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この復讐は、正義だ  作者: 安達ちなお
4章 戦士への復讐

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クロカゲ、隼人と対面する

 クロカゲは奥歯を噛み締めた。

 腹の底から、灼熱のような感情がこみ上げて来たからだ。血が沸騰するような、骨の髄から震えるような、激しい怒りが全身を襲う。

 目の前には、仲間の、家族の、そして自分自身の仇である戦士の勇者がいる。その事実に、視界が明滅するほどに激しい感情が沸き上がってくる。


 クロカゲの心の内など想像も及ばないであろう戦士の勇者は、実直そうな表情でクロカゲの前まで膝行すると、折り目正しく頭を下げた。


「佐津間隼人にござる」


 媚びや色気のない、不器用な口上だ。

 そんな隼人の武骨な会釈に、クロカゲはにこりと笑って応えた。


「お目にかかれて光栄です。戦士の勇者の武名は、東方平原にも届いております」


 クロカゲが柔らかに応じると、背後で安堵のため息が漏れる気配があった。

 五騎四槍の老人かな。どうせ、僕が襲い掛かるんじゃないかと心配していたんだろう。


 そう決めつけて内心で嘆息した。何せもう一人の外交使節である筆頭近侍兵の女戦士は、クロカゲに対する感情など一切持ち合わせていない鉄面皮だ。こちらがどう振舞おうと、一喜一憂するとは思えない。


 別に彼らへ慮って怒りに蓋をしているわけではない。アイセンだ。

 クロカゲは、佐津間の地を訪れるにあたり、アイセンから二つのことを託されていた。ひとつは佐津間藩王国との外交についてであり、もうひとつは戦士の勇者への復讐についてだった。


 外交については、言うまでもない。

 必ずや友好的な関係を構築し、東方平原と佐津間領の通商と文化的交流の基礎を作り上げてほしいというものだ。


 そのため五騎四槍にも数えられた人物が同行し、盟王近侍兵の筆頭がつけられた他に、いくつもの助言をもらっている。

 クロカゲも、交易の重要性や友好を深める必要性もは理解している。最初から間違いなく全力を尽くすつもりでいた。


 一方で、勇者への復讐について、アイセンから付された条件は、意外なものだった。

 それは、戦士の勇者の真意を確認してほしいというものだ。


 アイセン曰く、戦士の勇者は潔白の可能性があるという。

 クロカゲを反逆者に仕立て上げた際に、積極的な加害行為を行ったのは覇王の勇者ガイウス、神官の勇者ビィル、魔法使いの勇者メイプル、狩人の勇者カ・エルの四人であった。ユユと隼人の二人は、クロカゲ追放の場には居合わせず、別の場所で決闘をしているところを目撃されている。


 ここから、アイセンは一つの推測をしたらしい。

 つまり、クロカゲに同情的な態度を取りそうなユユと隼人は、決闘という名目で、ガイウスの手によって遠ざけられていたのではないかということだ。あるいは、クロカゲに味方しそうなユユを足止めするため、強者との戦いを望む隼人が利用されただけという可能性もある。

 いや、可能性だけの話しならば、クロカゲ殺害に協力しようとしたユユを、隼人が止めようとしていたという理屈すら立ち得る。


 カ・エルなどは、確定的に明らかなゴミカスであったからよい。

 だが、潔白の可能性のある隼人に対して、問答無用の報復をするならば、この復讐が正義であるとみなす余地が減退する。まずは隼人の真意をただすべきではないだろうか。

 アイセンはこう言うのだ。


 ――アイセンさんが言うのなら、きっとそうすべきなんだ。


 クロカゲはそう素直に受け止めた。アイセンが自分に嘘を吐くはずはないし、クロカゲが不利になるようなことをするはずはない。これは確信している。

 何より、かの女傑がクロカゲより洞察力も判断力も優れているのは、疑いようもない。


 それなら、一度この怒りをしまっておこう。

 そう決断できたのは、アイセンへの信頼もあるし、もう一つの頼まれごとである外交の成功にも影響するからでもある。何の正義もなく戦士の勇者を害すれば、東方藩王国と佐津間藩王国の対立は避けられない。


 以前のクロカゲであれば、そんな斟酌など無しに、躊躇い無く復讐に動いただろう。だが、アイセンという心から信頼出来る人物を得て、クロカゲは変わった。


 復讐を果たすにしても、佐津間藩王国を納得させるための道筋を立てなくてはならない。その目途が立つまでは、復讐の手を止める。佐津間の地に馴染み、友好を深めながら、息をひそめてその時を待つ。

 そう決心した。


 クロカゲが隼人に向かってぺこりとお辞儀をすると、高久もまたにこりと笑った。


「武では佐津間隼人、政では老中の鶴名八衛門と側用人の桐生六郎。これがこの高久の懐刀である。とはいえ、八衛門は狸に似ているし、六郎は狐そっくりだ。津間の城主は狐狸に化かされているともっぱらの噂だ」


 供された膳に目をぱちくりとさせながらヒモンがとしきりに頷いている。


「確かに狐狸を疑いたくもなります。御家のしきたりには詳しいつもりでおりましたが、表書院で、外からの客を迎えて食事とは、随分とけったいな……いや、寡聞にして聞いたことがありませんでしたので」


 それぞれの前には、膳が三つも並び本膳には七つ、二の膳には五つ、三の膳には三つの菜が盛られている。鯛や鮒、鴨といった華やかなものから、縁起野菜の煮物、出汁の香りが香しい吸い物などが彩っている。

