょっとした騒動になっている。もちろん、クロカゲら東方藩王国の使者一行が滞在する事となったからだ。


「満足におもてなしも出来ず、恐縮にござる」

「あ、いえ。こちらこそお世話になります」


 隼人に頭を下げられ、クロカゲも慌てて頭を下げた。

 屋敷は、母屋のほかに離れや広い庭を持つ大きなものだが、弟の四郎と身の回りの世話を頼んでいる老女のお稲がいるだけだそうだ。そこへクロカゲらに加えて、本来の饗応役であった桐生家から下働きの者が来て、滞在の準備を始めたのだ。

 部屋数は足りているものの、普段は使っていなかった部屋ばかりなので、掃除から手を着けねばならないらしく、下女らが箒や雑巾を手に動き回っている。サンサやヒモンも、礼装を解いて自分たちの荷をほどいている。


 それらを横目に、クロカゲは隼人と二人で茶を啜っていた。

 クロカゲとしては、自分の荷物くらいは自分で面倒を見るつもりだったのだが、王太子という身分にある者や武家の当主である隼人などは、こういった些事に手を出さないのが佐津間藩王国の流儀らしかった。隼人から茶を勧められては、断るわけにもいかない。


「こういうときに騒々しさは付き物ですので、少しも気にしていません。こちらこそ、お騒がせして申し訳ないですけど、よろしくお願いします」

「王太子殿のお心遣い、大変ありがたく存じます」


 武骨な一言ながらも、本心から感謝していることが分かる。

 ああ、そうだ。戦士の勇者である佐津間隼人は、こういう人だった。


 七勇者として行動を共にしていた時も、口数は少なく、飾り気のない言葉選びだった。自己を喧伝したり物欲に動かされたりすることはなく、粛々と剣を振る。時折示す欲求といえば、強敵との戦いを渇望するくらいだった。けれどそれすら、自分が名を上げることで主君へ報いようとする忠誠心も同居しているように見えた。


 七勇者として心を許した仲間が、当時と変わらぬままにいる。共に戦った日々を思い出し、懐かしくも温かい気持ちに包まれる。

 ユユと隼人が潔白であってくれたらいいのになあ。


「王太子殿の柔らかな雰囲気は、かつての仲間を思い出します」


 隼人がしみじみと言った様子でこぼした言葉に、クロカゲは心臓が跳ね上がった。

 そうだ。

 クロカゲが隼人を知っているのと同じように、隼人も盗賊の勇者クロカゲを知っているのだ。いくら風貌を変えているとはいえ、油断はできない。

 正体を知られ、敵対するようなことは、あってはならない。外交への影響も大きいし、クロカゲの身の安全も脅かされる。


 隼人は強い。のみならず、戦士の勇者が持つ固有のスキルである“必殺”は、その名のとおり相手を必ず殺す。不死を誇る魔王こそ殺せなかったが、それ以外の者には必中にして致死の一撃だ。

 クロカゲは魔王から奪取した“不滅”のスキルを持っている。けれど不滅に寄りかかるわけにはいかない。


 これまでもクロカゲは、不滅の力で幾度か蘇っているが、当初はクロカゲ本人すら、なぜ蘇生したのかわからないほどであった。アイセンの見解では、盗賊の勇者自身に適性のようなものがなければ、奪取した技を使いこなすことは出来ないのかもしれないということだった。つまり、次に死んだとしても、ちゃんと生き返るか分からない。


 ならば不滅には頼らない。クロカゲはその覚悟で佐津間領の滞在に臨んでいる。

 だけど危ない橋を渡る必要もある。隼人の心を知るには、一歩踏み込まなければならないからだ。


「かつての仲間とは、七勇者のことですか?」


 クロカゲが問うと、隼人はわずかに狼狽しながらも背筋を伸ばして頷いた。


「ご存じのとおり、七勇者には東方平原からも盗賊の勇者が参加してござった。王太子殿は、その少年と似た空気を纏っていまする。背格好や声などは確かに違うのですが……」


 まずい。

 ユユとの対面の時にはこれ以上ないくらい気を張っていたが、今は少しゆるみが出ていたのかもしれない。七勇者として冒険していた当時を思い出したのが影響したのかもしれない。