 手を着けるべきかとヒモンすら戸惑っているようだった。

 六郎が意地の悪い笑みで応じる。


「おっしゃるとおり。高久様が藩王となるまでは、前例がありません。おもてなしの一つとして、つい先ごろから始めたところにございます。饗応の膳の慣習はこれまでもございましたが、まるで町方の宴席のような用い方をし始めたのは、つい先ごろです。剣腕覚束ぬ上様にあっては、人心掌握の工夫に余念がないのです」


 そう言いながら六郎は、汁物の椀に口を付けた。

 後を追う様に箸を取った高久が、拗ねたように唇を尖らせている。


「六郎は悪く言うが、これで客人の評判は良い。他国でも多く用いられる手でもある。良き改めであると思うが?」

「御意にござります。ですので、こういった工夫はどんどんおやりください」


 主の前で香の物を齧りながら六郎が言う。言葉遣いは丁寧だが、敬意はない。高久が苦々しげに口を曲げた。


「余の剣筋の話はしなくてもよいではないか。剣を振らずとも、まつりごとはできる」

 八衛門が「少しは剣のたしなみも……」と口をはさむが、まるで聞こえなかったかのように六郎が「そういえば……」と切り出した。


「実は王太子様ご一行の滞在場所なのですが、当初は我が桐生家を予定しておりましたので、そのようにお知らせしていたのですが……」

「おや、予定に変更でも生じたのですかな?」


 やはりとぼけた表情でヒモンが問う。


「ええ、よんどころのない事情がございまして、佐津間隼人の屋敷にて逗留いただけますよう手はずを整えさせていただければと存じます」

「なるほど。クロカゲ様、それでよろしいですかな」


 ヒモンが形式的に伺いを立ててくる。だがヒモンの腹は決まっていると見える。クロカゲを見つめる目が、明らかに普段より多く瞬いている。「受けろ」との合図だろう。

 クロカゲにとっても、隼人の真意を探るためには都合がいい。


「ええ、一向にかまいません」

 言下に頷くと、ヒモンは安堵したように目を細める。


「では、隼人様、お迷惑をおかけいたしますが、よろしくお願いいたしますぞ」


 申し訳なさそうに控えめな笑いを浮かべながら頭を下げたヒモンだが、顔を上げた時には目が鋭く光っていた。


「ところで、差し支えなければその事情というものをお聞かせ願えませんでしょうか。いや、この老体だけならばともかく、王太子たるクロカゲ様の滞在先が変わるとなると、詳しく盟王アイセン様に報告を差し上げねばならぬものですから。当方の都合で恐縮ですが、なにとぞ……」

「ああ、いや、なにぶん、よんどころのない事情でして……」


 横から割って入った八衛門が韜晦しようとすると、それを遮るように六郎が口を開いた。


「辻斬りが出ました」


 八衛門が咎めるような視線を送るが、六郎には気にせず続ける。


「場所はこの津間城内の一角。時は今朝早く。斬られたのは、高久様の妹、楡葉様の下へ出仕していた下女。この下女ですが、当家の……桐生家に縁があるものですから、不浄を避けるために皆さまの滞在場所を移させていただければと……そういった次第でございます」


 この事態は、クロカゲには整理がつきかねた。よくは分からないが、この津間城内で人が殺されたのだという。東方平原に例えるなら、アイセンの居宅で殺人が起きたということになる。もしそんな事となれば、大きな騒動になるだろう。


「それはまた、ずいぶんと剣呑ですね」


 クロカゲの率直な感想に、八衛門がしきりに頭を下げる。


「ご不安に感じられたなら、申し訳もございませぬ。気がかりを増やしては失礼かと、お伝えしないようにしていたのですが……」


 八衛門がじろりと睨むと、六郎は何を考えているかわからない細目で飄々と言った。


「凶事こそ、つまびらかにすべきでしょう。隠し事がない方が、不安も心配も減ります」


 この短いやり取りで、クロカゲにはそれぞれの人柄が見えてきた。

 事なかれ主義で、自身の狸のような容貌のごとく、物事を丸く収めたがる鶴名八衛門。

 一方の桐生六郎は、怜悧で直截的な物言いでありながら、本心を隠してそつなく振舞う。


 ――何となく似ているな。


 猿に似た容姿でてきぱきと働き万事そつなくこなすヒモンは、老獪な八衛門に似ている。サンサは、常に冷静で感情が見えず、いざという時には敵とみなしたものを容赦なく刺せる。六郎にも似ているが、狐より狼に似ている。


 向こうが狐狸なら、こちらは犬猿かあと、何となくおかしみを感じる。


 二人の曲者に挟まれた高久は、この二人を御すことに成功していたり、いなかったりというところだろう。だからこそ、静かに控える忠実な腹心として、佐津間隼人の存在感が増しているのだろう。

 いずれにせよ、佐津間藩王国との友好を築くには、高久を筆頭とするこの難物たちと親しくなる必要がある。


 うーん。まあ、何とかなるかなあ。


 佐津間には、しばらく滞在することになる。

 時間をかけてゆっくりやっていこう。


 クロカゲの心は、意外に落ち着いていた。

いいねやブックマーク、感想などいつもありがとうございます。

特に毎回手を動かす必要があるいいねや、続き読んでみようかなと思ってもらえた(と思っています)ブックマークは嬉しすぎてご飯が美味しいです。ピーマンもぱくぱくです。

普段はやんちゃな承認欲求くんと自己顕示欲ちゃんもニコニコです。

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