 クロカゲが無言でいると、隼人は少し慌てたように頭を下げた。


「王太子殿と反逆者である盗賊の勇者を比べるような物言い、申し訳ござらん。決してご不快に思わせる意図では……」


 謝罪の言葉は、障子を開ける音に遮られた。


「よく似ているというより、実は同一人物と言うことではありませんか? 王太子様と盗賊の勇者様は、お名前も同じですし」


 言いながら部屋に入ってきたのは、桐生六郎だ。相変わらず考えの読めない狐顔に、わずかな微笑をたたえている。ごく自然なふるまいで二人の間に座った。


「桐生様、無礼にござろうっ」


 たしなめる隼人の語気は、思いのほか強かった。


「おっと、これは失礼いたしました。確か盗賊の勇者様は、東方平原では英雄であっても、銀月帝国では反逆者でございました。御共は佐津間の地から出たことがないので、世間知らずにございました」


 芝居じみたしぐさで頭を下げる六郎を、クロカゲは「まあ、それほど珍しい名ではありませんから」と曖昧な笑みを浮かべてやり過ごした。この世界には、数少ないとはいえ、嘘を見抜くスキルを持つ者もいる。不用意な虚を口にするより、濁した方がよい場合もある。


「何か御用ですかな、桐生様」


 用も無いのに話しかけるなとでもいうような隼人の不愛想も、どこ吹く風。六郎は微笑みながらクロカゲに体を向けた。


「この度は急な変え事が多く、申し訳ございません。桐生家から人数を連れてきておりますので、ご不便はないようにいたします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 クロカゲも慌てて頭を下げる。

 本来であれば、外交使節となれば、自分たちの面倒は自分たちで見るものだ。大きな外交団となれば五百人を超える規模になることもある。宿泊場所や船の手配などを頼ることはあっても、日常の膳の上げ下げまでを世話になることはない。


 しかし今回ばかりはそうはいかない。今、津間の町には、サンサとクロカゲ、ヒモンの三人しか滞在していないのだ。東方藩王国が建ったばかりであり、まだ両国間の外交の約束事を明示的に取り決めることが出来ていないからだ。

 それが済むまでは、クロカゲたち以外は、国境沿いの町までしか入らないこととなっている。そのため、日々を過ごすにあたって、佐津間側の世話にならねばならない。


「では、こちらがご滞在におけます新しい取り決めの内容にございます。滞在場所以外は変わりありませんが、ご確認のうえ、ご署名をお願いします」


 携帯用の硯と筆、折りたたんだ紙片が差し出された。開いていくと、細かな文字が墨で書き連ねられている。だが読めないということもない。あらかじめ勉強をしてきているし、佐津間文字の辞書もある。

 時折、辞書に頼りつつもクロカゲが書面を読んでいくと、ある文字列が気になった。文章中で重要そうではあるが、意味が読めない。不思議そうに眺めていると、六郎が指で示しながら教えてくれた。


「こちらは黒鹿毛くろかげと書かれております。クロカゲ様の名前の音に、佐津間の文字を当てたものでございます。馬を得意とする東方平原の王太子であるクロカゲ様に合わせて、馬の毛並みで最も美しいとされる黒鹿毛を使わせていただいた次第です」

「ではこちらは?」


「これは藍仙あいせんと書かれております。同じように、東方藩王国の盟王アイセン・カアン殿下の名前の音に、佐津間の文字を当てはめたものでございます。藍は高貴な者の装束に使われる色であり、仁を表します。また仙とは優れた長老などを示す言葉でございます」

「へえ……」


 何となくアイセンに合っているようにも思えるが、しっくりとは来ない。


「何か、適当ではないところがありましたでしょうか?」

「いえ、そういうわけではないのですが、姉の性分を考えると、もう少しぴったりと重なりそうな文字があるかもと……」


 辞書を取り上げると、音から文字を探していく。そして二つの文字を紙に書いた。クロカゲの手元を覗き込んだ六郎は、拙い文字を読み上げた。


「愛戦……」

「愛することと、戦うこと。姉は、この二つを大切にしているそうです」

「いと気高く美しい信念にございます。以後の文書では、こちらの文字を使うよう手配いたします」


 ことさらに感心したような素振りで細い目をさらに細める六郎を尻目に、クロカゲは署名をした。たった今教えてもらった黒鹿毛の三文字だ。


「……ありがとうございます。これにて黒鹿毛様のご滞在は、まったくの適法にして潔白のものとなります。大手を振って天下の大路をお歩きください」

「あはは。では、津間の町をたくさん徘徊しますね。これで用件は片付きましたか?」

「いえ、もうひとつ」


 居住まいを正した六郎が、今度は隼人に向き直る。

「隼人殿に、密命がございます」


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